04.魔女の塔で二人暮らし
私は、今日からこの方とこの塔で二人きりということ……?
もしかして、これからずっと……?
「うそ……」
「?」
改めて、ライナー様のお顔をじっと見つめる。
金色の髪も濁りのない碧眼もとても美しいし、私より頭一つと半分以上高い身長に、騎士らしく鍛えられたがっしりとした体躯はとても男らしい。
年齢は私の四~五歳上くらいかしら?
切れ長の目と引きしまった口元は少し冷たい印象を受けるけど、落ち着いた雰囲気が大人っぽさを醸し出している。
こんな方と、二人きりで生活をするの!?
「え、そんな……待って、どうしましょう……!!」
「どうかしたのか? 何か問題でも?」
立ち止まってまじまじとライナー様を見つめてしまった私に、彼は首を傾げた。その動作さえも品があって、思わず息を呑む。
「いえ……! その……へ、部屋とかはどうしましょうね?」
「……俺が眠っている隙に逃げようと考えているのか?」
「考えてません!! 逃げません!! 逃げませんから……部屋は別々でお願いします……!!」
監視とは、どの程度されるのだろう。こんなふうにどこにでもついてこられるのは……さすがに…………。
「……部屋は分けるしこの塔内は自由に行き来して構わない。だが、あなたが逃げるのを感じたらすぐに追いかけるから、そのつもりで」
「はい……」
ライナー様が鋭い碧眼を光らせた。その瞳に見つめられると、身体が硬直してしまう。
この人から逃げ切れるとは思えない。そもそも、逃げる気もないのだけど。
「それで、部屋の振り分けはどうしましょうか」
「部屋はたくさんある。好きな部屋を使うといい」
「……好きな部屋を使っていいのですか?」
「ああ」
「ちなみに、ライナー様はどのお部屋を?」
「俺はあなたの部屋の隣を使わせてもらう。何かあったときすぐ動けるように」
「……なるほど」
やっぱり、しっかり見張られるのね。
それはそうか。この方は私の監視役で来ているのだから。
もし私が逃げたら、ライナー様が罰を受けるのかしら……?
まぁ、逃げないけど。
二人きりで暮らすなんて大問題だと思ったけれど、先ほどから動揺しているのは私だけで、ライナー様は全然なんとも思っていない様子。その冷静な表情が、逆に不安を煽る。
……そうか。聖騎士とは、高潔な騎士道精神を持ち、使命感や信仰心に基づいて行動する、とても真面目な方。
その正義感は神殿に忠実で、私のような小娘をどうこうする気は一切ないんだわ。
一人で意識して、なんだか恥ずかしい……。
その後、気を取り直して食堂や調理場も覗いてみたけれど、やっぱり綺麗だし調理場には小麦粉や調味料などが置いてあった。しかも古いものには見えない。
「……?」
つい最近誰かが来たようだわ。
でもここは誰も寄り付かない迷いの森にある、魔女の塔――。
「うーん……不思議ね」
「新鮮な肉や魚は俺が森で調達してくる。野菜も、この塔の裏の畑にあるものでまずは足りるだろう。他にも必要なものは一通り揃っているはずだが、何かあれば俺に言うといい」
「畑があって、野菜が育っているのですか……?」
「ああ」
一体誰が管理をしていたの!? ここは人が寄り付かない森なのよね……?
「何か?」
「……ライナー様、随分落ち着いているのですね? こんなところで暮らすのもそうですけど、どうしてこんなに準備されているのか、まるで知っているみたい……」
「魔女がいなくなった後、この塔はとある高位貴族の別邸として使われていた。持ち主が亡くなり誰も住んでいなかったのは事実だが、その貴族の後継人が定期的に管理はしていたし、あなたが森に追放されるのを知って、ここで暮らしていけるように計らってくれたのだ」
「……まぁ、そうだったのですね」
それでわざわざ野菜も植えてくれたということ……?
なんて親切な方かしら。ぜひお会いしてお礼を言いたい。もしかして、魔女の子孫だったりして。
「……わかりました。ひとまず、これからよろしくお願いします。ライナー様」
とにかく、考えたって仕方ない。今はその誰かもわからない高位貴族に感謝して、受け入れよう。
そう思い、改めて彼に向き合い淑女らしい挨拶をすると、ライナー様は意外そうに目を見開いた。
「……こちらこそ」
そして、騎士らしく右手を左胸に当て、紳士的に応えてくれる。
ライナー様は表情は堅いし、愛想もなくて少し素っ気ない方だけど、何かあれば言えと言ってくれたし、親切な方ではあるみたい。
とにかく、これからのことを考えるのは明日にして、今日は休もう。
好きな部屋を使っていいとは言われたけれど、私はライナー様に勧められた部屋を使うことにした。
ここは女性用として用意されていた部屋らしい。
確かにソファやカーテンの柄も可愛らしい。少しは癒やされそう。
でもライナー様、どうしてここが女性用って知っているのかしら? さっき塔内を見て回ったときは、ちらりと覗いただけなのに。
……もしかして、ものすごく洞察力のある方なのかしら。
気が抜けないわね……!
とにかく今日は疲れた。
でも、ライナー様がいてくれてよかったかもしれない。
一人ぼっちでこんな広い森に追放されていたら、きっと不安になっていた。その前に森で魔物に食べられていただろうけど。
そんなことを考えながら、私は大きくてふかふかのベッドに倒れ込んだ。やわらかなシーツが肌に触れると、一日の緊張が一気に解け、思わず溜め息が出た。
まさかライナー様が一緒にこの塔で暮らすことになるとは思わなかったけど、考えるのは明日にしよう。
疲れた身体はどうしようもなく、目を閉じるとすぐに深い眠りに落ちていった。