38.好きです
「ライナー様」
夕食をいただいた後、私はライナー様のお部屋を訪ねた。
「ソアラ、どうしたんだ?」
「お話があります」
「……どうぞ」
扉を開けてくれたライナー様は私を見て驚いたように一瞬目を見開いたけれど、私がまっすぐに視線を向けると静かに中へ招いてくれた。
「――今朝はすみませんでした。ライナー様を避けるような態度を取ってしまい……」
私をソファに座るよう誘導すると、ライナー様も私の向かいに腰を下ろした。
「いや、俺のほうこそすまない。ソアラの気持ちを考えれば、あの態度は当然のことだ」
「……? どうしてライナー様が謝るのですか?」
ライナー様の日記を読んでしまった私は、あからさまにライナー様を避けてしまった。
その日は想いを伝え合った翌日でもあるから、本当に失礼な態度だったと思う。それなのに、なぜライナー様も謝るのかしら。
「俺を嫌いになったか?」
「え?」
「本当にすまなかった。今後はソアラが不快に感じるようなことはできるだけしないよう気をつける。だが、すべては君を強く想うあまりしてしまったことで、悪気はないんだ。それに俺は無自覚で気持ち悪いことをしてしまっているようだから、もし気づいていなければ教えてほしい……その、もしこれからも俺と話をしてくれるのであれば……だが」
ペラペラと一人でしゃべり続けるライナー様に、私は気後れしつつも慌てて声を張った。
「お待ちください、ライナー様! 私はあなたのことを気持ち悪いと思ったことはありません!」
本当に、なんのことを言っているのかしら。ライナー様が気持ち悪い? とんでもない! ライナー様を素敵だと思ったことは何度もあるけれど、気持ち悪いと思ったことは一度もない。
「……しかし、日記を見ただろう?」
「気づいていたのですね。勝手に人の日記を見るなんて、本当に失礼なことをしました。申し訳ありません」
「いや、それは構わない。だが、ニコに言われたんだ……。あんなものを見たら、普通引くと」
「……え?」
「重すぎて気持ち悪がられると」
「そんな」
言いながら、しゅん……と肩を落とすライナー様。
ニコにそんなことを言われていたのね。それなのに私はライナー様を避けるような態度を取ってしまったなんて……。ライナー様はどれほど不安だったかしら。
「確かに驚き、動揺してしまいました。ですが、私はライナー様の気持ちが嬉しかったです」
「……嬉しかった? …………俺の気持ちが、嬉しかったと言ったか?」
「はい。ライナー様は、私にはもったいないくらい素敵な方です。そんなライナー様が八年も前から私のことを想っていてくださったなんて……信じられないくらい、嬉しいです」
ライナー様はいつでも私のことを考えてくれていた。
最初は少し怖くて素っ気ない方だと思っていたけれど、全然そんなことなくて。
王都から追い出された私をすぐに追ってきてくれて、生活用品を揃えておいてくれて。綺麗に掃除をしてくれて。食事を作ってくれて。
いつも心配してくれて、気にかけてくれて、優しくて、頼りになって……たまに少し不思議なことを言うけれど、それもライナー様で。
そんなライナー様のことを、私は好きになっていた。
私はいつだってライナー様の愛に守られてきたんだわ。
「あのとき私が蛇の毒を抜いた男の子は、ライナー様だったのですよね」
「……覚えているのか?」
「もちろんです。とても喜んでもらえましたから」
不思議そうな顔で私を見つめているライナー様の顔はとても無防備で、胸の奥がきゅんと疼く。
ふふ、私がライナー様を嫌いになるはずがないのに。
「俺はソアラに命を救ってもらったんだ」
「大袈裟ですよ」
「大袈裟なものか」
「私も、森に着いてすぐ、ライナー様に助けてもらいましたから」
「あれは当然のことをしただけだ」
「私……勘違いしていました」
「何をだ?」
「ライナー様は、私の監視役ではなかったのですね」
それを言ったとき、ライナー様の顔に緊張の色が走った。
「……ああ、そうだ。俺は嘘までついたんだったな。本当に最低だ」
「いいえ! 今ならあのときのライナー様の気持ちがわかります。私が動揺しないように、そう言ってくださったのですよね? 塔も、ドレスも、調味料も、畑の野菜も……本当は全部、ライナー様が用意してくれていたのですね。私が快適に暮らせるように。それなのに私は、何も知らずに……」
私はただ呑気に〝立派な魔女になりたい!〟と思っていたけれど、私がそんなことを考えている間もライナー様はずっと私のことを考えてくれていたのですよね?
それに、そんなに想い続けてきた私と二人きりで数日を過ごしたというのに……ライナー様は本当に紳士的だった。
「本当に……ありがとうございます」
全部、私のために。ライナー様の行動のすべては、私のことが本当に好きだからしてくれたことなのだと、今ならよくわかる。
この気持ちをどうやってお伝えすれば、わかってもらえるかしら。どうすれば、ライナー様にお返しができるかしら。
それを考えると、胸が熱くなる。
「いや……俺はやはりだめな男だ」
「え?」
「ソアラを泣かせた。ああ……ソアラ。泣かないでくれ」
言いながらこちらに移動して隣に座ったライナー様の言葉で、頰を涙が伝い落ちていたことを知った。
でも、そんなライナー様の瞳にも、光るものが見える。
「……ライナー様も、泣いています」
「おかしいな、なぜだろう」
私の目の下を親指の腹で優しく拭ってくれたライナー様の手に、自分の手のひらを重ね、にこりと微笑む。
「たぶん私たちは今、同じ気持ちだと思います」
ライナー様といると、悲しくもないのに泣けてしまう。
感情が溢れてくるの。
嬉しすぎて泣いてしまうなんて……とても幸せなことだわ。
胸の奥がぎゅっと締めつけられて、この人のことが愛しいという感情でいっぱいになって、熱いものが涙となって溢れてくるのだから。
「好きです、ライナー様」
だから私はこの気持ちを、一番シンプルな言葉に載せて伝えた。