36.照れてる場合じゃないみたい
ライナー様から、逃げてきてしまった。
ライナー様の目を見て、話せなかった。
あの日記を読んで、とても驚いた。混乱したし、動揺した。ライナー様の顔を見ると、どうしてもあの日記に紡がれていた熱い言葉を思い出してしまう。
「ライナー様が、あんなに私のことを想ってくれていたなんて……。ああ……思い出すだけで顔が熱くなってしまう……」
あの日記は、今まで私が読んできたどんなロマンス小説よりも甘かった。
とても驚いたけれど、もちろんその気持ちは嬉しい。
ライナー様と想いが通じ合って、私はそれだけでもまだドキドキしているのに。そのうえ、あんなに私のことを想ってくれていたことを知ってしまった。
ライナー様はあんなにたくさん、何年も、毎日毎日私への想いを綴ってくれていた。
あんなものを見たら、誰だってわかる。ライナー様がどれほど私のことを好きでいてくれたのか。ずっと探してくれていたのか。
昨夜はずっとそのことを考えていて、私はあまり眠れなかった。
ライナー様の気持ちを考えると、とても胸が熱くなった。
でも、どんな顔でライナー様と顔を合わせればいいのかわからず、ろくに目を合わせられなかった。
もしかしたらピンクスネークに噛まれたときも、あれは毒のせいで魅了されたわけではなかったのでは……?
そうとすら思える。
あのときのライナー様が、本当のライナー様だとしたら……私の身体は沸騰して、溶けてしまうかもしれない。
「……無理、耐えられそうにないわ」
けれど、今朝のライナー様は意外と普通だった。普通に話しかけてくれた。
昨日、想いが通じ合ったのが嘘みたいに。
それに、私が勧めた小説を十回も読み直したということにもすごく驚いて、言葉が出なかった。
もう、とにかくライナー様に対するこれまでのイメージと現実が違いすぎて、私はとても動揺している。
ライナー様は少し怖いくらい真面目な方だと思っていたのに。
まさかあんな一面があっただなんて……。
「でも、勝手に日記を読んでしまったことは謝らないといけないわね」
だけどきっと、今ライナー様にその話をしたら、私の顔は絶対真っ赤になると思う。
思い出すだけでこんなに熱いのだから。
もう少し落ち着くまで待ってもらわないと……。
「ああ……っ、昼食はどうしましょう!! ライナー様と顔を合わせて普通に話せる気がしないわ……!!」
……今日は仕方ない。魔法部屋にこもって作業したいと、シシーに伝えましょう。
そういうわけで、その日の昼食はシシーに魔法部屋まで持ってきてもらい、一人で食べた。
――それなのに。
「ソアラ、いいかな?」
「はいっ!」
お腹が満たされて一息ついていたら、部屋の扉がノックされた。
この声は、ライナー様だわ。
「作業中にすまない」
「いいえ、ちょうど今休憩していたところですので」
避けていたのがばれたのかしら。
そうよね、私たちは想いを通わせたばかりなのだから、きちんと向き合わないと――。
ああ……っ、でも緊張する……!
一体どんな顔でライナー様の目を見ればいいの!?
「あの、ライナー様――」
「実はソアラに登城するようにと、神殿から連絡が入った」
「……え? 登城、ですか?」
「ああ」
一人ドキドキしていた私は、ライナー様から告げられた言葉にぱっと顔を上げた。
ライナー様はとても真剣な表情で私を見つめている。
どうやら照れている場合ではなかったらしい。
「ですが、私はザビン様に追放された身で……」
「あれはザビン殿下の独断でしたことだ。外交から戻られた陛下が、正式に謝罪したいと言っているらしい」
「陛下が……」
国王陛下が私に謝罪したいだなんて。
私は全然怒っていないし、謝罪は必要ないのだけど……。
「むしろ遅いくらいなんだ。あなたには不便をかけた」
「いいえ! まったく!」
「ソアラは、こんなところに自分を追いやったザビン殿下を憎んでいないのか?」
「憎んでなんていませんよ?」
むしろここでの暮らしは楽しかった。
だから首を傾げて答えると、ライナー様は表情を緩めた。
「本当にあなたという人は……」
「?」
謝罪したいということは、神殿と陛下の間で話し合いが行われて、私が魔女ではなく聖女だと、はっきり決まったということ。
……つまり、やっぱり私は魔女ではなかったのね。そうなると、もうここでライナー様やシシー、ニコと四人で楽しく暮らすことはできなくなるのね……。
「とにかく、急で申し訳ないのだが、今から発てるだろうか?」
「今からですか? ……わかりました。私はいつでも大丈夫です」
「ありがとう。では」
そう言うと、ライナー様は「失礼」と言って私に手を伸ばした。
ライナー様の大きな手が腰に触れ、くいっと引き寄せられる。
その途端ドキリと鼓動が跳ねて、胸が高鳴っていく。
ちらりとライナー様を見上げたけれど、ライナー様は怖いくらいに真剣な表情でまっすぐ前を見ていた。
「……」
抱きしめられているのとは少し違う、この微妙な距離をもどかしく感じる。
思い切り抱きついてみたい気もするけれど、そんなことをすれば驚かせてしまうかしら……?
というか、そんなことをしたら私の心臓が持ちそうにない。
大きくてたくましい胸の中に収められたと思った直後、視界が眩しい光に包まれて目を閉じた。
「……っ」
「――着いた」
耳のすぐ上でそう囁かれて目を開けると、そこは王宮内の一室だった。
転移魔法は本当にすごいわ。一瞬で着いてしまった。
「ここで少し待っていてくれ」
「はい」
ライナー様はすぐに私から手を離してソファに座らせると、低い声でそう言い残して部屋を出ていった。
ここは応接室のようね。
それにしても、ライナー様の表情はとても険しかった。
そんなことを考えながら、私は言われた通り大人しくソファに座って待つことにする。
「ソアラ……!」
退屈だから本でも持ってくればよかったかしら。なんて思ったちょうどそのとき。
ノックもなしに扉が開いたと思ったら。息を切らし、切羽詰まったような顔で姿を見せたのは、ザビン様だった。