33.これは、何…?
十八歳の誕生日は、とても素晴らしい日になった。
あの後、想いが通じ合ったことをシシーとニコに報告すると、二人ともとても喜んでくれた。
私とライナー様がダンスを踊って星空を見ている間、一体二人はどこに隠れていたのかしら?
ともかく幸せいっぱいな気持ちで、四人でワインで乾杯し、ご馳走を食べた。
私はこの日、初めてお酒を飲んだ。
でも成人したのだし、お祝いだから今日くらいいいわよね。
みんなが笑っていて、大好きなライナー様も私を好きでいてくれて、とても幸せだった。
――それからどのくらい経っただろう。気がついたら、私はライナー様のお部屋で目を覚ましていた。
「……あれ、私、眠っていたの?」
図々しくもライナー様のベッドに横になっていた私は慌てて身体を起こして、ライナー様を探してみる。
けれど、部屋には誰もいなかった。
私はどうしてライナー様の部屋で寝ていたんだっけ?
……記憶がない。調子に乗ってワインを飲み過ぎてしまったらしい。
「潰れてしまった私を、ライナー様が寝かせてくれたのかしら……」
でも、どうしてライナー様の部屋に?
「もしかして私たち……! って、さすがにそれはまだ早いわよね」
一瞬それを想像して照れてしまったけれど、私はまだしっかりドレスを着ている。
それに、肝心のライナー様がいないのに。変な想像はやめましょう……。
「私が部屋を間違えてしまったのかしら」
きっとそうね。酔って先に戻ったけど、隣だからライナー様の部屋と間違えてしまったんだわ。
それにしても、想いが通じ合えたライナー様のお部屋……。
入ったことはあるけれど、改めてこの幸せを噛みしめるように深呼吸をしてベッドを降りると、ふと机に目がいった。
「まぁ、すごい書類の量……」
そこには大量の紙の山。
やっぱり私の監視をしながらも、ライナー様はお仕事をしているのね。
立派だわ……。
「あら?」
ふと視線を落としたその大量の紙の中に、〝ソアラ〟の文字を見つけて目を留める。
それも、私の名前が書いてあるのはその一つではなさそうだった。
いくつもの〝ソアラ〟の文字。
「……もしかして、手紙の練習をしたのかしら?」
先ほどライナー様からいただいた手紙には、こちらが恥ずかしくなってしまいそうなほど、愛の言葉がしたためられていた。
ライナー様の想いがどれほど大きいか伝わってきて、本当に嬉しかった。ライナー様は本当に私のことが好きなんだとわかった。
「うふふ、ライナー様ったら」
だからつい、お酒が入っていたせいもあって、私は軽い気持ちで練習ではどんなことを書いたのかしらと、その紙を覗き込んでしまった。
「…………え?」
けれどそれはただの紙ではなく、とても分厚い本で。
内容が、どう見ても手紙の練習ではなかった。
〝明日はついにソアラの誕生日だ。俺はこの想いを彼女に伝える。ああ……とても緊張する。約八年間の俺の愛が、ソアラに伝わるだろうか。いや、必ず伝えてみせる。今度こそ絶対にソアラを離さないと誓ったのだから。たとえ王都に帰っても、ソアラと一緒にいたい。結婚したい。ソアラと結婚したい。結婚したい。結婚したい。結婚したい。いや、絶対に結婚する――〟
「…………」
八年前から、私を好き……? え……? え?
ライナー様と出会ったのは、つい最近。……いいえ、一年ほど前からお顔は知っているけれど……間違えても八年前ではない。
混乱した。とても混乱した。これは酔っているせいではない。
「これはライナー様の日記……よね?」
見てはいけない……。
そう思いつつも、私はつい、ページを遡ってしまった。
そこにはびっしりと私のことが書かれていた。
〝ソアラに会いたい。彼女は今どこで何をしているのだろうか……。ああ、今日もソアラが恋しい〟
〝ソアラに会う夢を見た。夢の中の彼女は大人の女性に成長していた。きっと実際にもそうなのだろうが、夢は所詮俺が作り出した妄想だ。本物のソアラに会いたい。そして触れたい。ああ……ソアラ……。一体あなたはどこにいるのだ……〟
〝聖女がいるという噂は、また不発だった。早くソアラを見つけなければ。ソアラが婚約してしまったらどうしよう。ああ……とても不安だ。そんなの嫌だ。ソアラは俺と結婚するのだ。俺のソアラ……あなたはどこにいるんだ……早く会いたい〟
〝ついにあのソアラを見つけた。六年ぶりのソアラは、とても美しく成長していた。想像以上に可愛かった。抱きしめたくなったのを堪えた自分を褒めたい。絶対に連れて帰る。そして俺の妻にする〟
〝ソアラは今日も可愛い。なんと言って彼女にプロポーズしようか〟
〝ソアラがザビン王子と婚約した。終わりだ。俺はもう終わりだ……。とても辛い。胸が苦しい〟
〝辛すぎてしばらく日記を書けないほど落ち込んだ。だが、王子と結婚してソアラが幸せになるのなら、俺は聖騎士としていつまでも彼女を見守ろう……。それがソアラのためにできることなのだから〟
〝今日は王宮でソアラを見かけることができた。しかし、まったく笑っていなかった。妃教育はとても大変そうだ。俺がなんとか彼女を救い出せたら――〟
「ま、待って。待って……、これは一体……どういうこと?」
ライナー様は、ずっと前から私を知っていて、探していたの……?
どうして?
それじゃあライナー様は、私の監視役としてここに来たわけではなかったの……? 最初から私と一緒にいたくて……私と結婚したいと思って、ここに来たの?
混乱しながらも、震える手で最初のページを開いてみた。日付は八年前だった。
〝今日、女の子に助けてもらった。名前はソアラというらしい。毒蛇に足を噛まれて歩けなくなっていた俺から、一瞬で毒を抜き取り、傷口まで塞いでくれた。すごい魔法だった。ソアラの笑顔が忘れられない……〟
〝どうやらあの魔法は闇魔法と光魔法らしい。すごい力だ。もしかしたら、ソアラは聖女なのかもしれない。ソアラはどこの子なのだろうか。歳は十歳くらいだろうか。……もう一度会いたい〟
「十歳……? 毒蛇に足を噛まれていた男の子の毒を抜いたって……。まさか、あのときの男の子はライナー様だったの?」
私が十歳の頃。父と一緒に出かけた先で、毒蛇に足を噛まれて動けなくなっている年上の男の子を助けたことがあった。
覚えているわ。あのときはとても感謝されたから。だからのちにザビン様の前に現れた蛇の毒を抜いたときも、喜んでもらえると思ったのだもの。
まぁ、ザビン様は喜んでくださらなかったけど。
あのときの男の子には、名前を聞かれて〝ソアラ〟とだけ名乗った気がする。でもすぐに父に呼ばれて、ゆっくりお話はできなかったのよね。
でもまさか、あれからずっと私を探してくれていたなんて。
それが、ライナー様だったなんて――。
ドキドキしながらも、震える指で最近のものを読んでみようと、ページをめくった。
〝ザビン王子が予定より早くソアラに婚約破棄を告げ、迷いの森に追放してしまった。ソアラを傷つけるようなやり方は本当に許せないが、今日から俺とソアラは一緒に暮らせる。ああ……夢のようだ〟
〝ソアラが俺のために料理をしてくれた。本当に嬉しかった。情けないことにすぐ気づけなかったが、ソアラが作ってくれたと思うと特別に美味しく感じた。泣きたくなるくらい、嬉しかった。ソアラが作ってくれたものなら俺はなんだって、いくらだって、食べられる〟
〝ソアラと森に行き、蛇に襲われた。稀少なピンクスネークだったらしい。俺は噛まれて毒を受けてしまったが、ソアラが無事ならそれでいいと思った。だが、彼女は一晩中俺のために祈ってくれた……。一晩中、俺のことを考えてくれていたのだ。もう死んでもいいとすら思えたが、ソアラが救ってくれた命だ。これからも彼女のために生きよう〟
「…………」
出てくるのは、私をどれだけ想っているかが伝わってくる言葉ばかりで、かーっと身体が熱くなっていった。
あのライナー様が、こんなに前から私のことを、こんなに強く想っていたなんて……。
ああ……待って……。理解が追い付かないわ……。
恐怖すら覚えた私は、混乱する頭を抱えて日記を閉じ、ふらつく足で部屋を出た。
部屋を出る前に、足に何かがぶつかり倒れてしまったような気がしたけれど、構うこともできなかった。