03.さては、監視役ね!?
その直後――。
〝ガフッ!〟
私に飛びかかってきていたタイガーウルフたちが、苦しそうな声を出して地面に落ちた。
まるで見えない壁にぶつかったように、弾かれたのだ。
「え? え? ……私、もしかして無意識にシールドを張ったの? 戦い方は、実戦で学べるってことかしら!?」
すごいわ、私! さすが魔女!!
恐怖の中にも、自分の成長に対する興奮が込み上げてくる。
少し自信がついたけど、直後聞こえたのは誰かがこちらに向かって走ってくる馬の足音だった。
「……?」
そちらを振り向けば、ローブを纏って白馬に乗ってやってきた大きな人が、走っていた馬から飛び降りてきた。
その瞬間、彼の動きはまるで風のように滑らかで、目を奪われた。ローブの裾が舞い上がり、白銀色の騎士服がちらりと見えた。
あの制服は――。
「!!」
「今のうちだ」
「え……っ!?」
低い声で囁かれたその声は、男性のもの。
すぐに私の隣まで来ると、その人はタイガーウルフに向かって手をかざした。
フードを被っていて顔はよく見えないけれど、とても背が高くて、体格もいい。
〝ボォ――ッ!〟
手をかざされたタイガーウルフたちの身体が、一瞬にして蒼い炎に包まれる。
炎はまるで生き物のように彼らを取り囲み、その勢いで一気に燃え上がる。
〝ギャァァァ――!〟
タイガーウルフたちの叫び声が響く中、男は冷静な態度を崩さずに炎を操っていた。その姿はまるで、炎そのものを統べる神のようで、息を呑むほどの威厳があった。
「な、何をしたの……?」
「行くぞ」
「ちょ……!?」
タイガーウルフたちが炎に苦しんでいるのを見て、男は私の腰に腕を回すと身体を引き寄せ、片腕できつく抱きしめてきた。
なんて強引な……!?
驚きと混乱が一気に押し寄せる。
そう思ったのと同時に、私の視界はカッ――と目映い光に包まれた。
「……っ」
あまりの眩しさに目を開けていることもできず固く閉じてしまったけれど、すぐに「もう大丈夫だ」という穏やかな声が耳に届いた。
「えっと……、ここは?」
そっと目を開けると、先ほどまでいた森の中ではなく、見知らぬ建物の中だった。
密着したままだった男性を見上げると、至近距離で目が合った。彼の碧眼は深い湖のように澄んでいて、吸い込まれそうなほど美しい。
けれど彼はすぐに目を逸らして身体を離すと、口元に手を当てて咳払いをしながら小さく呟いた。
「……失礼」
「いいえ……。それより、ここはどこですか? それに、あなたは……?」
「俺の名はライナー・フェンツ。ここは森の奥にある魔女の塔だ」
「あ……!」
被っていたローブのフードを脱ぐと、輝くような金色の髪と、宝石のような碧眼がはっきり見えた。
聖騎士、ライナー・フェンツ様――。
この方、知っているわ。
神殿にいた人だ。一年前、ハース領に来た一行の中に彼もいた。
「ここまで一瞬で来たということは……あなたは転移魔法が使えるのですか?」
「ああ」
「すごい……!」
すごい、すごいわ……! そんな魔法、私でも使えないのに……!!
さすが聖騎士様。
神殿に仕えている聖騎士は、魔法と剣の腕に優れた優秀な方ばかりだと聞いている。
「助けてくださり、ありがとうございます。でもどうしてあなたがあの場所に?」
私を森まで連れてきた馬車の中に、もちろん彼の姿はなかった。
それなのにライナー様は突然現れた。
「あなたの腕輪」
「はい。これが何か?」
「……その腕輪には、あなたの居場所がわかる魔法がかけられている」
「えっ?」
この腕輪は、ザビン様と婚約したときに彼からプレゼントされたもの。
ザビン様の誕生日だからつけていて、今もそのままつけていたのだけど……。
「…………」
「あなたの言いたいことはわかるが、おかげで居場所がわかった。今はその腕輪に感謝する」
ライナー様をじっと見つめた私に、彼は困ったように頭を掻いて溜め息をつきながら言った。
そうね、確かに今はそのおかげで助かったのだから、監視まがいなことをされていたのには目をつむりましょう。
「……とにかく助かりました。ですが、そもそもどうしてあなたのような方が私を助けに来てくれたのですか?」
ザビン様の部下は私を置き去りにしたのに。
もしかして、神殿の方たちは今でも私を聖女だと思っているとか……?
それで、助けに来てくれたのかもしれない。
あれ? でも、それならどうして塔に転移したのかしら?
もしそうなのだとしたら、神殿に帰るはずよね……?
「……」
「……?」
私の問いに、ライナー様はぎゅっと眉を寄せて唇をきつく結んだ。
怖い顔だわ……もしかして、ライナー様は私を助けにきたわけではないのかもしれない。
「……わかりました。あなたは、私の監視役として来たのですね!?」
「え? か、監視? ………………ああ、そうだ」
「やっぱり!!」
今すごく間があったような気がするけど、思った通りだわ!
私はこの森から逃げるつもりはないけれど、監視役が付けられるのは納得。
「でも、大変ですね。あなたのような方がこんなところで私なんかの監視の仕事なんて」
「俺のことは構わなくて結構だ」
「そうですか。でも私は逃げたりしませんよ? さっきだってあなたが来てくださらなければ死んでいるところでしたし。ですから、もう帰っていただいても――」
「俺は帰らない」
「……っ」
食い気味に即答したライナー様の瞳が、ギロリと光って私に向いたから、思わず目を逸らしてしまった。
怖い……。でもこの方、とても真面目なんだわ。こんな任務、絶対に嫌なはずなのに。
「とにかく、あなたは今日からここで暮らすんだ」
「……」
そうね、そうだわ。
ライナー様の落ち着きのある声に、一旦部屋の中を見渡した。
ここが塔のどこの部屋に当たるのかはわからないけれど、思っていたよりも広いし、綺麗。
誰も寄り付かない魔女の塔だから、もっと狭くて汚れたところを想像していたけれど。
まるでつい最近誰かが掃除をしたばかりのように、埃も全然積もっていないし、家具も立派で高級そう。
ここはきっと、広間ね。
「この塔の中を見て回ってもいいでしょうか?」
「ああ。お供しよう」
一緒に転移してきた、彼が乗ってきたと思われる馬の手綱を引いて部屋を出る。
転移魔法は、特定の誰かのところへ転移することはできない。
だから私の居場所までは馬を走らせて来たのね。
……あれ? でも魔法陣があるか、行ったことのある場所へしか転移できないはずなのに……。
あの部屋に魔法陣はなかったわ。
……ということは、もしかして!
ライナー様って、とても優秀な方……!?
塔の端まで行って空中廊下を渡った先の離れに、小部屋があった。そこに馬を入れるライナー様。
こんな部屋まで備わっているのね……。というか、ライナー様はこの馬部屋があることをまるで最初から知っていたみたい。
馬の鞍を外し、手早く整えている彼の姿は、まるで何度もここに来たことがあるかのようだった。
こんなに細かいところまで気がつくなんて、やっぱり聖騎士様はすごいわ。
彼の手際のよさに見惚れつつ、私は更に塔の中を見て回ることにした。
その間もずっと、私のすぐ後ろを静かについてくるライナー様。
まだ私が逃げると思っているのかしら? 逃げる気なんてないのに。
「塔といっても結構広いですね。部屋もいくつもあるし」
塔の中には、書斎や魔法実験室のような部屋、綺麗に整えられた寝室に、清潔感のある浴室など、驚くほど充実した施設が揃っていた。
まるで小さなお城のようだわ。
「ああ、ここは魔女の塔だ。特別な魔法がかけられていて、外観より中は広い」
「へぇ……魔女って本当にすごいんですね。一人で住むには広すぎるくらいです! ……あ、二人でしたね」
空間魔法を使っているのだろうか。そんな高度な魔法が使えるなんて……私も使えるようになるかしら?
何気なくそう言って、私ははっとした。




