29.普通じゃないものがいい ※ライナー視点
俺がピンクスネークに噛まれてから、数日が経った。
「まぁ! ソアラ様はもうすぐお誕生日なのですか!?」
「ああ」
ソアラの誕生日が近い。
次の誕生日で、彼女は成人である十八歳になる。
あの日は、一晩中ソアラが俺に付き添い、祈り続けてくれたらしい。
そのときの記憶がないのがなんとも悔やまれるが、ソアラには本当に感謝している。
「では盛大にお祝いいたしましょう! でも普通のお祝いじゃつまらないですね……そうだわ、パーティーをしましょう!」
「パーティー? ここでか?」
「そうです! お二人でパーティーをするのです!」
「それは名案ですね」
ソアラが風呂に入っている間、広間でくつろぎながらそのことをシシーとニコに何気なく話したら、二人は俺以上に盛り上がってしまった。
「しかし、俺たちしかいないこんなところでパーティーなど……」
「貴族の女性は、ご自身の誕生日にパーティーを開くのが普通です! ましてや十八歳のお誕生日は特別なのですよ? 人数は関係ありません! お祝いしたいという気持ちがあればいいのです! ですから、ライナー様がソアラ様をエスコートするのです!!」
「俺が彼女をエスコート……?」
「そうです!! できますよね? ライナー・フェンツ次期侯爵様!」
シシーは有無を言わせないような口調と視線で、まっすぐに俺を見据えた。
「……わかった。俺から彼女を誘ってみるよ」
「はい! ぜひそうしてください! パーティーの準備は私とニコにお任せくださいませ!」
「ああ、頼んだ。ありがとう」
シシーが一番張り切っている。もちろん俺も、ともに過ごせる初めてのソアラの誕生日に何かしたいとは思っていたが……。
こういうとき、シシーはとても頼りになるな。
「それで、ライナー様。プレゼントは何を用意したんですか?」
ばたばたと広間を出ていったシシーを見送って、ニコがふと口を開く。
「ああ、それなんだが、少し相談に乗ってほしいんだ」
「やっぱり。まだ用意してなかったんですか? ソアラ様の誕生日はもう今週末なんですよね? ソアラ様のための特別なアクセサリーやドレスをオーダーメイドするなら、時間がありませんよ?」
「それはわかっている」
そう、ソアラの誕生日は今週末だ。
以前からソアラのことを想っていた俺がその日を忘れることはない。だから当然、随分前から……なんならここへ来たときからずっと何をプレゼントしようか考えてはいたのだ。だが、考えても考えても決まらなかった。
「花やアクセサリー、ドレスが一般的であるということは知っているが、特別な日にそのような普通の贈り物をしてもいいと思うか?」
「いいんじゃないですか? っていうか普通じゃない贈り物ってなんですか」
「いや、そう考えれば考えるほど、俺はとてもつまらない男であると思い知るんだ……」
「ライナー様は面白い男になりたいんですか?」
「いっそ思いつくものをすべて贈ろうかとも考えた。バラの花束、指輪、イヤリング、ネックレス、ドレス、靴、絵画、チョコレート、ケーキ――。しかし、俺の彼女への愛はその程度では足りない。全然足りないんだ……!!」
「ああー……なるほど」
ニコは真面目に俺の話を聞いているのだろうか。先ほどから心のこもっていない返事が返ってくる。
「じゃあ、城でも贈ったらいいんじゃないですか? ちょうどいいから、『一緒に住もう』とか言って、プロポーズ付きで。なぁんて――」
「なんだと!?」
「じょ、冗談ですよ……! いちいちそんなに睨まないでくださ」
「それはいいな、とてもいい!」
「――へ?」
「そろそろ俺の気持ちを伝えようとは思っていたんだ。そうか……城か。確かにそれは特別だ……彼女への俺の愛も伝わるだろう……!」
さすがニコ、真剣に考えてくれていたのか。疑ったりして悪かった。やはり彼は俺が信用している男なだけある。
「いやいやいや、冗談ですよ!? さすがに今からじゃ間に合いませんって! あと、いきなり『一緒に住む城を用意した』なんて言ったら、引かれますよ!?」
「……そうか。間に合わないか」
いい案だと思ったのだが、間に合わないのなら仕方ない。とても残念だが、それは次の機会に取っておくことにする。
「では何を贈れば俺の気持ちが伝わるだろうか……」
「手紙を書いたらいいんじゃないですか? どうせ口で伝えるのは難しいでしょうから、ライナー様の想いを手紙に書いて贈るのが一番気持ちのこもったプレゼントだと思います」
「手紙、か」
「そう、この世で一番、誰よりもソアラ様を想っているのはライナー様だと、伝えられます! 世界でたった一つの贈り物です!」
なるほど……。確かにそれは、俺にしか用意できない贈り物になりそうだ。
「そうだな。手紙を贈ろう」
「よかった。決まりましたね!」
「しかし、それだけというわけにはいくまい!? まったく金がかかっていないぞ!」
「お金じゃないですよ。大事なのは気持ちです」
「……そうか」
「そうですよ。お金をかけた普通のプレゼントは特別じゃない日に贈ればいいと思います」
「……そうだな」
ソアラへの想いを込めた手紙を書くのは得意だ。何せ俺はもう何年もの間、毎日彼女への想いを日記にしたためているのだから。
溢れる気持ちは止まらない。
「それよりちゃんとソアラ様を誘って、しっかりエスコートしてくださいよ?」
「ああ、わかっている」
「それじゃあ俺もシシーの手伝いをしてきますので。何かあったらいつでも呼んでください」
「ありがとう」
小さく息を吐いて安心したような顔で立ち上がったニコを見送り、俺は紅茶を一口飲んだ。