28.これは毒のせいだけど
「あなたを想うと胸が苦しい……」
「……ライナー様?」
頰を紅潮させ、息を荒くさせて。確かに苦しそうにしながら、ライナー様はそう言った。
彼の瞳はまっすぐに私を見つめており、深い感情がその瞳に込められているのがわかる。
唇は震え、言葉が途切れ途切れになるのを私は見逃さなかった。
「好きだ……あなたのことが好きすぎて……この気持ちを抑えることがどうしてもできない……」
ライナー様の声は苦しみに満ちており、まるで心の奥深くからこぼれ落ちるようだった。
彼の額には冷や汗が浮かび、呼吸はまるで炎に煽られたかのように荒い。
まっすぐに私を見つめるその瞳は、情熱的でありながらも痛みを抱えているように見えた。
「…………え」
私の心臓は激しく鼓動し、耳の奥がじりじりと熱くなる。
彼が見せるその熱い視線と切迫した声に、私の思考は一瞬止まってしまった。
「あなたのことを想うと俺は……、身体が沸騰したように熱くなって、息が苦しくて……心臓が張り裂けてしまいそうなほど、苦しいんだ」
「…………」
ライナー様の言葉が、まるで彼の苦しみが波となって私に押し寄せるかのように、強く心に響いて、私は言葉を紡げない。
「この気持ちをずっとあなたに伝えたかった……。もうこの気持ちをどうしたらいいのかわからない。あなたのことを強く強く抱きしめて、自分のものにしてしまいたくて、たまらない……!」
「………………なっ」
なんという、熱い告白……!!
その告白は、私の心を強く打つものだった。
ライナー様の頰は紅潮し、呼吸は激しく、心の中の熱を体外に溢れ出そうとしているように見える。
額からは汗がしたたり落ち、瞳が充血し、鎖骨と胸筋が露になっている。楽にさせようと、ニコが胸元の大きく開いたシャツに着替えさせてくれたからだわ。
彼の肌は淡い光を浴びて一層際立つ。その色気は、男性でありながら非常に魅力的であり、私の心を大きく揺さぶった。
そんな方からの、熱い告白。
おかげでライナー様同様、私の身体も熱を帯び、鼓動が高鳴っていく。
胸の奥で激しい波が押し寄せるように、心臓が激しく脈打つ感覚が伝わってくる。
息をするのも少し苦しいくらい、心が高揚している。
「好きだ、ソアラ……俺は、あなたのことが好きすぎて死にそうだ……!!」
「……ラ、ライナー様、そんな…………はっ! これは! ピンクスネークの毒による魅了の作用……!?」
思わず今の言葉を信じてしまいそうになるけれど、すぐに頭が冷静さを取り戻す。
そうだわ、ピンクスネークには人を魅了する力がある。おそらく、ライナー様が口にしている言葉は、その毒の作用によるものだ。
ピンクスネークの毒が引き起こすこの魅了の作用は強烈で、対象の心に深く刻まれる。それゆえに、惚れ薬作りに使われるほど効果があるのだ。
だけど、この魅了の作用がどれほど強いかを知っている私は、冷静にならなければならない。
それに、ピンクスネークは思ったよりかなり危険な生物だったから、私に捕獲することはできなかっただろうなと感じる。
「でも、もし作用がそれなら、ライナー様は死なない……?」
「苦しい……ソアラ……あなたのことが好きすぎて、辛い……」
自分に問うように声を絞り出す。けれどライナー様の苦しそうな顔や声が、私を動揺させる。
「ああ……ライナー様……ありがとうございます。でも大丈夫です、じきに毒は抜けるはずです。たくさんお水を飲みましょう!」
この言葉が、少しでも彼の苦しさを和らげてくれることを祈りながら、私は彼に手を伸ばす。
ライナー様の苦しげな表情に心を痛めながら、彼の額を拭いてあげる。少しでも楽になるようにと、必死に心の中で願いながら。
「好きだ……好きなんだ……」
「…………はい」
うわ言のよう繰り返されるその言葉に、私は少し照れてしまう。
胸の奥があたたかくなる一方で、ライナー様の苦しみが伝わってきて心が痛む。
ライナー様が毒でおかしくなってしまっているというのに、私が照れている場合ではないわ!!
すぐに彼を助けられるように、もっと強くならなければならない。
心の中で自分を奮い立たせながら、冷静さと取り戻して、ライナー様に向き合う。
「ライナー様、お水です」
私の声が彼に届くように精一杯の優しさを込めて声をかける。
冷たい水を注いだコップを手渡すと、ライナー様は小さく微笑んでコップを受け取った。
「ソアラが注いでくれた水……美味い。世界一美味い水だ……」
「……」
魔女の本で読んだ知識が頭に蘇る。ピンクスネークの毒による魅了の作用は、噛まれてから一日もすれば効果が切れるとあった。
でも、そんなに長くはないとはいえ、この苦しみが続くのは辛いだろう。
ピンクスネークめ……。私を魅了して大人しく従わせている間に食べるつもりだったのね。恐ろしい……。
「ソアラ……ソアラ……」
「大丈夫です。ソアラはここにおりますよ」
ライナー様の声が再び微弱ながらも私を呼ぶ。
熱い吐息とともに繰り返されるその名前に、私は必死で応えた。
「ずっと……ずっと俺と一緒にいてくれ……」
私の手をぎゅっと握って、熱く、甘くそう囁くライナー様。
まるで本当に私のことが好だと言われているような錯覚に陥る。蛇の毒だとわかっているのに、その言葉がまるで真実のように心に響いてくる。
「はい、ソアラはずっとライナー様のおそばにおります」
「本当か……? これからも、一生俺のそばに……」
ライナー様の手をそっと握り返しながら微笑みを浮かべると、彼の表情が少し安心したように見えた。
「安心して眠ってください」
「ソアラ……」
ライナー様の瞳に映る私の姿が、どれほど彼に安らぎをもたらしているのかを感じる。
そしてまた、彼の目が次第に閉じられていくその様子が、私の心に深い安心感をもたらしてくれた。
ライナー様が、毒の影響から解放されるように、そして再び元気を取り戻すことができるように。
心の中で祈り続ける。
「……どうかライナー様をお救いください」
もう一生ケーキを食べられなくなっても構わない。死ぬまでクッキーが食べられなくても構わないし、美味しいジャムが作れなくたっていい。だからお願い。ライナー様を助けて……。どうか、無事に目を覚まして――。
その祈りが、心の奥底から湧き上がるように、強く、深く続いていった。
*
「……う」
「ライナー様?」
「……ソアラ」
翌朝。低くうなり声を上げた後、ライナー様が目を開けた。
「わかりますか!? そうです、ソアラです! ああ、よかった……!!」
ライナー様の息は昨日のように荒くないし、汗もかいていない。
「一晩中一緒にいてくれたのか、ソアラ……あっ、失礼! 気安く名前で呼んでしまうなど……!」
「いえ」
未だ繋がれていた手を見て、ライナー様は頰を赤らめ、ばっと手を離し身体を起こした。
顔色もいいし、大丈夫そう。それに昨日はあんなにたくさん名前を呼んでくれたのに……覚えていないのね。ということは、もういつものライナー様なんだわ。
……ちょっと寂しいと思ってしまうなんて。
「慣れ慣れしく名前で呼ぶなど失礼にもほどがあるな。俺たちは婚約者でもなければ恋人でも――」
「いいえ、ライナー様。どうか、これからも名前で呼んでください。私は嬉しいです」
「……嬉しい?」
「はい。いちご狩りの勝負に勝ったら、私は名前で呼んでくださいとお願いするつもりでした」
「え?」
「だってライナー様、私のことだけ名前で呼んでくれないんですもの」
勝負どころではなくなってしまったけれど、思い切って言ってみた。
きっと私もまだ、昨夜の囁きが耳に残って夢を見ているんだ。
「……ソアラ」
「はい、ライナー様」
けれど、ライナー様は遠慮がちにも、優しく私の名前を呼ぶ。
いつも通りに戻ったライナー様に微笑んで返事をすると、彼も小さく笑ってくれた。
よかった。毒が抜けて本当によかった。
昨夜、あんなに愛を囁かれて、私はとろけてしまうのではないかと思うほど幸せだったけど。
でも偽りの言葉で愛を伝えられても、やっぱり嬉しくない。
私は、この人のことが大切。絶対に失いたくない。
だって私は、ライナー様のことが好きだから――。