27.胸が苦しい
「――ソアラ、ソアラ……!!」
この声は、この大きな身体は……、やっぱりライナー様だわ。
「……っ、しっかりしろ!」
「……ライナー様、ごめんなさい……」
「く……っ、戻るぞ!」
何が起きたのか、どれくらいの間目を閉じていたのかわからないけれど、ライナー様は私を強く抱きしめると、あっという間に塔へ転移した。
「あ、おかえりなさい。わざわざ転移魔法で帰ってくるなんて――ライナー様!?」
視界が明るくなり、今度はニコの声が耳に届く。
「ソアラ様も、大丈夫ですか!?」
だんだん思考が鮮明になっていく。
先ほどまで自由が利かなくなっていた身体が動き始める。
「……私は、大丈夫……」
シシーもすぐに駆け寄ってきてくれた。とても心配そうな顔をしているけれど、やっぱり私はピンクスネークに噛まれてはいないみたい。よかった。
「ライナー様!!」
「え……?」
そう思ったのも束の間。
まるで私が「大丈夫」と言うのを待っていたかのように、そのタイミングでライナー様の身体がドッと低い音を立てて倒れた。
今の今まで、私の身体を支えてくれていたのに。
「ライナー様! しっかりしてください!!」
「すごい汗だ……ソアラ様、一体何があったのですか!?」
シシーとニコの焦る声を聞きながら、倒れたライナー様の腕を見る。
「これは……ピンクスネークに噛まれたんだわ……!」
「ピンクスネーク?」
彼の腕には蛇の牙が刺さったような傷があった。
「ピンクスネークって、あの、お伽噺に出てくる?」
「本当にいたのよ! 大変だわ、ライナー様が噛まれてしまった! 毒にあてられてしまった!」
「ええ!? 大変だ……!!」
大きな声を出したニコと、それを聞いたシシーはすぐにばたばたと動き出す。
「まずは毒を少しでも吸い出さないと……!」
「待って、そんなことをしたらあなたにも毒が移ってしまうし、ライナー様の身体にもかえって毒の回りが早くなってしまうわ!」
「そんな……じゃあどうすれば……!」
「とにかく少しでも楽な格好で、ライナー様を寝かせてあげて!」
「……っわかりました!!」
ニコにそうお願いすると、彼は大きなライナー様の身体を持ち上げ、部屋に運んでくれた。
そうしている間に私とシシーは清潔な布とお湯を用意して、ライナー様の部屋に向かった。
もちろん私は、魔法部屋に置いてある回復薬を持って。
「ソアラ様がいてくれてよかった……」
ベッドに寝かせたライナー様にすぐに回復薬を飲ませると、ニコがそう呟いた。
けれどライナー様がこの森に来たのは、そもそも私のせいだ。それに、ライナー様から離れてしまったのも私が悪いし、私を助けたせいでこんなことになってしまった。
「ごめんなさい……ごめんなさい、ライナー様……私のせいで……」
苦しそうに短く息をしているライナー様を前にそう呟くと、シシーが力強く声を上げる。
「大丈夫です!! ライナー様はそんなに弱い方ではありません!!」
「でも……」
ここには医者がいない。それにピンクスネークは過去に私が毒を抜いたような蛇と違い、とても強い力を持っているようだ。先ほどから何度も試しているけれど、私の力ではライナー様の身体から毒を抜くことができない。
ピンクスネークの毒にはどんな作用があるのかしら……。
私は頭を抱えながら必死に考える。こんな状況で冷静に対処しなければならないのに、心臓が激しく鼓動を打つ。
どうにか助けなければと、強く自分に言い聞かせる。
「そうですよ! ライナー様はとても強い方です! これくらいでどうかなるような方ではありません!!」
シシーに続くように、ニコも力強く言った。彼らの声に一瞬だけ希望が灯るけど、それでもライナー様の苦しむ姿が私の心を締めつける。
二人とも主がこんなことになって、不安に決まっているのに……。
「本当にごめんなさい……!」
でも、私がくよくよしているわけにはいかないわ!
仮にも一度は聖女と言われたことがあるのだから、できることはなんでもやらないと……!!
「ライナー様のことは私が命に替えてもお救いします! 徹夜になるかもしれないから、二人は先に休んで!」
「ソアラ様……」
シシーは心配そうに私を見つめていたけれど、ニコが彼女の肩に手を置くと、すべてを私に任せるように頷いてくれた。その信頼に胸が熱くなる。
大丈夫……。私は魔女なんだから。魔女はすごいのよ!
何度も何度も繰り返し、本物の魔女が書いた本を読んだ。
聖女として、王宮では勉強もたくさんしてきた。
だから大丈夫。絶対にライナー様のことは私が助ける……!
「お願い……どうかライナー様をお助けください。代わりになんでも捧げます。だからどうか……どうか……」
回復薬は飲ませた。闇魔法も効かない。私にできることは、彼に魔力を注ぎ続けて祈ることだけだ。
震える手で彼に触れ、祈りの言葉を心の中で何度も唱える。
「……ソアラ」
「ライナー様?」
「……ソアラ……ソアラ……」
とても小さな声で、でも確かにライナー様が私の名前を呼んだ。名前を呼んだ!
その瞬間、胸がぎゅっと締めつけられた。
「大丈夫ですか、ライナー様。苦しいですか?」
「ああ……苦しい……とても、とても苦しい……っ」
「どこが苦しいですか!?」
ピンクスネークはその存在自体がとても稀少で、その生態はあまり知られていない。
魔女が残した本には少し書かれていたけれど、その毒はときによって作用が違うらしい。
ライナー様にはどんな症状が現れるのだろうか……。
「胸が……胸が、とても苦しい……」
「呼吸困難ですか!?」
大変だわ。その症状が現れた場合、下手をすると息ができなくなって死に至る。
なんとかしなければ……! なんとか……!!
「今、楽にして差し上げますから――っ」
とにかく聖女として、治癒の魔力を送るしかない。聖女は怪我や病気を癒やせるのだから、きっと毒だって……!!
その瞬間、全身が緊張に包まれる。祈るような気持ちで彼に手をかざす。
そうしたら、その手をがっと掴まれ、強く引き寄せられた。
「……!?」
「ああ……俺はあなたが愛しくて……愛しすぎて、とても苦しい」
「…………え?」
けれどその直後、耳元で囁かれるように呟かれた言葉に、私は耳を疑った。
彼の声には深い感情が込められていた。
心臓が早鐘のように打ち、胸が熱くなる。