26.本当にいたのね
「あの、ライナー様――」
「よかったらこれからピクニックに行かないか?」
ライナー様にこの後の予定を聞いてピクニックに誘ってみようと、思い切って声をかけたとき。
ちょうどそんな私と同じタイミングで顔を上げたライナー様が、口を開いてはっとした。
「すまない、今あなたも何か言おうとしていたな」
「ふふ、私も同じことを聞こうとしていました」
「……そうなのか?」
「はい、私もまたピクニックに行けたら嬉しいなと」
「本当か!?」
ライナー様の瞳が見開かれていく。
同じことを考えていたなんて、嬉しい。
「そうだわ、確か近くに野いちごがなっていましたよね? それでジャムを作りましょう!」
「ああ、それはいいな」
ぱんっと手を叩いてそう提案したシシーに、ライナー様が頷く。
「ライナー様、ソアラ様、たくさんとってきてください!」
「ええ!」
そういうことで、シシーがクッキーを包んでくれている間に私は一度自室に戻って支度をした。
ライナー様とピクニック。いちご狩り。
やっぱり胸が熱くなって、ドキドキわくわくする。
服は動きやすいものを選んだけれど、ライナー様にいただいたブレスレットをつけていくことにした。
これくらいなら邪魔にならないし、少しはおしゃれをしたいから。
簡単に支度を整えて広間に行くと、シシーがクッキーと紅茶を用意してくれていた。
それといちごを入れる籠を受け取り、塔を出る。
「それでは、気をつけていってらしてくださいね。夕食までには帰って来てほしいですけど……遅くなっても構いませんから!」
「!? お、遅くなったりはしない! 暗くなる前に戻る」
「……? いってきます」
うふふ、と意味深に笑っているシシーに、ライナー様はなぜか大袈裟に声を張った。
シシーったら、そんなにたくさんいちごをとってきてほしいのかしら。
……よぉし! シシーのためにも、美味しいジャムをたくさん作るためにも、張り切っていきましょう!
そう気合いを入れて、野いちごがなっているという場所までライナー様に案内してもらった。
「わぁ……本当にたくさんなっていますね!」
「ああ、思っていたよりたくさんあるな」
少し遠くまで来たけれど、来てよかった。赤く熟したいちごが本当にたくさん実っている。
「だがこの辺りは塔から少し離れている。結界の効果も弱いから、俺から離れないでくれ」
「はい、わかりました」
塔から離れると結界の効果が薄れて、魔物が出るかもしれない。
だからそう言っただけだということはわかっているけれど、ライナー様の真剣なその言葉に、少しだけ胸が鳴った。
今の台詞は監視役というよりも、どちらかというと護衛の騎士様みたいだわ。
魔物が出たら危険だからと、真面目に言っているというのに……私ったら。何をドキドキしているのよ!
「さぁ、日が暮れる前にたくさんとりましょう! どっちがたくさんとれるか勝負ですよ、ライナー様!」
「なに? 勝負だと?」
何気なく言った言葉に、ライナー様がピクリと反応する。
「勝負ということは、勝ったら何か報酬があるのだろうか」
「……そうですね。何か一つだけお願いを聞いてもらえるとか!」
「それは本当か!?」
「……ええ、いいですよ。じゃあ、そうしましょう。日が暮れる前に、より多くいちごを収穫したほうが、お願いを一つ聞いてもらえることにしましょう!」
「約束だぞ……?」
「はい! 私は負けませんよ!!」
ライナー様は意外と負けず嫌いなのだろうか。やっぱり騎士だし、こんなお遊びのような勝負でも負けたくないのね。
でも私だって負けないわ!
勝ったら何をお願いしようかしら。
…………そうだわ。あれで決まりね!
実は私も結構負けず嫌い。
それに、せっかくの機会だから私はライナー様に頼んでみたいことがある。
とても言いにくいことだけど、こういうチャンスなら、頼めるかもしれない……!
それから、お互い黙々といちごを収穫していった。
時々ライナー様のほうを向いてみると、彼はとても真剣な様子でいちごをとっていた。
何かよほど私に頼みたいことがあるのかもしれない。
そういえば、ライナー様が私に伝えようと思っていることもまだ聞いていないけど……そのことと関係があるのかしら?
収穫しながらいちごを一つ食べてみたら、甘酸っぱくてとても美味しかった。
これはジャムにするのがとても楽しみだわ!
「――はぁ、結構とれた。これくらいあればもう十分よね」
夢中でいちごを籠に入れていた私は、一息つこうと顔を上げてライナー様を振り返った。
「……あれ?」
でも、先ほどまでそこにいたはずのライナー様の姿がない。
「……はぐれちゃった?」
スタート地点から少し離れたところにたくさんいちごがなっているのを見つけた私は、ついライナー様から離れてしまったようだ。
「大変だわ……離れるなと言われたのに!」
そういえば、辺りが少し薄暗い。まだ日が沈むには早いのに……。
「ライナー様……!」
それでもそんなに遠くには来ていないはず。だから大きな声で彼の名前を呼んでみた。
「……」
けれど、返事はない。
「どうしましょう、塔へ……! 塔のほうに戻らないと……!!」
慌ててしまった私は、少し冷静ではなかったのかもしれない。
〝迷いの森は人を惑わし、方向感覚を失わせる〟
それはわかっていたはずなのに、つい塔のほうへ戻ろうと、走り出してしまった。
きっとすぐ近くにライナー様がいるわ! 大丈夫!
自分にそう言い聞かせるけれど、なぜだか辺りはどんどん暗くなっていく一方。
「おかしいわね……塔はどっち……?」
方向がわからない。
嫌な気配がする。
なんだか気分が悪くなるような、変な匂いが漂っている……。
「う……」
それに気がついた直後、くらりと目眩がした。
ぼんやりとする視界に、何かが横切るのが見える。
うねうねとして、長い……。太い紐のような、何か。あれはなに? 幻覚……? なぜだか、身体が動かない……。
〝シャ――〟
耳につくような、蛇の鳴き声。幻聴まで聞こえてきたのかしら……。
〝くくく、くくく……、人だ。人だ。人間の女だ。珍しい〟
それと同時に頭に入ってくる言葉。
そしてその紐のような生き物が、私に近づいてきた。
濃いピンク色の、長い身体をうねらせている――あれはまさか、ピンクスネーク……?
〝それも強い魔力を持っているな。くくく、くくく……いいぞいいぞ。美味そうだ〟
ああ……いた。やっぱりこの森にいたのね、ピンクスネーク。
魔女の秘薬を作るのに役立つから捕まえたい……けど、だめ。とても眠い。
それに何? 私、この蛇の言ってることがわかるんだけど……。もしかして私、食べられちゃう……?
それは嫌だわ……。
ピンクスネークは人を惑わす毒を持っているというけれど、私はその毒にやられてしまったのだろうか。
それじゃあこれは幻聴?
でもたぶん、噛まれてはいないと思うけど……すごいわ。噛まずにこんな作用をもたらすなんて、きっと秘薬作りに役立てられるんだろうな――。
ぼんやりとそんなことを考えたけれど、やっぱりだめ。身体に力が入らなくて、ふらりと身体が傾いた。
そして、とうとう目を閉じてしまいそうになったとき――。
大きく口を開けて鋭い二本の牙を剥き出しにしたピンクスネークが顔の前に現れて、「もうだめだ」と思った。
「ソアラ――!!」
けれど、私の身体はとてもあたたかくてたくましい、誰かによって支えられた。
ライナー様……?
その温もりに安心した私は、何も考えることができずに目を閉じてしまった。