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25.それは小鳥です

 ライナー様が朝早くから王都の街でフルーツタルトとブレスレットを買ってきてくれた。


 他に用事があったついでかと思ったけれど、シシーの話では私が甘いものが好きだと聞いて、わざわざ人気の菓子店に行くために出かけたのだとか。


 ライナー様は転移魔法が使えるから、王都へは一瞬で移動できる。けれど転移魔法はとても魔力を消耗するから、大した用ではないかぎり、多用するものではないはず。


 それなのに、わざわざ私のために……。素直に嬉しかった。


 ここへ来たばかりの頃は、ライナー様は少し怖い方だと思っていた。


 けれど今ではよく笑うようになったし(と言っても静かに微笑む程度だけど)、時々本当に優しい目で私を見つめることがある。


 だから、朝食の時間になってもライナー様が食堂にやってこなかったときは、少し不安になってしまった。

 王都に行ったと聞いて、何をしに行ったのだろうと、考えてしまった。


 だって、やっぱりライナー様のような、将来のある優秀な方がいつまでも私の監視役をしているというほうが、おかしな話なのだから。

 もしかしたら、他の方と監視が交代されるのかもしれないと思うと……とても寂しかった。


 だけど私が不安そうな顔をしてしまったら、シシーがすぐに「ライナー様はお菓子を買いにいっただけですよ」と教えてくれた。


 私は、ライナー様のことが好きなのかもしれない――。


 この気持ちがどういう感情なのかはまだはっきりわからないけれど、ザビン様に対する気持ちとは全然違う。


 シシーやニコに対する気持ちとも違う。

 ライナー様といると胸の奥があたたかくなって、とても楽しい気持ちになる。

 少しドキドキすることもあるけれど、もっと一緒にいたいと思うし、もっとライナー様のことを知りたいと思っている自分がいる。


「……そうだわ、またライナー様とピクニックに行けないかしら」


 シシーやニコのことももちろん好きだけど、最近は食事の時間は四人揃ってだから、ライナー様と二人きりになることが減った。

 それはそれで賑やかでとても楽しいのだけど、ライナー様と二人でお話がしたい。


 タルトを食べながら久しぶりに二人きりでお茶をしたときは、とても楽しかった。みんなで食事をするときとは少し違う楽しさがあった。

 胸がドキドキするような、わくわくするような、そんな気持ち。


「ピクニック……私から誘ってみようかしら……」


 部屋で一人そんなことを考えていたら、扉をノックする音が耳に響いた。


「はい」

「ソアラ様。シシーです」

「どうぞ」


 返事をすると、いつもの明るい声で「失礼します」と言ったシシーが笑顔を見せた。


「今からクッキーを焼こうと思っているのですが、よろしければ一緒にいかがですか?」

「まぁ! クッキー! ぜひお願い!」

「では参りましょう」


 私は甘いものが好きだけど、ライナー様も甘いものが好き。

 だから今度、シシーとお菓子を一緒に作る約束をしていた。シシーはそれを覚えていてくれたのね。




     *




「――うまくできましたね!」

「ほとんどシシーが作ったけどね」

「いいえ! ソアラ様がかたどられたこのおリボン、とっても可愛いです! きっとライナー様はお喜びになります!」


 シシーが満面の笑みでクッキーを見て、誇らしげに言う。

 けれど、その言葉に対し、私は少し困った顔をした。


「……それ、リボンじゃなくて小鳥なのだけど……」

「え!? あ、ああ……そうですね! どう見ても小鳥さんですよね……!」

「……」


 慌てたようにそう言いながら、シシーはもう一度じっくりそのクッキーを眺めた。その目には、一瞬の迷いが浮かんでいた。


 ……やっぱりわからない? 鳥をクッキーで表現するのって、難しいものね。仕方ないわ。


「そうだわ、今日はいいお天気ですから、お二人でまたピクニックに行かれてはいかがでしょう?」

「そうね。実は私も誘ってみようと思っていたの」

「まぁ! それはいいですね!」

「……甘くていい匂いだ」


 クッキーが冷めるのを待っている間シシーとそんな話をしていたら、ライナー様の声が聞こえた。


「何を作っていたんだ?」


 その声に振り向くと、ライナー様がこちらに近づきながら鼻をくんくんさせていた。


「ライナー様! ちょうどよかった。今ソアラ様とクッキーを焼いていたのです。ちょうど出来上がったところですよ」

「ほお、クッキーか」


 ライナー様が興味津々にクッキーを眺める。彼の目に、並べられたクッキーたちがどう映っているのか、私はドキドキしながら見守った。


「とても美味そうだ」

「美味しいですよ! ソアラ様が一生懸命お作りしたのですから!」

「それは楽しみだな。……それに見た目も可愛い。これは蛇かな?」


 ライナー様の言葉に、シシーの顔が青ざめる。


「ライナー様……!!」


 シシーが慌てたように叫び、私は小さく息を吐く。


「……それは小鳥です」

「小鳥!? えっ、あ、ああ……そうか、小鳥か。小鳥だな! どう見ても!」

「……」


 ライナー様の戸惑いを見て、私は内心の苦笑を隠せなかった。

 やっぱり、私は人より少し不器用なのかもしれないと肩を落とす。


 だって、クッキーをかたどるのは魔力があってもどうにもならないんだもの……。


「いい匂いですね。クッキーですか?」


 そのとき、ニコまでひょっこり顔を出した。

 彼もこの甘い香りに引き寄せられたようだ。


「ええ、今シシーと焼いたの。冷めたらみんなで――」

「わぁ、美味しそう! それにこの鳥、可愛いですね!」

「あっ!」


 ニコが私の言葉を最後まで聞かずに、小鳥のクッキーにひょいと手を伸ばすと、ぱくりと口の中に放り込んだ。


「ニコ!! おまえ……!!」

「うん、美味しいですよ……って、ライナー様、どうしたんですか? そんな怖い顔をして」

「それは俺の……!!」


 サクサク、ゴクン。

 あっさりとニコに飲み込まれた小鳥のクッキーを見て、ライナー様が拳を振るわせている。


 蛇に見えたクッキー、ライナー様が食べたかったのかしら。


「まぁまぁ、ライナー様。ソアラ様が作られたクッキーはまだありますから!」

「え? ……あっ!」


 シシーが必死にフォローする。その言葉を聞いて、ニコはようやく自分のしたことを理解したようで、恐縮した表情でライナー様に謝罪する。


「すみません……! でも、クッキー、まだあるんですよね?」

「…………」


 ライナー様はとても悔しそうに俯き震えている。


 ライナー様……そんなにあのクッキーが食べたかったのかしら?



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