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23.俺はソアラと ※ライナー視点

 ソアラが作ってくれた夕食は、これまで食べた中で最高のディナーとなった。


 ソアラは確かに言ったのだ。


〝少しでも喜んでいただけたらと〟


 俺に喜んでほしくて(・・・・・・・・・)()()()()()、苦手な料理を自ら率先して作ってくれたなんて……。


 ああ……なんて愛らしいんだ。好きだ。結婚したい。


「でも驚きましたよ。あんなに作ったのに、残さずすべて食べてしまうなんて!」

「当然だ。ソアラが俺のために作ってくれたものを残すはずがない」

「あらあら」


 食後、ソアラが一人で風呂に入っている時間に、俺はシシーが淹れてくれたお茶を飲みながら幸せの余韻を噛みしめていた。


 俺にはソアラの手料理であることが最高の調味料なのだ。ソアラが作ってくれたものならいくらでも食べられる。というかずっと食べていたい。


「今度はお菓子を一緒に作る約束をしましたが、このままではライナー様が太ってしまいますね」

「お菓子を?」

「はい。ソアラ様も甘いものがお好きなようで、楽しみにされていましたよ」

「……そうか。ソアラは甘いものが好きなのか」


 ここへ来てすぐの頃から、何か必要なものがあれば言ってくれとソアラに伝えてはいたのだが、彼女が俺に何かを要求してくることは滅多にない。


 ソアラにお願いされたことと言えば、回復薬を作るための魔法部屋が欲しいということくらいだ。

 本当にいい子だ。

 だが本当は、甘いものが食べたかったのか。


「気づいてやれなかった……」

「無理もないですよ、ソアラ様は我儘を言うような方ではありませんし」

「しかしずっと彼女と一緒にいたのに……俺の愛が足りないせいだ」

「大丈夫です。ライナー様の愛はとても大きいですよ。私たちが保証します」

「……」


 シシーはそう言って慰めてくれたが、思えば俺は彼女のことで、知らないことがまだまだたくさんある。


「そういえばソアラ様、この間ぼんやりしながら空を眺めていたから、何かと思ったら鳥をじっと見ていましたよ」

「鳥を?」


 俺の向かいのソファに座ってお茶を飲んでいたニコが、ふと思い出したように口を開く。


「はい。ソアラ様は鳥が好きなんですねぇ」

「……」


 そうか。ソアラは鳥が好きだったのか。それも知らなかった……。


「ニコ、おまえは彼女のことをよく見ているんだな」

「えっ? いや、ライナー様ほどではありませんけどね……!?」

「……」

「だから、そんな怖い顔で見ないでください!!」


 俺は気づかなかったというのに……。やはり一番のライバルはニコ(こいつ)か……!?


 一瞬そう思ったが、ニコが悪いわけではない。単純に俺の愛が足りないのだ。もっとソアラのことが知りたい。

 ……そう反省した。


 ソアラがどういう男が好きなのかもそうだが、他にも好きなものがあるかもしれないし、嫌いなものも俺は知らない。


 ソアラは肉も魚も野菜も、なんでもよく食べる。いつも「美味しい」と言ってとても幸せそうに食事をしている彼女は、本当に可愛い。だが俺はそんな彼女を見て満足してしまっていたようだ。


 俺ももっと、ソアラが喜ぶようなことがしたい。


「……明日の午前中、俺は少し空ける。すぐに戻るが、その間彼女を頼むぞ、シシー(・・・)

「承知いたしました」

「いや俺は?」


 ニコが不満そうに俺に視線を向けていたが、気づかないふりをしておいた。




     *




 シシーとニコに一時的に王都に戻ることを伝え、俺は翌日の早朝から転移魔法を使って久しぶりに王都の街へ行くことにした。


 以前、仲間が話しているのを聞いたことがある。

 王都に、女性に人気の菓子店があると。だが朝早く並ばないと買えないらしい。

 店ごと買ってしまおうかとも一瞬考えたが、それはソアラがそこの味を気に入ってからでも遅くはない。


 だからまずは自分の足で店に出向き、一番人気だというフルーツがたくさん乗った大きなタルトを買った。


『見て、あの方すごくハンサムよ』

『本当。一人でケーキを買いに来たの?』

『どこの方かしら……あまり見ない顔だわ』

『あんな美丈夫、一度見たら忘れるはずがないんだけど……』


 聞こえてきた女性たちの声に、俺は慌ててローブのフードを被った。

 俺のことを知っている貴族令嬢はいないようだが、噂になるのは面倒だ。



 その後、久しぶりに王都に来たので少しだけ神殿に顔を出すことにしたのだが、その途中前を通った店のショーケースに、美しいアクセサリーが並んでいるのが目にとまった。


 その中に、シルバーのブレスレットがあった。アメジストとサファイアが埋め込まれている。


 ……俺とソアラの瞳の色に似ている。

 これは間違いなくソアラに似合うだろう。買って帰ろう。


 女性にアクセサリーを買ったことなどないが、ソアラは喜んでくれるだろうか……。




     *




「――ライナー!」

「お久しぶりです、フォルカー様」


 その後神殿に立ち寄った俺は、神殿長であるフォルカー・レーマン様の部屋を訪ねた。


「戻ったのか」

「用事があって一時的に。すぐに帰ります」

「そうか。聖女ソアラはどうしてる?」


 フォルカー様はとても強い魔力を持った方だ。白銀色の長い髪を緩く横で束ねていて、全身白で統一した神殿服を着用している。


「元気でやっています。今でも回復薬を作ってくれていますし、気落ちすることなく、健気で明るく……先日は、俺のために料理を振る舞ってくれましたし」


 言いながら、ソアラの笑った顔を思い出し、胸が熱くなる。


「そうか。ソアラとおまえには不便をかけているが、それももう長くは続かないだろう」

「……やはり陛下が?」

「ああ。神殿が聖女と認めたソアラに一方的に婚約破棄を告げ、迷いの森に追放したのだ。これまでの勝手な行いもあるから、陛下はザビン殿下に処罰を下すだろう」

「そうですか……」


 この国にとって神殿は、王族と同等の権力がある。数では王宮騎士団に劣るが、その分魔力の強い聖騎士が神殿に仕えている。俺もその一人だ。


「陛下が神殿まで直々に謝罪に来た。ソアラにも謝罪したいと言っている」

「では、すぐにソアラは……」

「いや、ひとまず彼女の安全は守られていることを伝えて、穏便に済ませた」

「そうですか。感謝いたします」


 フォルカー様は俺を信頼してくれている。

 それに、これで神殿は王族に対して借りを作れた。

 たとえザビン以外の相手であっても、王族側と聖女の結婚を進めることも難しくなっただろう。

 神殿側の俺が、ソアラに求婚しやすくなったというわけだ。

 その点についてだけは、ザビン王子がソアラと婚約破棄をしてくれて本当によかった。


「陛下とて神殿と揉めるのは避けたいだろう。これまでも良好な関係を築いてきたのだ。それを末の王子の勝手な行いで台無しにされては困るだろうな。聖女を王都から追放するなどという馬鹿げた話は聞いたことがない。たとえソアラが闇魔法を使えたとしても、彼女は聖女だ」

「……」


 フォルカー様は、はっきりそう言い切った。その意見には俺も賛同する。


「ソアラもおまえも、いつでも王都に戻って来られるぞ」

「はい……」


 ソアラにとっては、それがいいに決まっている。あんな場所で、俺と暮らすのは早く終わりにしたいだろうな。

 だが、俺は……。


「そんな顔をするな、ライナー。おまえの気持ちはわかっている」

「え!?」

「好きなのだろう、ソアラのことを」

「……はい」


 フォルカー様には俺が若い頃から世話になっている。

 この方は人を見定める目を持っているが、それを抜きにしても俺がソアラに想いを寄せていることなどとっくに見抜いていたようだ。


 王子と婚約した、聖女であるソアラへの気持ちは隠していたつもりなのだが……。


「ザビン殿下との婚約は白紙になったんだ。おまえがソアラを支えてやれ」

「フォルカー様……」

「おまえなら聖女ソアラの夫として相応しい。陛下も文句は言うまい。おまえは少し真面目すぎる。ときには押すことも大事だぞ、ライナー」

「はっ……」



 フォルカー様に挨拶を終えると、早急に転移魔法で塔へ帰った。

 タルトを持っているし、早くソアラに会いたいからゆっくりはしていられない。

 神殿長であるフォルカー様に背中を押してもらえると、とても嬉しいし心強い。

 それに、彼女の話をしていたら、一刻も早くソアラに会いたいと思ってしまった。


 やはり俺は、この気持ちを抑えておくことにそろそろ限界を感じている――。




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