02.絶対に魔女の塔まで行きたい
強制的に馬車に乗せられた私は、その道中、考えていた。
神殿は、このことを知っているのかしら?
私が闇魔法を使えるということを、神殿長なら見抜いていたのでは?
それでも私は、聖女と認定されていた。
そんな私を、もしザビン様が勝手に『偽聖女』だと言って追い出したのだとしたら、大変なことになるのではないかしら……。
この国で神殿は、王族と並ぶほどの権力を有している。
神殿の怒りを買い内戦が起きることは、国王も避けたいはず。
だから、神殿に仕える身の聖女(私)を王族であるザビン様と婚約させたのだから。
「……さすがのザビン様もそこまで考えなしなはずないわよね。ということは、神殿も私を魔女だと認めたのかしら?」
憧れの魔女が住んでいた森に行けるのは嬉しいけれど、家族にお別れを言えなかったことだけが心残り。
家族にはお咎めがありませんように。
そう祈りながら馬車に揺られて、いよいよ迷いの森に踏み込んで、すぐだった。
「きゃ!?」
突然馬車が止まったと思ったら、バタバタと慌ただしい様子で、御者を務めていたザビン様の従者が扉を開けた。
「降りてください、ソアラ様!」
「――?」
何事かと考える暇もなく、従者によって馬車から引きずり下ろされてしまう私。
「ザビン殿下の命で仕方なくここまで来ましたが……、我々もこれ以上は進めません!!」
「え?」
数週間をともにした彼らは、青い顔で続ける。
「俺たちも死にたくはないんです! 魔女なら一人でもなんとかなるでしょう!? ここからは一人で行ってください!!」
「ここから、一人で……?」
「そうです!!」
混乱する私を置いて、すぐに馬に跨がると、彼らはさっさと元来た道を引き返していってしまった。
「ちょ、ちょっと……!」
さすがに、こんな何もないところで置き去りは――!!
ここは、魔物が多く生息するという、魔の森。
辺りに目をやると、まだ昼間のはずなのになんだか薄暗く、不気味な雰囲気が漂っているような気がした。
遠くのほうから、魔物か獣らしき鳴き声も、聞こえたような……。
「どうしましょう……」
馬車が遠ざかる音が消え、静寂が私を包んだ。心臓の鼓動が聞こえるほどの静けさ。
私は深呼吸をして、心を落ち着けようと努めた。
「大丈夫よ、ソアラ。立派な魔女への第一歩よ」
そう自分に言い聞かせながら、一歩を踏み出す。
足下の草がざわめき、不気味な影が木々の間を走り抜けたような気がして、恐怖と不安が胸を締めつける。
「ひ……っ!」
確かに私には人よりも強い魔力があるけれど、こんなところで一人置き去りにされるのは、さすがに怖い。
だって戦闘訓練は受けていないし、魔物を討伐したこともないんだもの。
「魔物が出たら、闇魔法を使えばいいのよね……?」
ザビン様を助けるために蛇の毒を抜いたのは、闇魔法の力。
同じように、魔物を倒すこともできるかしら……?
でも、蛇は小さかった。
本物の魔物は見たことがないけれど、きっと蛇よりも大きいわよね?
「とにかく、魔女が住んでいた塔……そこまで行ければ、大丈夫」
闇魔法の力を試されるこの状況は、私にとって試練であり、同時に大きなチャンスでもある。
自分の力を信じて、この迷いの森を進むしかない。
遠くの鳴き声が、次第に近づいてくる。
私は魔法を使う心構えをすると、目を細めてその方向を見つめた。
恐怖に打ち勝ち、前に進むしかない。きっと、この森の奥には新しい運命が待っているのだから。
――今から一年ほど前のある日。神殿から人がやってきて、私を聖女と認定した。
私は小さな町の領主をしている父、ハース男爵の長女として生まれた。
二つ下の弟と両親は病弱で、うちはあまり裕福ではなかった。
それでも贅沢はせず、家族四人、慎ましくも仲良く暮らしていた。
私は幼い頃から人にはない特別な力を持っていた。それが光魔法と闇魔法。
幼い頃はそんなに強い力ではなかったけれど、光魔法の力を使えば高価な薬がなくても病弱な家族は元気に生活することができた。
軽い風邪や小さな怪我程度ならすぐに治すことができたから、家族は私の力をとても喜んでくれた。
けれど私が十六歳になった日、突然その力が大きなものに変化した。
身体から魔力が溢れ出てしまうほど大きな力となり、制御するのが大変なほどだった。
そのため、家族だけが知っていたその力のことは、あっという間に近所に広まってしまった。そしてその話を聞きつけた神殿の方たちがハース領にやってくると、私を聖女だと言い、王宮に連れていったのだ。
神殿長は私の力を見てすぐに聖女と認定した。
王宮で暮らす代わりに、家族には好きなときに会いに行っていいと約束してくれたけど、一目お会いしたザビン様が私を見初めて、熱烈に求婚してきた。
まさか、あんなに女好きだとは思わなかったけど。
聖女との繋がりが欲しかった国王の意向もあり、第一、第二王子ともに既に婚約者がいたため、ザビン様と私の婚約は簡単に結ばれた。
けれど、すぐに私には妃教育が始まり、家族に会いに行く時間もザビン様と会う時間も取れなくなってしまった。
家族とは定期的に手紙のやり取りをしていたから、元気であることは確認できていたけれど……今後もし体調を崩すようなことがあったらと思うと、とても心配。
光魔法が使える聖女として登城したから闇魔法を使う機会はなかったけれど、私が王宮に来て約一年が経ったある日。
久しぶりに顔を合わせたザビン様と庭園でお散歩をしているときだった。
私たちの前に小さな毒蛇が現れた。ザビン様が大袈裟に驚いたから、私は闇魔法の力で速やかに蛇から毒を抜き取った。
子供の頃にも父と出かけた際に、毒蛇に噛まれた男の子から毒を抜き取ってあげたことがある。
あのときはとても喜んでもらえたから、ザビン様も喜んでくれると思った。
だから、「もう大丈夫ですよ」と言ってザビン様を振り返ったら、彼は腰を抜かして顔を真っ青にし、ただぶるぶると震えていた。
その数日後に王宮で開かれたザビン様の誕生日パーティーで、私は彼に〝魔女〟だと言われた。
私は助けてあげたつもりだったのに。魔女ってそんなに怖いものなのかしら?
別にザビン様のことは好きではなかったし、私と会えない間に他の女性と親しくしていたようだから、もういいのだけど。
……とにかく今は、魔女の塔までどうやって行くかが問題ね。
せっかく憧れの魔女になれるのだから、なんとしてでも塔まで行きたい。
この森には強い瘴気が漂っている。魔物やその死骸から出ている瘴気が森に溜まっているのだと思う。
この瘴気が人々を惑わし、道をわからなくさせる。
それが『迷いの森』と名が付いた由来ね。
既に、先ほどの馬車がどちらに走っていったのかも、よくわからなくなっている。
「彼らは無事森を抜けられているといいけど……」
平和で小さな町で十六年を過ごし、聖女として王宮に連れて行かれて妃教育に励んでいた私に、魔物と戦った経験はない。
でももし魔物に襲われたら、戦わなくては……!!
「大丈夫、私は魔女よ。魔女は強くて格好いいのよ。すごいのよ。だから、きっと大丈夫!!」
〝ガサガサ――〟
「ひっ!?」
そう気合いを入れた直後。
近くの木々が怪しい音を立てて揺れた。
「あああ……魔物? 魔物なの……? 襲ってくるの……?」
恐怖が喉を締めつけ、言葉が途切れ途切れになる。自分の鼓動の音がやけに大きく耳に響く。
〝グルルルルルルル――〟
獣が唸るような声が聞こえたと思ったら、すぐにその正体が現れた。
「ああ……随分大きなわんちゃんね……」
現れたのは、どす黒くて大きな角が生えたタイガーウルフ。
熊くらい大きい。それに刃物のような牙と鋭い爪をむき出しにしている。
それが、五頭……いや、十頭はいる……?
「魔法、闇魔法……! じゃなくて、大勢の場合は光魔法のほうがいい!?」
お腹が空いているのか、ぼったぼったとよだれを垂らしながら私に牙を剥いているタイガーウルフに手をかざしながら一歩後退ると、足下に太めの木の棒が落ちていることに気がついた。
剣術に覚えはないけれど、何もないよりましかも。
魔物を討伐するには、どんな魔法をどんなふうに使えばいいのかわからないから、間違えたときのために、一応。
「さぁ、かかってきなさい……!」
震える手で棒を握り、構えた私にタイガーウルフが「そうですか、では」と言わんばかりに飛びかかってくる。
〝ガァァァァァァ――!!〟
「本当に来るのね……っ!?」
躱せる攻撃はなんとか躱して、無理そうなら棒を振る。
〝ギャン――!!〟
「当たった――!?」
見事タイガーウルフのお腹に一発当たったけど、致命傷にはなっていないし、それが余計怒らせてしまったみたい。
〝ガアァァァァァァ――!!〟
「……!!」
数匹で一斉に飛びかかられて、「死んだ」と思った。
全身が硬直し、目の前が真っ白になる。心臓が一瞬止まったかのように感じ、息が詰まった。