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17.こんな想いを抱くとは

「それではいってらっしゃいませ! どうぞごゆっくり!」

「……」


 昨夜シシーに提案された、ライナー様とのピクニック。

 まさか翌日早速実現するなんて、一体誰が想像するでしょう?


 でもシシーは朝から張り切ってお弁当にサンドイッチを作ってくれて、私とライナー様をとっても素敵な笑顔で送り出してくれた。


「……あの、ライナー様。本当によろしいのですか?」

「何がだ?」

「私とピクニックなど……」


 一応私は幽閉された魔女。ライナー様は監視役。

 前回は回復薬を作るため(・・・・・・・・)に薬草を採りに行ったのだから、ピクニックとはわけが違う。


 でも……ライナー様はこんな呑気なことをしていていいのだろうか……?


「……ずっと塔の中にいては気が滅入るだろう。たまにはこうして外に行くのは悪くない。俺が一緒なら安全だし、これからも二人で(・・・)定期的に外に出よう」

「はあ」


 ここに来てすぐの頃は私が逃げようとしているのではないかと疑われていたけれど、今では私に逃げる気はないと、少しは信用してもらえているのだろうか。


 それか、私なんかが優秀なライナー様から逃げられるはずがないと、確信しているのかもしれない。


 ……そうだわ。きっと、ライナー様もずっと塔の中にいては気が滅入ってしまうから、シシーの提案を受け入れたのね。


 川は近くなので、散歩がてら歩いて向かう。

 迷いの森は薄暗くて瘴気が漂う不気味な森だけど、塔周辺は結界のおかげで空気が澄んでいて緑も美しく、ところどころお花も咲いていて綺麗。


 魔物が住まう迷いの森だということを忘れそうになる。


「……あの、ライナー様。そのバスケット、やっぱり私が持ちます」

「いや、大丈夫だ」


 シシーが用意してくれたサンドイッチと飲み物が入ったバスケットは、当然のようにライナー様が持ってくれている。


「ですが、私もそれくらいは持てます!」

「そういう問題ではないから、気にしないでくれ」


 ではどういう問題なのだろう……? いつもライナー様に色々頼ってしまっているけれど、本当にいいのかしら。


 使用人を二人も呼べるような貴族の方なら、少なくとも私よりは高位な方よね?



 そんなことを考えつつそのまま少し歩いていくと、やがて川が見えてきた。

 この川は相変わらず水が澄んでいて、小魚たちが楽しそうに泳いでいる。辺りにはお花も咲いているし、もちろん誰もいなくて静かだし、魔物も出ないはずだから安全だし。


 ……穴場すぎでは?


「この辺りに座ろうか」

「はい」


 そう言うと、ライナー様はよさそうな場所を選んで持ってきたシートを広げた。手際のよさに感心しながら、その動きを目で追う。


「……思ったよりも小さいな」

「そうですね」


 このシートもシシーが用意してくれたものだということは知っている。

 一応二人並んで座れるくらいの大きさはあるけれど、これだとあまり余裕がない。

 肩と肩を寄せ合って座らないといけないと思うと、自然と心臓が早鐘を打つ。


「あなたが使ってくれ」

「えっ? そういうわけにはいきません! ライナー様がお使いください!」

「いや。俺は騎士だ。立っていても平気だ」

「私もこれくらい平気ですよ」

「……ではもう少し大きなシートを取りに戻るか」


 ライナー様にこれ以上負担をかけるわけにはいかない。

 そう思って負けじと言い返したら、ライナー様は塔のほうへ目を向けた。

 その横顔は落ち着いているけれど、何かを思案しているようにも見える。


 確かに戻ってもそう遠くはない距離だけど……。


「一緒に座りませんか?」

「…………一緒に?」

「はい。これは一応二人用です。少し狭いかもしれませんが、詰めれば二人座れます」

「……わかった」


 静かに頷くと、ライナー様が先にシートに腰を下ろした。

 私と肩を並べて座るのが嫌だったわけではなさそうなので、ほっとする反面、緊張感が高まる。


「どうぞ」

「……ありがとうございます」


 先に座ったライナー様が、紳士的に手を差し出してくれた。その手を見つめると、心臓が一層速くなり、ドキドキが止まらない。

 それでも素直に、その手をお借りすることにして掴まる。


「……!」


 けれど、せっかくライナー様が手を貸してくれたのに、草の上に敷いたシートの座り心地が思ったより柔らかくて、私の身体は予定よりも傾いてしまった。

 そのせいで、ライナー様の肩に寄りかかるような形で自分の肩が彼に思い切り触れてしまった。


「す、すみません!」

「いや…………、構わない」


 慌てて謝罪し肩を離したけれど、ライナー様は私の手を強く握って離さない。彼の手の温もりがじわじわと伝わってくる。


「……ライナー様?」

「あ……ああ、すまない」

「いいえ、ありがとうございます」

「……」

「……」


 何? この空気……。

 なんとなく変な空気が流れたような気がしたけど、気のせい……?


 ライナー様の手の温もりが、私の心を落ち着かせる一方で、どうしても意識してしまう。隣にいる彼の存在が一層大きく感じられる。


 せっかく座ったところだけど、やっぱりライナー様との距離が近すぎるせいか、変に緊張してしまう。

 ちらりと彼を見上げてみる。その横顔はいつ見ても凜々しい。金色の髪が陽の光を受けて輝き、碧眼が遠くを見据えている。その姿はまるで一枚の絵画のようだ。


 私はこの空気に耐えられず、すっくと立ち上がった。


「…………私! 川を見てきてもいいですか?」


 だってライナー様からはなんだかいい匂いがするし、隣に並ぶと体格の違いがよりわかってドキドキするんだもん……!!


 おかしいわね、ザビン様にはこんなふうに感じたことはなかったのに……。


「ああ、同行しよう」


 けれどやっぱり、ライナー様も私に続くように立ち上がった。彼の動きは一つ一つが優雅。


 ……逃げるつもりはないので、待っていてくれてもいいんですけどね?


 そんな言葉は口に出せず、気を取り直して川の近くまで行くと、今日も天然ものの魔石が転がっているのを見つけた。


「わぁ……綺麗」


 透明度の高い、綺麗なブルーの魔石。陽の光が当たると、キラキラと美しく輝く。その輝きに心奪われ、手を伸ばしてそっと拾い上げた。

 これはなかなか強い魔力がこもっている。いただいていこうかしら……。


「気になるなら持って帰るといい」

「あ……ありがとうございます」

「あなたは本当に熱心な人だ。魔女だと言われて城を追い出されたというのに、今でも毎日回復薬作りに励んでくれている」

「ええと……それは――」


 本当は、魔女の秘薬作りに没頭しているだけなんですけどね。どうせなら立派な魔女になりたいので。


 ――とは言えない。


 でもそれを知ったら、私はもうあの部屋への出入りを禁じられてしまうのかしら……。


 もしかしたら魔女の本は燃やされてしまう?

 それは悲しい。とても悲しい。


 ライナー様も、ニコもシシーも。私のことを今でも聖女だと思っているのよね。だからこんなに優しくしてくれているのよね……。


「……」

「どうかしたのか?」

「いいえ……」


 私にこんなに優しくしてくれるライナー様に隠し事をしているのは、気が引ける……。


 ここに来たばかりの頃は、ライナー様に対してこんな想いを抱くなんて、思いもしなかった。彼の頼もしい姿や優しい言葉に触れるたび、胸の奥が変な感覚になる。

 もっと彼のことを知りたい。もっと彼と一緒にいたいという気持ちが、日々強くなっていくのを感じる。



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