15.客人
迷いの森の魔女の塔でライナー様と生活するようになって、二週間が過ぎた。
森で魔女の秘薬に必要な薬草や魔石を集めてきた私は、いよいよ惚れ薬作りに取りかかっていた。
「うまく作れるかしら……」
たくさんの材料が手に入ったとはいえ、初心者魔女に必要なピンクスネークの生き血は手に入らなかった。
魔力の強い優秀な魔女ならなくても作れるようだけど、果たして私は生き血なしでも惚れ薬が作れるのだろうか。
ちなみに惚れ薬を作る前に、とりあえず回復薬と傷薬は本当に作っておいた。
聖女として過ごしている一年の間に何度も作ったので、すぐに作ることができた。
これでもし、ライナー様に成果を見せろと言われても大丈夫……!
「よし、やるわよ……!」
とにかくやってみないことには始まらない。
レシピ通りに薬草を混ぜ、鍋でぐつぐつ煮ながら魔力を注いでみる。
ピンクスネークの生き血は足りないけれど、その分魔力で補えばいいわよね!
「惚れ薬よできろ~、惚れ薬になぁれ~」
そんなことを唱えながら、魔力を注いでみた。
「成功したのかしら……?」
出来上がったのは、少し濁ったピンク色の液体。
なんとなくだけど、完璧ではない気がする。これは魔女の勘。
「試してみたいけど、自分で飲むわけにはいかないし……ましてやライナー様に飲ませるわけにもいかないわよね……」
というかそもそも、こんなものを作っても今のところ需要はない。
ただ魔女っぽいから作ってみただけ。
……まぁいいか。いつか必要なときがきたらということで。とりあえず惚れ薬ができたわ! 立派な魔女への第一歩!!
「次は何を作ろうかしら。眠り薬とか? あ、いいかも! なんだか魔女っぽいわ! それから変身薬も作りたいわね。いつかドラゴンにもなりたいし!」
考えるとわくわくしてきた。
使う機会は来ないかもしれないけれど、いつか……いつか物語に出てきた魔女のように、誰かが訪ねてきたら力になってあげられるよう、色々作っておきましょう。
*
そんな生活を順調に送り、ライナー様と過ごして数週間が経ったその日の夕方。
塔の裏の畑で夕食用の野菜を採っていたら、一台の馬車がやってきた。
「え……? 人?」
ここは人が寄り付かない迷いの森。魔物が出る森。そんな森にわざわざ入ってくるなんて……まさか、私を迎えに……?
いえ、もしかして、魔女である私に何か頼みがあって来たのかも……!
「はぁー、やっと着いた」
御者をしていた男性が大きく息を吐きながらそう言って、馬車から降りた。
明るい茶髪で、爽やかな風貌。でも腰に剣を帯びている。
彼の様子を窺っていたら、馬車の扉が開いて中から女性が一人降りてきた。
「ソアラ様ですね。初めまして、私はシシーと申します」
「……初めまして」
二十代前半くらいに見えるその女性は、赤茶色の髪を後ろでまとめており、メイドのような格好をしていた。
「俺はニコ」
茶髪の男性も口を開く。
「えっとぉ……」
それで、お名前はわかったけど、そもそもどこの方? なぜこんなところに来たの? どちらかというとそれを教えてほしい。
迷いの森を迷わず馬車でここまでたどり着いたのもすごいし、魔物をどうしたのかも気になる。この人がその剣で倒してきたのだろうか……。
「あ、ライナー様!」
何から質問しようか考えていると、ニコという男性が私の後ろに視線を向けて嬉しそうに声を上げた。
「待っていたぞ」
「お待たせしました。道中大変でしたよ! 魔物もいるし遠いし!」
ライナー様は二人に「ご苦労だったな」と声をかけている。
知り合いなのね。
「あの……ライナー様、こちらの方々は……」
「彼らはうちの使用人だ。本当は最初からともに来てもらう予定だったのだが、ザビン王子が突然あなたを追放したから、予定が変わって俺だけ先に向かったのだ」
「……そうだったのですね」
「自己紹介がまだだったのか?」
「いや、ちゃんと名乗りましたよ!」
「名乗るだけではわからないだろう」
「あ、そっか。俺たちはライナー様の使用人です! どうぞニコと呼んでください!」
気楽にそう言ったニコという男性に、ライナー様は溜め息をついた。
使用人というわりには、随分仲がよさそうに見える。
「これからは私たちが身の回りのお世話をしますから、なんなりとお申しつけください」
シシーと名乗った女性も優しい笑顔を私に向けてそう言ったけど、どうしてそれを私に言うのかしら?
ライナー様のお世話をするために来たのよね……?
そもそもライナー様も、私にとても優しくしてくださっている。
いくら私のことを聖女だと思っていても、彼は一応〝監視役〟としてここにいるのに。
それに使用人を呼ぶということは、ライナー様はやはり貴族の方なのだろうけど、食事だってほとんど彼が作ってくれているし、掃除も嫌な顔をせずに率先して行ってくれる。
あ、まずい……。この方たちがそれを知ったら、私は怒られるかもしれない……。
「お持ちしますよ」
「ありがとうございます……」
それを考え冷や汗が頰を伝ったけれど、ニコは収穫した野菜が入っていた籠を私の手から受け取り、爽やかに笑った。