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13.結婚したい ※ライナー視点

 ソアラと二人きりの生活が始まって数日――。


「俺はなんて幸せなんだ……。間違いなく、俺は世界一の幸せ者だ」


 俺は毎日夢のようなときを過ごしている。

 昨日は一緒に外へ出て近くを散歩した。


「あれはもはや、デートだな……」


 ソアラとの、初めてのデート。幸せだった……。


 夢中になって薬草を探している真剣な表情のソアラは、なんとも可愛くて可愛くて……。一生見ていられると思った。


 珍しい魔石を見つけたときもとても嬉しそうに笑っていた。

 宝石やアクセサリーではない、ただの原石をあんなに喜ぶなんて……。

 ああ、彼女は天使か。


 ソアラに手を握られたときは嬉しさと動揺で思わず変な顔をしてしまったかもしれない。

 しかし、ソアラの髪の色に似た花を見つけて、つい一輪摘んで彼女に差し出してしまった。

 俺とて異性に花を贈るという行為にどんな意味があるのか、知らないわけではない。


 花は、なんとも思っていない相手に贈るものではないのだ。

 だがソアラは花を受け取ると、嬉しそうに笑ってくれた。

 とても、可愛かった――。


〝あなたの髪色に似てとても美しい〟そう口にしそうになったが、すんでのところで思いとどまった。


 いきなりそんなことを言って、引かれては困る。

 俺のこの想いを伝えるのはまだ早い。


 ここでは俺とソアラは二人きりなのだ。はやまって嫌われてしまえば、彼女は逃げ出してしまうかもしれない。彼女に嫌われたくはない。


 

 ソアラとは一日三回の食事をともにし、一回のティータイムを儲けている。

 その時間はソアラと一緒にいられるのだ。

 それだけで俺はとても幸せだ。


 これはまるで夫婦――。


 既に結婚したように錯覚して、思わず頰がにやけてしまいそうになる。危ない。


 ソアラが朝食を作ってくれたときは感動のあまり心臓が破裂するかと思った。

 彼女は「失敗した」と言って落ち込んでいたが、とんでもない。


 俺のため(・・・・)に作ってくれたというだけで、とてつもなく嬉しい。幸せすぎる。彼女が作ったものならたとえ毒だっていい。


 それにしても、光魔法の力を使って、もしものときに備え回復薬や傷薬を作ると言ったソアラは、いい子すぎるな。

 こんなところに来てまでそんなことをしてくれるなんて。

 しかしそれはつまり、食事中以外は魔法部屋にこもってしまうということだ。


 少し寂しいが、こんな森の塔に追放されたというのにソアラはザビン王子のことを憎まず、文句の一つも言わずに、()()()()()()()()()()()()に回復薬を作ってくれるというのだ。


 本当に、なんていい子なのだろう。

 ――ああ、早く結婚したい。


 ソアラがそうしている間、俺は彼女が勧めてくれた本を読むことにした。


 彼女は騎士が好きらしい。

 騎士との恋愛小説を勧められ、俺の胸が熱くなったのは言うまでもない。

 これはもしかして、ソアラも俺のことを意識してくれているのではないだろうか。

 そう期待したくなる。


 はやる気持ちを抑えるように、ソアラに勧めてもらったロマンス小説を読んだ。

 早く読んでソアラに感想を伝えたい。彼女の好きなものを共有したい。



〝騎士団長フィン様は水が滴る美しい金髪をかき上げて言った。

「私は君のためならたとえ火の中だろうと水の中だろうと喜んで助けに行くよ」

 と――。〟


「……」


〝「ありがとうございます。でも火の中に入ってはだめですよ?」

 そのとき私はフィン団長にこの身を捧げる覚悟を決めた。〟


「…………なるほど」


 小説に出てきたその一説を読んだところで一度本を閉じ、考える。


 女性はこのようなときに男に惚れるのか。身を捧げる覚悟を決めるのか。


 あのとき。俺がソアラに心を奪われて以来、もちろん他の女性と恋仲になったことはない。

 聖騎士として神殿に尽くしてきたため、色恋沙汰には疎かった。

 だからいざソアラとこうしてともに過ごせていても、何もできない。何をすればいいのか、わからない。


 これまでこのような本を読んだことはなかったが、とても勉強になる。




「――何をしているんだ?」


 日が暮れてきたので夕食の用意をしようと調理場へ向かう途中。広間にソアラがいる気配がして覗いてみると、彼女は踏み台に乗って高い位置にある窓を拭いていた。


「危ないから、あなたはそんなことしなくていい」

「いつもライナー様が美味しい食事を用意してくださるので、私も何かできないかと、お掃除を」

「そんなことは俺がする。あなたの身長では背伸びをしないと上まで届かないだろう。早く降りるんだ」


 よく見たら踏み台もかなり古いものだった。どこで見つけてきたのだろう。不安定に揺れている。危ないから、早く降りてほしい。


「わかりました。では、私は床のお掃除をしますね――あっ」


 俺が心配した直後。隣の棚に置いてあったバケツを手に、踏み台から降りようとしたソアラの身体がぐらりと傾いた。


 慌てて彼女を支えようと手を伸ばした俺だが、この手がソアラに触れる前に、頭から冷たい水が降り注ぐ。


〝バッシャーン――!〟


「……も、申し訳ありません……っ!!」


 激しい水音の後に聞こえたのは焦ったようなソアラの声。可愛い……。


「私ったらなんてことを……! これで……あっ、これはだめです雑巾でした! すぐに拭くものをお持ちします……!!」


 何かとても慌てているソアラの声は本当に可愛い。

 いつまででも聞いていられる。

 それにしてもソアラが転ばなくてよかった。


「大丈夫だ」

「本当に申し訳ございません――っ!」

「いや――」


 慌てるソアラも可愛いが、平静を保って濡れた前髪をかき上げると、今にも泣きそうな顔でおろおろしているソアラの姿が視界に映った。

 だから彼女を落ち着かせようと、先ほど読んだ小説の一節を思い出した俺は、ついその言葉を口にした。


「俺は君のためならたとえ火の中だろうと水の中だろうと喜んで行く」

「――え?」

「……」

「……」


 彼女は落ち着いた。

 しかし、今度は俺を冷めた目で見ている気がする。


「…………なんでもない。風呂に入ってくる」


 やってしまった……! やはり引かれた……!!


 俺のような男が騎士団長フィン殿の真似をするなど、百年早かったのだ……!!

 ああ……気持ち悪いと思われて嫌われてしまっただろうか……。


「ライナー様!」

「……!」


 ソアラから顔を逸らすように回れ右をした俺の背中に、ソアラが声をかけた。

 ドキリとしながらも、そっと彼女を振り返る。


「ありがとうございます。……でも、火の中には入っちゃだめですよ?」

「……!! ……ああ」


 窺うようにそう言った彼女は、俺が小説の一節を真似して言ったのだと気づいたらしい。


 引かずに応えてくれるとは、なんていい子なんだ! 好きだ!


 風呂場に向かうため平静を装って広間を出たが、扉を閉めた瞬間、ソアラのはにかむような可愛い笑顔に耐えられず膝から崩れ落ちた。


 ソアラのためなら火の中だろうと水の中だろうと、俺はどこへでも行ける――!


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