11.やっぱり私は魔女かもしれない
「本当に申し訳ありません……」
「……」
テーブルに並んでいるお皿の上に乗った見栄えの悪い料理を見て、ライナー様は固まっている。
簡単に言うと、朝食作りは失敗した。
形の悪い野菜のソテーは焦がしてしまい、少し苦いし、スープはしょっぱくしすぎて水を足したら、今度は味が薄くなってしまった。
ライナー様が焼いてくれていたパンも、一手間加えようとしてバターを乗せて魔法をかけたら、〝ボンッ!〟と音がして真っ黒焦げになってしまった。
「こうなるはずではなかったのですが……」
余計なことをしてしまった……。
せっかく親切な方が植えて育ててくれた野菜も、ライナー様が焼いてくれたパンも、無駄になってしまう。
ああ……おかしい。本当に、こうなるはずではなかったのに……!
「ライナー様が焼いてくださったパンがまだ残っているので、そちらをお持ちしますね……」
料理とは呼べない代物を見て固まっているライナー様に、私はあまりの不甲斐なさに泣いてしまいそうな気持ちで再び調理場へ戻ろうと背中を向けた。
ライナー様は、きっと呆れて言葉も出ないんだわ。
「――待ってくれ!」
「!」
そう思ったのに。後ろからライナー様に呼び止められ、手首を掴まれた。
「……怪我をしているではないか」
「あ……っこれはその、久しぶりに包丁を握ったので、手を滑らせてしまって……」
左の指先の小さな傷を見て、ライナー様が顔を歪める。
きっと引いているんだわ……。不器用すぎる自分が恥ずかしい……。
「大した傷ではないので大丈夫です」
「こんなになってまで作ってくれたのか……」
「え?」
「いただこう。ありがたく」
「……ライナー様?」
凜々しい眉をきゅっと寄せて席に着くと、ライナー様は焦げた人参にフォークを刺して口に含んでしまった。
「あ……っ! おやめください! 美味しくないでしょう? 私が責任を持って食べますので……!」
「美味い。あなたが一生懸命作ってくれた料理が美味くないはずがない」
「……え?」
そう言いながら、もう一口含んだ何かの野菜も、よく噛みしめているライナー様。
そのお顔は、嘘を言っているようには見えなかった。
「ありがとうございます……。ですが、ご無理なさらないでください」
「無理などしていない。よく噛めば甘みが出てきて、本当に美味しい」
「……」
とてもはっきりそう言い切るライナー様に、私のほうが照れてしまう。
ライナー様の向かいに座り、私も苦いソテーを口に含んだ。
「……確かに、よく噛めば野菜の甘みを感じますね」
「そうだろう? 美味い」
「昼食は頑張ります!」
「……俺と一緒に作ろうか」
「ライナー様と一緒に?」
「嫌じゃなければ、だが」
「はい! よろしくお願いします!」
ライナー様の提案に、私は嬉しくなって大きく頷いた。
私はこの塔に幽閉されて、ライナー様に監視されているのだということを、忘れてしまいそうになる。
だって、ライナー様は少し怖い顔だけど、とっても優しい方だとわかったから。
以前までの王宮での暮らしよりも、今のほうがずっとずっと楽しい。
*
その日の昼食は、約束通りライナー様と一緒に作った。
朝の残りのスープはライナー様に味を整えてもらい、野菜の切り方も教わった。
さすが騎士様。刃物の扱い方がとても上手なのね!
それにしても、ライナー様はなんでもスマートにこなしてしまう方だと思った。
私もしっかり手伝って、一緒に料理をしている気分になっていたけど、よく考えたらほとんどライナー様が手際よく仕上げてくれたような気がする。
「やっぱり気が抜けないわ……」
そのことを思い出しながら昼食を終えて自室に戻ってきた私だけど、どうしても魔女の秘薬が書かれたレシピ探しを諦めきれなくて、もう一度書庫に行ってみようとくるりと反転したときだった。
「!?」
靴のかかとが床板にひっかかり、私はその場で派手に転んでしまった。
「痛ったー……もう、何かしら?」
ひっかかった床板のところが、少しずれている。
これはただの床ではない……!?
ピンときて板をはずしてみると、なんとそこには怪しい地下収納が。
「すごい……! すごいわ……!!」
その中には、まさに私が探していた秘薬のレシピが書かれた本と、闇魔法の使い方が細かく書かれた本。それから乾燥した謎の薬草まで出てきた。
「これがあれば私も立派な魔女になれるわね……!!」
それからは、夢中でそれらの本を読んだ。
「なになに? 秘薬を作るには闇魔法が使えないとだめ?」
私のこと――?
やっぱり私、魔女だったのね!
夕食もライナー様と一緒に作る約束をしているから、その時間がくるまでずっと本を読み込んだ。
「――ライナー様、相談したいことがあるのですが」
「なんだ?」
夕食をいただきながら、私はライナー様にあるお願いをするため、意を決して口を開いた。
「結界が張ってあって安全とはいえ、もしものときのために回復薬や傷薬を作っておきたいのです」
それも嘘ではないけれど、立派な魔女になるために、秘薬を作る部屋が必要。
ライナー様に、何を作っているかばれない部屋が。
「なるほど……。それはこちらとしてもありがたい。もしものことなどないとは思うが……あなたのその傷も、早く治せるだろう」
「あ……、これは」
そう言いながら私の指先に目を向けたライナー様。
まぁ、これは本当に大したことないほんのかすり傷なので、治そうと思えば一瞬で治せるのだけど。というか、治すのすら忘れていたわ。
「それでは、回復薬を製造するためのお部屋を借りてもいいでしょうか?」
「もちろん。あなたに負担のない範囲で作ってもらうのは構わない。すぐに一部屋用意しよう」
「ありがとうございます!」
よかった……。
ライナー様は何も疑っていないわね。
これで立派な魔女になるために気兼ねなく色々できるわ……!!
「……とても嬉しそうだな」
「ええっと……せっかく光魔法の力があるのですから、誰かの役に立てるものを作りたくて!」
「そうか。……本当にあなたは」
「え? なんですか?」
「いいや、なんでもない」
「?」
ぼそぼそと小さな声で何か呟いたライナー様に聞き返してみたけれど、残念ながら誤魔化されてしまった。
でもいいわ!
とにかく私は物語に出てきたような、立派な魔女になるのよ!!
それを考えたら、その日はわくわくして全然眠れなかった。
だから結局朝方まで秘薬のレシピ本を読んで、イメージトレーニングをしておいた。