10.魔法の力があれば私にも…!
結局、秘薬のレシピが書かれた本は見つからなかった。
「そうよね……そううまくいくはずないわよね……」
日が暮れかけた頃、書庫の中で肩を落としながらぼんやりと呟く私の耳に、ライナー様の声が微かに届いた。
「……まだいたのか」
振り返ると、ライナー様が再び書庫に入ってきて、驚いたように目を見開いていた。
今日はもう、それ以上探すのは無理だと諦め、「食事の用意ができた」と告げるライナー様のあとに続いて食堂に行く。
食堂に入ると、あたたかい光が包み込む空間が広がっていた。
香ばしい香りが立ち込める中、テーブルに採れたての野菜のサラダ、クリーミーなスープ、ふっくら焼き上げられたパン、そしてバター香る鶏肉のソテーが美しく並べられていた。
「わぁ……本当に美味しそう!」
心からの感嘆の声が自然と漏れる。
「口に合うといいのだが」
二人で向かい合ってテーブルに着き、鶏肉を一口頰張った。口の中で広がる味わいに、思わず目を閉じた。
「美味しいです! とても!」
「そうか。それはよかった」
ライナー様は、料理上手。彼の料理の腕前には感服するしかない。
「いつもありがとうございます。でもどうしてこんなにお料理が上手なのですか?」
「我々は各地を巡礼で回っている。食事の用意は自分たちで行うこともあるから、これくらいはできるようになるんだ」
「これくらいって……十分すぎますよ!」
下処理が完璧で、臭みもなく、鶏肉は柔らかくてジューシー。
味付けも絶妙で、噛むたびに深い旨味が口の中に広がっていく。
ああ……幸せ。
「……あなたも、いつも美味しそうに食べてくれる」
「だって本当に美味しいです!!」
「……そうか」
ライナー様の言葉には少し照れが混じっているようで、私はその表情にほっこりとした気持ちを抱いた。
「私、ライナー様のお料理が大好きです!」
「…………そ、そうか」
「それに、こんなにゆっくり食事ができるのは久しぶりですし」
ハース領に住んでいた頃は裕福な家庭ではなかったため、こんな贅沢はあまりできなかった。王宮では忙しさに追われてゆっくり食事を楽しむ余裕がなかった。
食事マナーもうるさく注意されて、味を楽しむことができなかった。
「でも本当にいいのでしょうか。ここまでよくしていただいて。……あ、明日からは私もお料理をします!」
「なに!?」
気合いを入れてそう言ったら、俯いていたライナー様が大きな声を出して小さくむせた。
「ごふっ、ごほっ」
「大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ……すまない……」
慌ててグラスに注いだお水を手渡すと、ライナー様は静かにそれを飲み、ふぅと息を吐いた。
「……あなたが、料理を作ってくれる?」
「ええ……その、私の家は裕福ではなかったので、少ない使用人と一緒に料理をしたことがあります」
「そうか……それは、とても楽しみだ」
「え?」
楽しみ? 私の料理が?
「楽しみにしてもらえるほど上手くできるかはわからないですが……」
でも、そうよね。ライナー様だって、毎日料理をするのは大変だったに違いないわ。今までは私が何もしないから、仕方なく作ってくれていたのでしょうし。
「今まですみませんでした……」
「ん? なんだ?」
「さっそく明日の朝食は私が作ります! ライナー様はいつもよりゆっくりお休みください!」
「……ああ、ありがとう。楽しみにしている」
「……!」
少し大袈裟に張り切って言うと、ライナー様が私の目を見て小さく笑ってくれた。
普段は少し怖いくらい表情が堅い方だから、この不意打ちにはドキッとしてしまう……。
でも、その笑顔に私は胸が熱くなるのを感じた。
*
翌朝、約束通り早起きをして調理場へ向かった。
食材は何があるか見てから畑に行こうと思っていたけど、そこには既に様々な種類の野菜が整然と置かれていた。
「……これはどう見ても採れたて……ライナー様、休んでてくださいって言ったのに、早く起きて採ってきてくれたのかしら」
今はもうライナー様の姿はないけれど、私よりも早く起きて用意しておいてくれるなんて。
つくづく彼は真面目な方だと思う。
「お礼は後で伝えることにして、今は朝食作りね!」
使用人の手伝いをしながら、一緒に料理をしたことがあるのは事実。
だから大丈夫。とても久しぶりだけど、ちゃんと覚えているわ!
「よぉし……ライナー様に喜んでもらえる朝食を作りましょう!」
私は魔力が強い。魔法を使えばきっと料理が美味しくなるはず。
ふっふっふっ……魔女は美味しいスープを作ったりするのよ。料理が上手なのよ。全部、魔法の力よ!!