01.私が魔女?
「ソアラ・ハース! おまえとの婚約を破棄する! この悪しき魔女め!!」
大広間に突然響いた、婚約者――ザビン王子の怒声に、すべての視線が一斉に私に集まった。
「……魔女? 私がですか?」
驚きと困惑で、私は周りの人たちと同じようにザビン様を振り返った。彼は鼻息を荒くしながら、興奮した様子で私を指さしていた。
「そうだ! 闇魔法は魔女が使うものだ!! おまえは偽の聖女で、本当は魔女だったんだ! 魔女なんかと結婚できるか!!」
「偽の、聖女……」
今日はザビン様の二十歳のお誕生日。
婚約者である私が彼の隣にいる予定だったのに、彼は私をエスコートしてくれなかった。
それはまぁ、いいとして。
私が魔女ですって……?
「ですが、私は聖女と言われて――」
「うるさい! そんなものは神殿の奴らが勝手に決めたことだろう!? 闇魔法は魔女の証だ! 今すぐ投獄してもいいんだからな!!」
「……」
彼の言葉に、大広間はざわめき立ち、人々の視線は冷ややかに感じられた。
ザビン様の後ろで結んだ赤髪が揺れ、茶色の瞳が私を鋭く睨んでいた。
有無を言わせないような彼の大声に、私は思わず口を噤つぐむ。
私が、魔女……?
この国の人々には多かれ少なかれ魔力があり、魔法が使える。
どんな魔法が得意かは、その人が生まれ持つ〝属性〟によって変わる。
裕福ではない男爵家に生まれた私は、とても稀少な光属性を持っていたため、一年ほど前に神殿に〝聖女〟と認定され、この国の第三王子であるザビン様と婚約した。
数が少ないとはいえ、光魔法が使える〝聖女〟は私の他にも数人おり、神殿に仕えて国や民のためにその力を使っている。
そして、光属性以上に稀少な属性が、〝闇属性〟である。
確かに私には闇魔法の力もある。
普段、闇魔法を使う機会はないけれど、私はその力を使ってザビン様に噛みつこうとした毒蛇から毒を抜き取った。
ザビン様を助けるためにしたことだったけど……それで、私が魔女だと?
「魔女は迷いの森に追放だ!! 処刑することも考えたが、命だけは助けてやる。この僕に感謝しろ!」
「迷いの森に? それって、あの、かつて本物の魔女が住んでいたという、魔女の塔がある森ですか……!?」
「そうだ、殺されないだけありがたく思え」
「……!!」
なんということでしょう……!
私があの、憧れの魔女……!?
なんてすごいことなの!!
迷いの森とは、この国の端にある、誰も寄り付かない魔の森のこと。
荒れ果て、魔物が多く生息していると言われているけれど、その奥にある塔には、かつて存在した本物の魔女が住んでいたという。
実は私、幼い頃に読んだ『心優しき呪われた魔女』という本を読んで以来、魔女に憧れていた。
その本に出てくる魔女は、とても強くて優しくて、優秀な〝魔法使い〟だった。
とても格好よかった。
だから魔女が住んでいた塔がある森に行けるなんて……夢のように嬉しい!
私の心は高揚し、期待と興奮でいっぱいになった。
こんな状況なのに、私の心は自由と冒険に向けて飛び立っていたのだ。
〝追放〟という言葉が、まるで新たな始まりの合図のように感じられた。
「……なんて素晴らしいのかしら」
「そうだろう。辛いだろ――――は?」
心の声が漏れてしまった私に、ザビン様は顔をしかめた。
いけないわ。魔女は普通、邪悪な存在として恐れられているのだった。
密かに憧れているのは私くらいよね。
今では塔にはもちろん、迷いの森に近づく者もいないらしい。
「……とにかく、おまえは魔女だ! 魔女なのだから、独りでもなんとかやっていけるだろう? 泣いてすがるなよ!」
わーはっはっはっ!
はしたなくも大口を開けて笑っているザビン様を見て、私はそっと口を開いた。
「そうですね……魔女ならば、独りでも立派にやっていかないといけませんね」
「そうだ! おまえは森で独り、その生涯を終えるんだ!! そして僕はこの、ベーベル・グナウク公爵令嬢と婚約する! 身分も彼女のほうが僕に相応しいのだからな!」
ザビン様の後ろには、長い黒髪が美しいベーベル様。私とも親しくしていた、品のあるご令嬢。
彼女がザビン様と……?
ベーベル様に視線を向けると、彼女はとても驚いたように「え?」と声を漏らした。
「驚かせてすまない。見ての通り、僕はこの女との婚約を破棄した。どうか僕と結婚してくれ。美しい人」
「……」
突然声音を変えてベーベル様の前に跪き、求婚するザビン様。
広間にいるみんなとともに私も二人を見つめていると、ベーベル様の赤い口元がひくりと動いた。
「殿下……突然で驚きましたわ」
「そうだろう。だが、この僕が結婚してほしいと言っているのだから喜んで――」
「せっかくですが、わたくしは既にグラフ侯爵家との縁談が決まっておりますので」
「なんだって!?」
「だからごめんなさい。あなたとは結婚できませんわ」
「そ、そんな……!」
大勢の前でさらりと振られてしまったザビン様に、周囲から小さな笑い声が聞こえる。
グラフ侯爵家はとても力のある家。だからいくらザビン様でもその縁談を潰すことは難しい。というか、恐らく無理。
ベーベル様の言葉にザビン様は顔を真っ赤にしているけれど、そんなことも調べずに求婚したようだから、仕方ないですね。
そう思っていたら。
「ちょっと待ってください! ザビン様は私のことが好きだとおっしゃっていたじゃありませんか!」
「いいえ! 殿下はわたくしを愛しているとおっしゃっていたわ!」
「酷い! 私のことは遊びだったのですか!?」
「え、いや……それは……」
数人のご令嬢たちが、顔を真っ赤にして激怒しながらザビン様に向かっていった。
『まぁ、なんて酷いの』
『そんなに遊んでいただなんて』
『本当に上の兄二人とは大違いよね』
ヒソヒソヒソ――。
更に、場内にいる貴族令嬢たちがザビン様に冷たい視線を向けている。
「まぁ、たった今わたくしに求婚したうえ、そんなにたくさんの女性とお付き合いしてらしたのね? 信じられませんわ」
蔑むような顔をザビン様に向けるベーベル様。
「だ、だが、君はいつも僕の近くに寄ってきていたではないか……! 僕のことが好きなのでは――」
「ああ。わたくしは殿下ではなく、殿下の婚約者であった聖女ソアラ様と親しくなりたかったのです」
「え、ソアラと!?」
「ええ。皆さんもそうでしょう?」
ベーベル様がザビン殿下の周りにいた女性たちに声をかけると、彼女たちも一様に頷いた。
『ええ、私も聖女様とお近づきになりたかったのですわ』
『私も。ソアラ様はとても心優しい方ですし』
『ザビン殿下は第三王子……正直興味ありませんわよね?』
『それに、自分勝手なお方だし?』
『それでも騙される女性もいるようですけど』
『ちょっと、聞こえてしまいますわよ』
クスクスクス――。
「そんな……っ」
「とても残念ですわ。ソアラ様との婚約を破棄してしまったこと。彼女が魔女にはとても見えませんけど」
「……っ」
ザビン様は第三王子。上に優秀な兄が二人もいる、末っ子王子。
近くにいる女性はみんな自分のことが好きなのだと勘違いしていたのかしら。お気の毒に……。
でもそのほとんどの方は私とお近づきになりたかったなんて、嬉しいわ。もっと仲良くしておけばよかった。
「……公爵家の娘となら父上も認めてくれると思ったが……」
「?」
ぶつぶつと何かを呟いているザビン様。
「……っ仕方ない! おまえが闇魔法を封印するというのなら、もう一度婚約を結び直してやってもいい!」
「え?」
額に汗を浮かべながら、今度はそんなことを口にするザビン様だけど……そんなの嫌よ。せっかく魔女の塔に行けるチャンスなんだから。
「魔法の封印とは、一体どういうことでしょう? 私にはやり方がわかりませんので、無理です」
「……っ!!」
彼が聖女(私)と結婚したいと申し出たのに。
結局他の女性を好きになって、闇魔法を理由に私との婚約を破棄してベーベル様と結婚しようと思ったのでしょうけど、それも無理で、焦っているのね。
国王陛下は今、王太子や従者、神殿の者も数人連れて、外交に出ている。
陛下の不在中に、勝手にこんなことをしていいのかしら?
いいわけないわよね。とは思うけど、こんな方の心配をしてあげるほど、私はお人好しではない。
陛下が帰ってきたら、彼はきっとすごく怒られるのだろう。
「婚約破棄は喜んでお受けいたしますね」
「な、何!? せっかく僕が折れてやると言ってやったのに――! もういい! おまえの顔は二度と見たくない!! 森の奥で孤独に暮らせ! この、魔女めっ!!」
俯き、握った拳をぷるぷると震わせていたザビン様は顔を上げると、涙を溜めた瞳を私に向けてそう叫んだ。
仮にも私たちは婚約していたのに。
酷い言葉を浴びせられた私を、ザビン様の従者たちが大広間から引きずり出す。
「こんな大勢の前で恥をかくなんて……!」
「自業自得ではありませんか?」
「うるさい!! さっさと追放されろ――!!」
顔を真っ赤にして叫んでいるザビン様を冷静に見つめて溜め息を一つ。
こうして私は、ろくな準備もできぬまま、迷いの森へと追放された。
けれど、この状況さえも私にとっては新たな冒険の始まり。森の奥に待っているものが何か、私は本当にあの魔女のようになれるだろうか……!
そう、胸を高鳴らせたのだった。
お読みくださりありがとうございます!
旧『魔女の塔』改稿させていただきました!
以前読んでくださっていた方も新しく読んでくださる方も、何卒よろしくお願い致します!m(*_ _)m
一気に投稿して1週間ほどで完結予定です。