零年
——ピッ、ピッ
生まれて十七回目の夏、薄暗い部屋にコントローラーのボタンを押す音とゲームのbgmが響いていた。———
晴れているはずがカーテンを締め切っているせいで、雑誌やペットボトルで散らかった部屋内は暗いままで、———視界を照らすのはゲームをしているテレビの青白い光とカーテンの隙間から入ってくる微妙な太陽光のみ。
時々あるローディングの真っ黒な画面がボサボサの髪と身長百六十五センチの小柄でごく普通の見た目をした男を写していた。
テレビの上にあるデジタル時計を見ると7月5日、水曜日の正午を過ぎ、———大抵の同い年は学校で勉学に励んでいる時間で、———そんなときに俺は部屋に引きこもってゲームをしている
俺、降魔禎使はなぜこうなってしまったのか・・・
———はぁ
ため息が出ても無理ないよな?
いじめを庇い次のいじめの標的になって、それに耐えられず不登校になるなんてあんまりすぎる。
クラスメイト達は他人を装い、絆の友だと思ったいじめられ前任者ときたら、自分と同じことをされている俺を見て『ごめん』って言って逃げるもんな〜
———はぁ
こんな人生が後何年つづくのか、お先真っ暗だ。——もしこのなにもない残りの人生と引き換えになにか確かなものが手に入るならそうしたいくらいだ。
そんなことを考えていると部屋のドアが
コンッーコンッーと良い音を鳴らす。
「たーくん、ご飯よー。ここ置いとくわね」
そうこうするうちに隙間からの光は途絶え、太陽は沈んだようで、もう夜飯の時間だ。全くゲームというやつは時くい虫だ。
それはそうと、俺の母親はすごく優しい。俺が不登校になったとき『わかった、たーくんが行きたくなったら行ってね。』と言うと、それからは何も言うことなく昼食も作ってくれるようになり、部屋の前まで持ってきてくれるようになった。
——クー、なんていい母親なんだ
「たーくん、それと今日も持ってきてくれたわよ。一緒にお盆の上置いとくわね」
———ん、今日もか
クラスの奴らは、俺を見捨てた罪悪感かただ先生に頼まれているだけかは知らないが平日は毎日、宿題のプリントと誰かのノートのコピーが入ったA4サイズの封筒が家に届けられる。全く有難いことだ。さっそく飯を食い終わったら今日もやらせてもらおう。
勘違いして欲しくないのだが、俺は別に勉強が嫌いなわけではなく、むしろ将来は大学に行っていっそう勉学に励みたいぐらいだ。それゆえ、大魔高校も地元では中の上くらいの高校で、進学校でもある。ひとつ疑問なのが、その進学校になぜあの不良達が入学しているのかだ———
部屋のドアを開けると肉じゃがと白飯のシンプルイズベストの夕食と水、届けられた封筒がお盆の上に乗せられ、床に置かれていた———それをさっそうと部屋に持って入り、菓子やリモコン、ノートなどでごちゃついている勉強机に置くと、食べる前にまずは封筒の中身を確認することにする。
———今日はどんな宿題が入っているのかな〜
自分宛の宅配物というのはなぜかウキウキするものだろう、、、
封筒の中に手を入れ、一枚一枚指でめくっていく、中にはいつも通りの宿題プリント、ノートコピー、その他の連絡プリント、それと———
——ん、なんだこれ?
すると、いつもは入っていない黒いの紙が目に入る。その紙は何回も折り畳まれており、他の紙は白いのに対し、艶のある純黒ですごく目立っていた。
恐る恐るその黒い紙を封筒から引っ張り出して見ると、折り畳まれている一面には赤く太い線のようなものが入っている。その線は次の面に続いており、広げればなにかの模様になりそうで———こんな紙気にならないわけわなく広げて見るしかないだろ
バサ、と何回も折り畳まれた黒い紙を一気に広げてみると、一畳ほどの大きさの正方形が床に広がった。
———うぇ、なんだこれ
驚いたのは紙の大きさにではなく、赤く太く書かれた模様の方だ。その模様は円状で正方形いっぱいに書かれており、円の中にはよくわからない文字のようなものが描かれていた。
これが嫌がらせにしても、こんな陰湿な嫌がらせ普通するか?第一これだけじゃ何書いているのかさっぱりわからん、傷付きたくても傷付かんぞ〜———と心で叫んだが反応する者はもちろんいないわけで———まあ普通に叫んでも反応しないだろうけど、、、
いくら見ても何を書いてあるのかわかりそうにないので、封筒に何か残っていないかもう一度確認することにする。———中になにかないか指でプリント類をめくりながら探していく、すると———キラッと封筒の中で小さく光を反射している物体があった。なんだろう、と思いながら封筒に手を入れ取り出しを試みる。
———チクッ
指に一瞬違和感が生じる———
「痛ってー」
ついおおきな声が出てしまったが、どうやら指をその光る物体で切ってしまったらしい。多分ガラスか何か尖ったものだったのだろう。
封筒から取り出した指先からは真っ赤な血が流れていた。———いつ以来だろうか赤く滴る血を流すのは———いや、半年前に流したばかりだ。もうごめんだと思ってたよ。
自問自答をしながら、急いで絆創膏を取りに勉強机の引き出しまで行こうとした時だった
———ポツンッ、
と液体が紙に落ちたときの音がした。下を見て見ると床に広げていた黒い紙の上に一滴、血が落ちている。———ふぅ、絨毯でなくて良かったよ。まあ、こんな紙がいくら汚れようとどうでもいいさ、後でくるめて捨ててやる。それより今はバンソウコウバンソウコウ
勉強机の引き出し弄り、絆創膏を探すがなかなか見つからない、クソ、どこいったんだ。深く切ったのか指先の血がなかなか止まらず焦って絆創膏を探していると
———ん?
視界の端で何か光っていることに気づく
———赤い———光?———
見ると部屋の壁が赤い光を反射していた。さっきまでそんな光はなく、薄暗かったはずで、——その赤い光はまるで田舎の深夜の赤信号のように点滅し、消えたり光ったりを繰り返している。
壁が薄赤く染まる中、光の方向からさっするにどうやら光源は俺の真後ろらしく、恐る恐る、ゆっくりと後ろを振り返る——————すると、部屋内全体がその赤い光に染まっていた。
赤い光は下から———というより床に広げている黒い紙に描かれた赤い模様から出ているように見える。
「どうなってるんだ、これ」
すると次第に光がどんどん強くなっていき、点滅のスピードも上がっていく。
———俺は死ぬのか、まだ童貞だって言うのに————
———ボッーーーーン
大きな爆発音と同時に視界が暗闇に包まれる
「おほ、おほ、おほ、煙が肺に、、、」
火事が起こったわけではなさそうだが黒い煙で息ができずに本当に死にそうだ。煙を部屋から出さなければと咄嗟に窓を開ける。
ふぅ〜助かった。
こんな時になんだが、そういえば外の空気を直に吸うのはさしぶりな気がする。部屋の空気がどれだけ濁っていたのかがわかる味だ。そして世界は広い。うんうん
「うぇ〜、なんですかこの汚い部屋は、ちゃんと掃除してくださいよー」
外を見ながら空気の味について考えていると突然後ろで声が聞こえた。
言わずもながら俺の部屋に俺以外の人間がいるはずはないはずで、ゲームの音でもない。というこは———幻聴?とうとう俺は女子の可愛い声が幻聴として聞こえるようになったらしい。女子に縁のない童貞はみんなこうなるというのか———
「初めまして人間さん、悪魔の——て、ちょっと人間さん、なんで外眺めてるんですか、こっちみてくださいよ」
幻聴の女の子はどうやら悪魔っこらしい、俺にそんな自覚していない趣味があったとは———
「ちょっとー、聞こえてますよね?無視しないでくださいよー」
結構ひつこい女の幻聴だなと思いながら一応声のする方に振り返った。
「はいはい、俺の脳内にそんなひつこい悪魔っこはいりませんよー」
「やっぱり聞こえてるんじゃないですか、早く返事してくださいよー」
驚きのあまり俺の口がポカンと開いた。
そこにいたのはあり得ないはずの本当に可愛い女の子だった。見慣れないピンクの髪と大きな瞳がどこから見ても美形の顔を強調し、露出度の高いまるでビキニのような服が白い肌とそこそこある胸部と引き締まったボディライン、光沢のある太ももを露わにしており、すごくエロティシズムを感じさせている。
あとマニアックなものにしかわからんだろうが、悪魔っこには絶対必須の背中から出た小さなコウモリのような羽と頭からちょこっと出ている曲がったツノ、そして宙にぷかぷか浮いているための膝を折った姿勢、これぞ完璧な悪魔っこである!
ん?宙にぷかぷか浮いてい——る???!!!!!!
「さっそくですが降魔禎使様、
私と契約を結びませんか?」
そう言った彼女は笑顔で、——その笑顔に俺はつい見惚れてしまった。