アネ魔法学園の妹属性魔術師 - 転生した俺はSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSS級冒険者として無双する!! -
第一話 シスコン、大地に立つ
「い・・・いやぁーーーっ!!」
「へへへ・・・、おい待てよガキぃ・・・!」
すがすがしい朝の空気を、絹を引き裂くような少女の声が塗り替える。
ネィマ地区のメインストリートから一本入り込んだ、路地裏。
うららかな春の日差しが差し込む光景は、一転、惨劇を予感させる剣呑な空気へと様変わりしていた。
見れば、年のころ15,6ほどのうら若き少女が、大柄な男二人によって取り囲まれている。
男達は二人とも、筋肉質の身体を鉄板で補強した、なめし革の鎧―――
いわゆるバンディッドアーマーで包んでいた。
更には、厳つい肩にはフ〇ーザ軍めいた肩パッドを。
腕にはスパイクの付いたブレスレット―――と、パンク風の尖りまくったファッションで、全身をバッチリコーディネートしていた。
更に更に極めつけには、頭の天辺には天をも突くような、見事なモヒカンヘアーが聳え立っていた。
まさしく、チンピラ・オブ・チンピラ。
どこに出しても恥ずかしいヒャッハー野郎共であった。
そんな、世紀末からタイムスリップしてきたかのような連中が、ギャハハと耳障りで下卑た笑い声を上げながら、美少女へじりじりと詰め寄っている。
まさに―――危機的状況。
「だっ、誰か・・・誰かぁ!助けてくださぁい!」
「グハハハハ!叫んだって誰も来ちゃくれねぇーーーよ!」
「以前ちぃーっとばかり、強めに脅しつけてやりましたからねぇ・・・ゲヒヒヒ!!ここいらじゃもう、兄貴に逆らおうなんて奴ぁ一人たりとも居ねえのさ!」
「そ、そんな・・・!?」
逃げまどいながらも、家屋のドアにすがり付く少女。
しかし、木製の扉はぴっちりと閉じられたまま、微動だにしない。
この騒動が始まってから、今までにそれなりの時間が経過していたが、未だ、路地に並ぶ家々からは全く人気が感じられない。
それもその筈―――皆、家の中で身を潜め、息を殺し、この嵐が過ぎ去るのを待っていたからだ。
「もう誰も、俺様達に盾突こうなんて奴は居ねえのさ・・・オラッ!」
「きゃあ!?」
「アニキィ!新鮮なJCを捕まえましたぜぇゲヒヒ!!」
「は・・・離してくださいぃ!」
「でかしたぞカスダー!グハハハハ!」
カスダーと呼ばれた、下っ端感のある男によって腕を封じられ、薄桃色のブレザーに身を包んだ小柄な少女が身もだえする。
サディスティックな笑みに目を細めて、モヒカン男は少女の姿をつぶさに観察し始めた。
「だがなぁ、カスダー。俺様の見立てじゃこいつはJK・・・それも、ピチピチの新入生だぁ!清楚な桜色はアネ学のトレードマーク―――メスガキの青臭い香りがプンプンするぜェーッ!!」
「流石ですぜジョージの兄貴ぃゲヒヒ!!」
「グハハハハ!」
親分格の男が指摘した通り、少女はこの春、アーネスト魔法学園に入学する新入生であった。
アーネスト魔法学園とは、130年の歴史を誇る、東都ハルジオン有数の名門魔術学校である。
優秀な魔術師の卵が全国から集い、卒業後は政財界、あるいは各業界の技術者として排出する、エリート中のエリート校として知られている。
少女―――『サナ』もまた、地方領主の一人娘として、この春アーネスト魔法学園へ入学する予定であった。
彼女の行く手には、約束された順風満帆な未来が待ち受けている―――
その、筈だった。
(本当なら今頃、他の生徒たちと一緒に入学式へ参加してた筈なのに・・・。うち・・・一体どうなっちゃうの・・・?)
「うぅ・・・お願い・・・!酷い事しないでください・・・!!」
「グハハハハ!・・・嫌だぜェ!!今日からおめぇは・・・俺様の給仕だぁ!おはようからおやすみまでたぁっぷりご奉仕させてやるぜぇ~~~!オラッ!!(スパーンッ!)」
「ああっ!?」
モヒカン男が腕を振るう。
少女の細い身体は突如として虚空より現れた、闇色の雷によって包まれ―――
何故か、フリフリのエプロンドレス姿へと変わり果てていた。
「・・・何でうち、エプロンドレス着てるんです?何時の間に着替えさせられたんですかぁ!?怖い!!」
「ヒューッ!流石はジョージの兄貴だぁ!行動が早い!!」
まさしく瞬き一つの間に、少女の衣装は先程までとはかけ離れたそれに早変わりしていた。
―――無論、アーネスト魔法学園の制服はシワ一つ無く綺麗に畳まれ、ジョージの掌に収まっている。
凄まじい早着替えの御業。
もはや魔法と呼ぶべき秘儀であった。
白と黒を基調としたドレスは、随所にフリルと刺繍があしらわれており、愛らしい少女の容姿を10割増しに引き立てていた。
大胆に開いた胸元からは白い谷間が惜しげもなく晒され、それとは対照的に、落ち着いた雰囲気のフレアスカートは、春の陽気を受けてビロードのような艶を放ち、膝下まで脚部を覆っている。
その下には、紺のストッキングに包まれたほっそりとしたおみ足が、ちらりとお目見えしていた。
それら全体のフォルムの締めくくりとして、白のリボンがアクセントとなったローファーが、足元で全体的なイメージを取りまとめている。
チラリズムと、白黒のコントラストを基調に、少女の持つコケティッシュな魅力を何倍にも高められている。
それは極上の料理にも似た、芸術作品と呼ぶべき衣装であった。
「毎度ながら見事なお手並みですぜ、兄貴!」
「あたぼうよ!俺様の手に掛かりゃあ芋臭い村娘だろうと、たちどころにカリスマ読モに早変わりよぉ!グハハハハ!!」
「・・・予想してた展開とは大分違うけれど。結局色んな意味で、大ピンチだよこれ!!」
―――昨今。
ここ、『東都ハルジオン』には巷を騒がせる、奇怪なとある事件が存在した。
待ちゆく婦女子を拉致し、手あたり次第に好みの衣装を着せた挙句、ゴッテゴテにメイクアップされた姿で無理やりご奉仕させる。
そんな、凶悪だかトンチキだかよくわからない犯行が、住民達を大いに悩ませていたのだ。
人呼んで―――『通り魔メイキャップアーチスト』。
無論、全ての元凶はこの男達―――ジョージとカスダーである。
彼等の悪名は街中に響き渡り、最早その凶行を止められる者など居ないかに見えた。
「グハハハハ!これからたっぷりその身体に美容の悦びと、春向けコーデの極意を教え込んでやるぜぇ!」
「ゲヒヒ!その真珠みたいな爪をマニキュア塗れにするのが楽しみですぜゲヒヒ!!」
「け、結構ですぅ・・・。間に合ってますからー・・・!」
「遠慮してんじゃねえよ・・・オラッ!さっさと付いてきやがれぇ!!」
「い・・・嫌ぁーっ!?吐息がほのかにシトラスの香りぃ!よく見るとアイシャドーがすっごい濃ぉい!!」
抵抗もむなしく、ずるずると路地を引きずられてゆく少女。
その傍ら、種もみでも焼き払おうぜ、といった調子で素顔メイクについて語らい、下卑た笑い声を上げるチンピラ共。
そして、脳内で違和感が大渋滞を起こしたまま、げっそりした顔で周囲を見渡す少女。
助けを求める声は届かず、正義は失われたかに見えた。
まさに絶体絶命―――だが、しかし!
「おい―――そこの珍妙な連中、停まれ」
「あぁん・・・?」
「・・・誰?」
その時。
チンピラ共の行く手に、一人の少年が立ち塞がった。
ほっそりとしたシルエットの、15歳くらいの男の子であった。
黒髪に黒目、若干神経質そうな顔立ちだが、まあ整っている部類に入る容貌だ。
男達から背を向けたまま、少年はいわゆるJOJO立ちの姿勢で、びしり、と左手人差し指をこちらへ突き付けている。
そして、ちらりと見えるローブの背には、『妹』と一文字、特大フォントで刺繍されていた。
突如現れた、あからさまに怪しい人物に警戒を強めて、カスダーが声を荒げる。
「―――んだぁ、てめぇ!?ジョージの兄貴に指図する気か!デコるぞ!!」
「・・・その、ジョージの兄貴とやらが誰かは知らんが。そちらのオッサンが手に持っているのは―――アネ学の制服だろう?資料で見たぞ」
「ぅん・・・?」
少年の言葉に、居並ぶ面々の視線がジョージの手元へと集う。
そこには確かに、つい先程少女から強奪したばかりの制服が、僅かなぬくもりを残し収まっていた。
その反応を確かめた後、上半身を210°に傾げたまま、少年は続ける。
「察するに―――この制服は、そこの女から剥ぎ取った戦利品・・・と、いった所か」
「は・・・はい。そうです―――けど」
「そうか。ならば聞くが・・・。アーネスト魔法学園は、どちらの方向だ?・・・少々、道に迷ってしまってな」
―――と、怪しい少年はつらつらと並べる。
対する少女はというと、大きな瞳をぱちくりと瞬かせたまま、しばしの間フリーズしていた。
まつ毛長いなこの人、だとか、何で背中に変なワンポイント入れてるんだろう?だとか。
胡乱な考えが脳裏を過るが、目の前の少年は一言も発さぬまま、じっと何かを待っている。
やがて、それが返答を待っているのだと、ようやく少女が気付いた後。
大きく息を吸い込むと、少女は自分に出せる、あらん限りの大声で助けを求めるのだった。
「た―――助けてくださぁい!!」
「うん?・・・道は、分かるのか分からないのか、どっちなんだ」
「わかります!道!で・・・でも今、このヘンな人達に捕まってて!!だか―――もがっ!?」
「おッ・・・と!へっへへ。よぉ、色男」
そこへ割って入ったのは、カスダーと呼ばれた手下ふうの男であった。
太くごつごつした指で少女の口元を塞ぐと、ぐい、と細い身体を横に押しのけ、二人の間へと進み出る。
「お取込み中の所悪いがよぉ。こいつぁ今から用事があるんだ―――そうだろォ?」
「むー!むーーー!!」
「そうかそうか!・・・つまり、てめぇなんざお呼びじゃないってよ!ゲヒヒ!」
太い腕に見合った怪力で締め上げられ、苦し気にもがく少女。
なおも訝し気にその様子を見つめる少年に対し、カスダーは銅鑼声を響かせ詰め寄った。
涼やかな眼差しと、剣呑な眼光が至近距離で火花を散らす。
「・・・今の聞いたよなァ!?俺達は忙しいんだよゴラァ!わかったらとっとと失せろや、ガキィ!!」
「そちらの女は今、『道を知っている』―――と、確かに言ったように聞こえたが?」
「知るかよ!バァカ!!いいから失せやがれ・・・それとも、何か?俺達に、盾突くってのかぁ!?ジョージの兄貴はなぁ・・・Sランク冒険者だぞぉ!?」
「ククク・・・」
あらん限りの大声を上げ、額の青筋を普段より3倍増しに浮きだたせていたカスダー。
たっぷり威圧したにも関わらず、目の前の少年が自分達を全く恐れていないことに気付き、ちらりと背後に控えるモヒカン男に目配せを送る。
モヒカン男はすぐにニヤリと獰猛な笑みを浮かべると、懐から名刺サイズのプレートを取り出した。
―――薄暗い路地裏を、金色の煌めきが眩く照らす。
「そんな・・・あれは、まさか!?」
「流石に知ってるようだな・・・。やっぱり、格の違いってヤツは、こんな小娘にだってハッキリ理解できちまうみたいだなぁ?」
―――Sランク冒険者。
それは、『東都ハルジオン』が公に認めた、選りすぐりの実力者の証である。
モヒカンの手にあるそれが、本物であることを理解した瞬間、囚われの少女の表情には驚きの色が広がっていた。
冒険者ギルドによって発行されるギルドカードは、最先端魔法技術の粋を凝らして作られた一品である。
それ故、複製不可能とも言われ、高位ランクのギルドカードはそのまま身分証として機能しているのだ。
実際、東都に属する冒険者達の間では、力と権威の象徴として高位のギルドカードは扱われていた。
そして今、目の前にあるのはその最高峰、Sランクを表す黄金のギルドカードである。
ジョージ達が無法の限りを尽くしても、野放しにされている理由もまた、それだった。
いざという時には防衛の要として機能する―――特急戦力。
その為、男達はあえて、半ば野放しのまま黙認されていたのであった。
「そうか。ちなみに俺はSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSS級冒険者だ。見るか?」
「・・・ぺたえすきゅうぼうけんしゃ!!!???」
「え?何?何??」
「あ・・・兄貴ィーーーっ!目が、目がァーーーーー!!」
しかし次の瞬間、黄金の輝きは一枚のプレートが放つ、極彩色ゲーミングカラーの輝きによって上書きされていた。
少年が胸ポケットから取り出した、冒険者カードがその発生元である。
その輝きを正面から光をもろに受けてしまい、太陽を直視したかの如き惨状に陥ったカスダーが、両目を覆ったまま地面の上をのたうち回る。
不幸中の幸いか、冒険者カードに気付かなかった少女はきょとんとした表情で、小首を傾げたまま頭上に?マークを浮かべている。
一方。
手下の惨状をよそに、モヒカン男はまばゆい輝きに包まれたプレートへ食い入るようにして見入っていた。
「な・・・何じゃこりゃあ!?え、Sの字が多すぎて、カードの表面が埋め尽くされてやがる・・・!!」
「裏面にも続いてるぞ」
「うおお、マジだぁ凄え!?」
計48個。
表面に収まりきらないランク表示が、くるりと裏返したカードの裏面にまで続いている。
その様を目の当たりにし、ジョージは興奮した様子で叫びを上げた。
「―――っと!!危ねえ、危ねえ」
「・・・キャア!?」
「その手には食わねぇぞ・・・!ペ、ペタS級冒険者なんて、居る訳がねぇ!!すぐに化けの皮を剥がしてやるぜ、ガキがぁ!!」
・・・しかし、すぐにハッと正気を取り戻すと、少女を小脇に抱え、モヒカン男は素早く飛び退く。
その手には、何時の間に取り出したのか、ゴテゴテとデコられた宝石杖が握られていた。
「ギルドは認めたのだがな・・・。やれやれ、仕方がない」
「・・・やってやらぁ!!」
狼狽した様子で啖呵を切ると、宝石杖をゆらめかせ朗々と詠唱を始めるモヒカン。
それを目にし、再びそっとため息をつくと、少年はギルドカードを胸ポケットへ仕舞った。
―――急激に、周囲の温度が下がり始めていた。
レンガ造りの壁越しに、事の推移をじっと息を潜めて見守っていた住人達が、慌てて避難の準備を始める。
これから始まる事態が、巻き添えを食うだけで命に関わると、知っているからだ。
「「・・・魔法決闘を開始するッッ!!」」
「ジョージ=シームストゥレスだぁ!」
「・・・カルキ=カリ=ユガ」
対面する二人の男が、同時に名乗りを上げる。
モヒカン男は己を鼓舞するかのように、荒々しく。
黒ローブの少年は、静かに、ゆったりと。
「魔法、決闘・・・!?」
「魔法決闘は―――漢と漢の、誇りを掛けた一騎打ち!兄貴はただの一度だって負けた事がねぇんだぜ・・・。へへ・・・あのガキ、終わりだ!!」
「そ・・・そんな!?」
一人、事態が飲み込めていない少女は、震える唇で呟きを漏らす。
張り詰めるような緊張感の中、次に口を開いたのは、少年の方であった。
「先手はくれてやる。精々、頑張ってみせるがいい・・・」
「抜かせ!すぐに吠え面かかせてやるぜぇ、ガキぃ!!・・・常闇の底より出でよ!来なぁ!パンキッシュガーリィ!!」
『FUSYUUUUUU・・・!!』
「これが・・・精霊召喚!初めて見た・・・!!」
モヒカンが宝石杖を高らかに掲げる。
―――変化は、急激に訪れた。
周囲の建物によって石畳の上に落ちたていた影が、その色を濃く、深いものへと急速に変えてゆく。
ついにはタールをぶちまけたかの様相となった地面の上に、ゆっくりと波紋が広がり―――
そこから染み出すかのようにして、漆黒の人型が姿を取った。
それは少女の影絵のようであり、形を取って現れた、闇そのもののようでもあった。
人間であれば頭部に当たる箇所には、夜空に瞬く星のように一つ、小さな光がゆっくりと明滅している。
その姿に、ほう、と感心したような様子で頷くと、少年はぽつりと呟いた。
「―――闇精霊か」
_______________
| |
|精霊名…パンキッシュガーリィ |
|破壊力 ・・・C |
|スピード ・・・B |
|射程距離 ・・・C |
|持続力 ・・・A |
|精密動作性・・・A |
|成長性 ・・・E |
| |
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
A(超スゴイ)、B、C(人間と同じ)、D、E(超ニガテ)
・ ◇ □ ◆ ・
―――精霊というものがある。
世界を支配する法則、その要素そのものであり、同時に運航者であり、裁定者でもあると言われている。
太古の昔より、人は現世の裏側に存在する、目には見えない超常の力を感じ取り、敬ってきた。
それは雄大なる大地であり、たゆたう大海であり、吹きすさぶ嵐であり、燃え盛る炎であった。
世界に属する四つの力・・・すなはち、地・水・火・風の四大属性、そして光と闇。
それらが現世に現れる裏側には、精霊の世界における力の働きが存在する。
そう信じられてきた古来より、人は精霊の世界へと働きかけ、直接現象を操る術を模索し続けてきた。
そして―――見つけたのである。
常ならざる力・・・すなはち魔。
それを操る術―――つまり、魔術を。
・ ◇ □ ◆ ・
精霊ならざる人は力を持たず、精霊の力を借りて初めて、人は超常の力を行使しうる。
今、男の前に顕現したのは、精霊の一柱。
静寂と安寧を司る夜のエレメント―――闇精霊である。
「希少な闇属性の適合者・・・。それが、俺様がSランク冒険者にまで成りあがった原動力よぉ!先手を取らせたのは間違いだったなぁ!今すぐ磔にしてやるぜェ!闇より出でて貫き穿て―――シャドウソーイングッッッ!!」
『SPIKYYYYYYY・・・!!』
「ああっ!?」
「・・・ふっ」
足元にわだかまる影の中より、無数の影のスパイクが、カルキと名乗った少年目掛けて迫る。
更には、周囲を取り囲んでいた漆黒の影は、何時の間にかその範囲を広げていた。
360度逃げ場の無い状況、万事休すか―――!?
そう、思われた瞬間、少年は微かに笑顔を浮かべていた。
次の瞬間、目の前に現れた光景に、少女は思わず声を上げていた。
「ちぃ・・・障壁か!!」
「これで貴様の手番は終了。ノーダメージだな」
「わからなかった・・・。一体、何時の間に?」
少年の身体を串刺しにするかと思われた闇色のトゲは、しかし、その肌に触れるか触れないかの距離で止まっていた。
よく見れば、トゲの先端部分を極小サイズの魔法陣が包み込んでいる。
カルキの魔法障壁が、すんでの所で魔法の直撃から守っていたのだった。
(何て術式の緻密さ、正確さだよ!こいつ・・・化物か!?)
ジョージの背筋を冷たい汗が伝う。
『魔法決闘』はギルド公認の、冒険者同士の揉め事を解決する為の手段の一つだ。
ルールは簡単、魔術師同士が互いに先攻・後攻を宣言し、その順番通りに一度づつ魔法による攻撃を打ち合うというものだ。
攻撃順の希望が食い合った場合は、ランクの低い方が先攻となる。
そうして先に戦意喪失するか、気絶した方が敗者、最後まで立っていた方が勝者という訳だ。
シンプルなルールだが、粗っぽい冒険者達は好んでこの『魔法決闘』を行っていた。
ギルドとしても、怒りにまかせて殺し合いをするよりは、ルールに則って争った方が収拾を付けやすいという魂胆もあるようだが―――
「それではこちらの手番だな。その契約精霊に敬意を表し、俺もとっておきを出すとしよう」
「ケッ!どうせハッタリですぜ、やっちまえ兄貴ぃ!!」
「おうよ!俺様の闇精霊は無敵だぜぇ!!」
「ふっ。確かに闇属性は四大属性に対し有利、しかし―――唯一、弱点となる属性が存在するのは知っているか?」
「闇精霊の弱点属性・・・まさか!?」
魔術の打ち合いにおいて、属性の相性は重要である。
例えば火属性に対する水属性のように、弱点属性を突けば戦闘を有利に進められるからだ。
その点、ジョージの『パンキッシュガーリィ』は地水火風の四大属性すべてに有利を取れる闇属性である。
『魔法決闘』において、彼の戦績は常勝無敗。
しかし、彼の唯一にして最大のアドバンテージにも、弱点はあった。
はっと何かに気付いた少女が、小さくつぶやきを漏らす。
「闇と光は表裏一体・・・!互いに互いの攻撃が弱点となる相克関係の属性・・・つまり!」
「そうだ・・・。俺は『眼鏡』属性を出す!!」
「「「は?」」」
その時、カルキ以外の全員の声が、綺麗にハモった。
唐突に弛緩した空気となった周囲に気付かぬまま、少年は独白を続ける。
「『始まりの書』にはこう記されている・・・。『はじめに眼鏡ありき』。清らかなる少女の眼鏡が放つ光が宇宙を照らし、不変の氷を溶かし、水と火、大地と、そして風が生まれたと―――」
「・・・それ、学者の間でも偽書扱いされてるトンデモ本じゃねーか」
「つまり―――『眼鏡』は光の根源!世界創生を担った、真の6属性の一つなの・・・どぅぁ!!」
「いや、聞けよ!?」
モヒカン男が思わず、食い気味のツッコミを入れる。
しかし、完全に自分の世界に入った少年はそんな声にもお構いなしに、独白を続けるのであった。
「降臨せよ―――萌え萌え、きゅんきゅん!愛妹エンゲージシンボル・・・着装ッ!!」
「・・・いきなり恥ずかしい台詞を口走った挙句、変な眼鏡を装着した!?」
「否!これは変な眼鏡などでは無い・・・。マイラブリー妹エンジェルとのメモリーが込められた、珠玉のアイテム―――婚・約・眼鏡!どぅぁ!」
「・・・あたまがおかしくなったのかナ?」
―――それは、眼鏡であった。
鼈甲縁のシンプルなデザインの眼鏡をきらりと光らせ、キメポーズのまま大見えを切るカルキ。
その姿を白けた表情で見つめる、辛辣な感想を呟く少女。
しかし、容赦のない言葉の刃もなんのその、絶好調の少年はお構いなしに眼鏡の縁に指を掛けると、勢いよく天を仰ぐのだった。
「そして顕現せよ!原初の根源属性たる『眼鏡』の精霊―――『文科系マジ女神妹ひかり』!!!」
「文科系マジ女神妹・・・ひかり!?」
「・・・見ろ!何の変哲もない眼鏡から、まばゆいばかりのビームが・・・!?」
変異超人チームのリーダーよろしく、少年は空の彼方に向けてごん太のビーム光線を撃ち放った。
雲を引き裂き、天高く駆け上がる光の梯子。
それに導かれるようにして、空の彼方からはたなびく光のカーテンのように、幾筋ものオーロラが折り重なり、ゆっくりと降りてきた。
―――空に遠く、鐘の音が鳴り響く。
「光の中から・・・何かが・・・!?」
それは、幼い少女の姿をしていた。
柔らかな黒髪を肩口で二つにまとめ、少しだけ編み込んだ毛先を胸元に垂らしている。
少しタレ目気味の大きな瞳は、無論、高級感のある黒縁眼鏡によって覆われていた。
小柄な体を包む白のブレザーは清楚な印象に似合っており、一見、何の変哲もない少女のようだ。
しかし、彼女の背には二対の純白の翼と、頭上には輝く光の輪を頂いていた。
それは彼女がヒトならざる存在―――精霊の一柱であることを、何よりも明確に物語っていた。
幼さの中にも、どこか洗練された気品を感じさせる仕草で、精霊は己の主に向かいカーテシーを披露する。
『召喚に応え、参上しました・・・なんだよ。お久しぶり、兄さま♪』
・ ◇ □ ◆ ・
_____________
| |
|精霊名…文科系マジ女神妹 |
|破壊力 ・・・A |
|スピード ・・・A |
|射程距離 ・・・A |
|持続力 ・・・A |
|精密動作性・・・A |
|成長性 ・・・A |
| |
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
A(超スゴイ)、B、C(人間と同じ)、D、E(超ニガテ)
「うをををん!会いたかったぞマイシスター!」
『むぎゅ!あ、あはは・・・ちょっと苦しいよぉ、兄さま・・・☆』
感涙にむせび泣きつつ、煙が上がりそうな勢いで頬ずりする少年。
それを、苦笑いを浮かべつつ受け入れる少女精霊。
まんざらでもなさそうなその様子を眺めつつ、蚊帳の外に置かれていたモヒカン男達が、遠慮がちに声を上げた。
「そ、そいつがてめぇの、契約精霊・・・?」
「そうだともッ!!そして―――貴様に敗北を齎すモノでもある!」
「!?くっ・・・抜かせ!」
キッ、と自分に向けられた視線の力強さに、モヒカン男は思わず怯む。
しかしすぐに気を取り直すと、宝石杖を力強く握りしめるのだった。
一方、妹精霊を侍らせた少年は、静かに攻撃の準備を始める。
「早速ですまないが・・・。ひかり、いつもの奴頼めるかい?」
『うんっ!ひかりちゃんはいつでも準備オッケーなのです♪』
「・・・対光属性レジスト、最大ッッ!なぁにが根源精霊だ!こんだけ対抗属性バフ積みゃあ、ゴミみたいなダメージに―――」
ありったけの護符を取り出し、少年側の攻撃に備えるモヒカン。
幾重にも重なった立体型魔法陣に囲まれ、防御態勢は万全に整っていた。
それをちらりと見やると、くい、と眼鏡のつるを一瞬持ち上げ、少女の姿をした精霊は言葉を発する。
『眼鏡光爆焦―――です!!』
「ぐ・・・ぐわあああーーーーっ!?!?」
「あ・・・兄貴ィーっ!?」
少女精霊の眼鏡が輝いた、次の瞬間。
光の爆裂と共に、モヒカン男の身体が空高く吹き飛ばされていた。
そして次の瞬間には、キリモミ回転付きで石畳の上へと衝突し、周囲に土煙と砕けた石畳の破片が飛び散る。
土煙が晴れた後には、クレーター状に露出した地面の上に、ボロボロとなったモヒカン男が、ぐったりと横たわっていた。
たった今敗北者となったモヒカンが、掠れ切った声で絞り出すように呟く。
「な・・・何故だ・・・。並みの術なら・・・ノーダメージに抑えられるくらいの、抵抗力はあった・・・はず・・・!」
「愚問だな。・・・何故なら!貴様には―――可愛さが足りないッッッ!!」
「可愛さ・・・だと・・・!?」
「こ、こいつ・・・気が狂って・・・」
彼は狂っていた。
「へへ・・・そうか、合点が行ったぜ・・・。こんなくたびれたオッサンになっちまったけど、俺にも・・・できるかな・・・。その、可愛さ・・・って、奴をよ・・・」
「無論だ。貴様の中にもまた、眠っている筈だからな・・・。まだ見ぬ―――性癖が!」
「そうかー・・・?本当にそうかー・・・?」
カスダーと二人、大いに首を傾げる一方。
憑き物が落ちたような顔で笑うと、モヒカン男は煤けた指でサムズアップするのだった。
「そうか・・・。そいつぁ・・・イイ事を聞いたぜ・・・。てめえの勝ちだ・・・文句なしにな・・・。その小娘は煮るなり・・・焼くなり・・・好きに・・・しな(ガクッ)」
「あ―――兄貴!兄貴ィーーーッ!!?」
「死んだか。惜しい奴を亡くした―――」
「いや、死んでないから!ふつーにまだ、生きてるから!!」
ガクッ、と全身から最後の力が抜け、動かなくなるモヒカン。
その身体にすがり付き、カスダーは悲痛な声を上げる。
―――ジョージ様、ここに眠る。
・・・なんて事も無く、ただ普通に気絶しているだけであった。
そしてツッコミ不在の状況に、食い気味にスナップの利いたツッコミを入れると、休む間もなく少女は大声を張り上げる。
「・・・ていうかサラッと人の事、戦利品扱いしないで欲しいんですけどー!!?」
・ ◇ □ ◆ ・
「ハァ、ハァ・・・。ようやく着いた・・・!!」
「これが―――アーネスト魔法学園・・・!!」
『おっきいですねー』
・・・そして、数十分後。
二人と一柱は、アーネスト魔法学園の校門前にたどり着いていた。
途中からすっかり忘れていたが、二人とも今日が登校初日である。
始業式ギリギリの校門前は、登校する生徒もまばらになり、遅刻者を見張る為か、竹刀を片手に肩をいからせた教師が行き交う人々に目を光らせている。
その鋭い眼光が飛んできたことを察して、少女はぺこぺこと頭を下げた。
「・・・で、さりげなく混ざってますけど。その精霊、帰らないの??」
「フッ・・・。ひかりは我が妹、ともなればこうして肩を並べ登校するのも、一つ屋根の下で暮らすのも極自然の事。そうであろう?」
『ドキドキです!』
「そう・・・聞いたうちがバカだったわ・・・」
そんなやり取りを交わす二人に続いて、背中に純白の羽根を背負った小柄な少女(?)が校門をくぐる。
先程、路地裏にて召喚された『眼鏡』属性の精霊―――ひかりは、ちゃかり二人の後を付いてきていた。
これほどまでに、はっきりとした自我を有し、しかも長時間顕現できる精霊など、聞いたことも無い。
改めて、少年とその契約精霊の規格外さに軽く頭痛を覚えると、少女はそこから思考を逸らすのだった。
「まあ、何はともあれ。―――助かりました」
「何を、藪から棒に。礼はいらんと先程、言ったばかりだろう」
「そ・れ・で・も!・・・あのままモヒカン達に捕まったままだと、身の危険は無くとも遅刻確定だったと思うし・・・。お礼くらい言っておかなくちゃ、ね」
「・・・そうか」
『ふっふー。兄さま、さては照れてますね?』
「フン・・・」
くるり、と少年に向き直ると、深々と頭を下げた後にぺろりと舌を出すサナ。
表情こそ変わらないものの、密かに照れていたらしい少年は契約精霊にそれを指摘され、ぷい、とそっぽを向いてしまう。
くすくすと二人の少女の声が響いた後、こほん、と咳払いを入れてから、少年は口を開いた。
「まあ、いい。・・・ところで女、貴様に言っていなかった事がある」
「えっ?何、急に」
「・・・何時までその格好でいる気だ?」
「―――恰好?」
その言葉に釣られて、視線が下に降りる。
―――少女の服装は、白黒のコントラストが目にまぶしいエプロンドレスのままだった。
「な―――何でもっと早く言ってくれなかったのよ~~~~!!!」
・ ◇ □ ◆ ・
朝の校庭に、少女の声が元気よく響き渡る。
それを窓ガラス越しに聞きながら、その人物は眼下に行き交う生徒たちへ視線を下ろした。
その先には、黒髪に黒のローブ姿の少年と、純白の羽根を背負った少女精霊、そして何故かエプロンドレス姿の少女の3人が居る。
そっ、と窓ガラスに映る少年の姿を指先でなぞると、薄暗い部屋に艶のある女の声が響いた。
「ようやく―――時が来るのね」
薄闇の中から視線が見つめる先は、『妹』の一文字を背負った黒髪の少年の姿が。
それを愛おしげに見つめつつ、女の声が再び響く。
「ずっと待っていたわ。今度こそ、わたくしは―――」
声の端は、朝の喧騒の中に溶けて消える。
そうして、しばしの間行き交う生徒達を眺めると、その人物はふいにきびすを返す。
こつ、こつ、と靴音を残し、やがて薄暗い室内は完全に無人となった。
灯りの落ちた部屋の入口には、『学園長室』と書かれたプレートが掛けられていた―――
つづく