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沢渡クロエと7人のクズ  作者: 天野弱
第一章【カネの悪魔は強欲に溺れる】
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第8話『最悪のバディ』

 ミークは真っ直ぐにそのつぶらな瞳を向けてきた。


『オマエの納得がいかない気持ちも理解できる。そこで、俺様に提案がある』

「……何よ」

『オマエの言い分はこうだったな。〈天使の矢〉を自由に使いたい。テンヤも一緒に悪魔憑きたちと向き合え。だろ?』

「ええ、そうよ」


 ちらとミークはヤチクサ先輩を見やる。そして、私にそっと近づいて小声で囁いた。


『……テンヤはこんな仏頂面のヤツだ。日本に来て未だに悪魔を祓えていないのは、力も無いくせにこの性格が災いして悪魔が顔を出さねーってとこが大きい』


 なるほど。本来敵うはずもない〈キング〉たちを相手にしなければいけないヤチクサ先輩に残された選択肢は、対話か、戦闘しか残されていない。


『一度俺様の話を無視して祓いに行ったことがあるんだが、案の定、返り討ちにあっている。その時の傷もまだ完全に癒えたとはいえねーんだ。だからこそ、オマエが現れるまでこの現状を維持するしかなかった』


 息を呑む。想像するだけで背筋が凍った。

 やはりあの悪魔たちには、祓魔師を返り討ちに合わせるだけの異形の力が備わっているのだ。相手の力を見誤って無謀に突っ込んだ先輩にも呆れるけれど、恐ろしい力には間違いない。

 そんな悪魔たちに、本当に私が対話で油断させることが出来るのかしら。ミークの話次第では、断ることも視野に入れなければならないわ。


「何を話している。オレにも聞こえるようにしろ」

「貴方には関係ない話よ」

「何だと」

「何よ」

『オマエらいちいち喧嘩すんな。面倒くせーから』


 大きくため息を吐いたミークだったが、ちらとヤチクサ先輩を見ながら口を開く。 


『そんなわけで、悪いがテンヤは対話向きじゃない。だがクロエ、オマエは違う。オマエは転入して早々に姫路茂上の心を掴んだ。ヤツのあの豹変ぶりがいい証拠だ』

「それは……そうだけど」


 ――姫路くんのあの狂気じみた恍惚の表情が思い起こされる。

 あれが人間の欲望が顕現した姿。肥大化した欲望を糧に、悪魔が力を与えているらしい。けれど、私には少し違和感があった。本当に、悪魔というものが人一人の欲望だけで満足するのかしら?

 ()の知っている悪魔は……もっと。多くの人間の願いまで踏みにじって奪い、自分の所有物にするほど強欲にまみれているというのに。


『そこで提案だ』


 はっと顔を上げる。


『俺様の〈天使の矢〉は自由に使っていい。その代わり、テンヤの対話は見逃してくれ。俺様とテンヤがオマエを出来る限りフォローする』

「ミーク!」


 ヤチクサ先輩が少し焦った声でミークを呼んだ。けれど、白いヒヨコは真っ直ぐに私だけを見ている。

 先輩の様子から察するに、私が〈天使の矢〉を自由に使うことは何か都合が悪いようね。けれど、私にとっては良い交渉材料だわ。

 ……正直、不安要素が完全に無くなったわけじゃない。本当に私に務まるのか。目的の邪魔になるのではないか。考えても答えは出ない。

 けれど〈天使の矢〉という大きなリターンを手にしたのに、その代償としてのリスクを覚悟しなければ、私の目的は果たされることは無いでしょうね。

 私は顔を上げ、一直線にミークとヤチクサ先輩を見た。


「……いいわ。それで再契約をしましょう」

『決まりだな。手を出せ』


 右手を差し出す。ふわふわとミークが私の腕に降り立つ。

 何をするのだろうとじっと見つめていると、トントンとミークが私の腕を羽で触れた。

 途端、まばゆい光が右腕を包む。さきほど〈天使の矢〉を放った時のような真っ白な光だ。思わず左手で目を覆う。


「もう、またこの光?」

『我慢しろ。もう終わる』


 ミークの声と共に、真っ白な光が徐々に小さくなる。目をこすって右手を見やった。


「何、これ?」


 光を失った私の右手。その人差し指には、輝く銀の指輪がはめられていた。小さな翼のマークが表面に彫られている。


『これが本契約をしたヤツの証だ。俺様の魔術を自由に使えるようになる。使い方は俺様が後でレクチャーしてやるよ』

「ええ、お願いするわ」


 右手を空に向けて掲げてみる。太陽の光に反射してきらきらと煌めく指輪は眩くて、目がくらみそうだ。胸の奥が滾るように脈動している。


「綺麗……」


 ――きっと、もう後戻りはできないのだろう。

 だって私は選んでしまった。この道を。この二人の手を取ることを。自分の望みのため、きっと私はこれから炎の道を歩くことになるのだろう。


「……」


 そんな私を、ヤチクサ先輩がつまらなそうな瞳で見据えていた。

 奇妙な時間が漂っていた中、唐突にミークが両手の翼を広げ、私たちにこう告げる。


『俺様たちはチームだ。クロエが対話を行い、悪魔たちを油断させる。完全に顔を出した悪魔を、テンヤが祓う。俺様はそのサポートだな。これはその第一歩ってヤツだ』

「この人とチームだなんて冗談キツイわ」

「なら一人で勝手に殺されるんだな」

「何ですって!」

『幸先不安な会話をするなオマエら!!』


 私とヤチクサ先輩は決して目を合わせずそっぽを向く。

 ああ、腹立たしいわ。いちいち突っかからないで欲しいものね。

 ちらとの中庭から伸びる連絡通路を見やった。通路を歩く生徒が少しずつ減っている気がする。そろそろ昼休みが終ってしまうわ。


「――ひとつ、お前に言っておくことがある」


 視線を向ける。ヤチクサ先輩が真っ直ぐにこちらを射抜く。

 まるで深淵の底のような黒い瞳。覗いていると、あっという間に落ちてしまいそうな深い闇の色。


「お前に対話という役割があるように、オレには悪魔を殺す役目がある。だがいいか――無駄な仲間意識をオレに求めるな」

「……」

『おいおい、チームを組んだばっかだぞ』

「うるさい。オレはこの女を認めたわけじゃない」


 この八千草天也という男。

 なんて腹立たしいの。整った顔立ちには似つかわしくない腹黒さ。不遜で傲慢。失礼千万で平手打ちしたいくらい憎らしいわ。

 ……けれど。


「あら。そんなことを先に言ってくれるなんて、貴方の方がよっぽど仲間意識があるんじゃない?」

「フン。図々しいヤツだ。お前が言ったんだろう、オレ達は利害の一致で結成する関係だと」

「ええその通りよ。改めて貴方に言われる必要は無いでしょう?」

「……」

「……」

『最悪のバディだな、オマエらは』


 やれやれとミークは鬱陶しそうに大きなため息を吐いた。

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