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沢渡クロエと7人のクズ  作者: 天野弱
第一章【カネの悪魔は強欲に溺れる】
8/10

第7話『祓魔師・八千草天也』

 目の前の『悪魔』に動揺しながらも、頭はひどく冷静だった。

 何だか非現実感が拭えない。温厚な男子生徒の変貌に、私の瞳にはどこか他人事のように映った。

 未だ私の前に背を向けてくれているヤチクサ先輩にそっと声をかける。


「……ヤチクサ先輩」

「何だ」

「私をここから連れ出してください。人がいないところまで」

「分かった」


 姫路くんの本性が明らかになったとはいえ、ここからどう祓うのは私には分からない。

 とにかく今はこの場を離れ、現状を把握したい。ミークにも話を聞きたい。そして、このヤチクサ先輩のことも……。

 私の言葉に頷いた先輩は、迷わず私を横抱きにした。


「えっ、あの、先輩!?」

「沢渡さん、行かないでよ。僕ともっと話をしようよォ?」


 背後で姫路くんの声がする。熱っぽい声色なのに、絡めとられそうな違和感。ぞわりと悪寒がした。肌が粟立つ感覚が気持ち悪い。

 そんな声を振り切るように、ヤチクサ先輩は一気に昇降口を駆け足で飛び出した。

 驚き立ち止まる生徒の波をぬうように進む。けれど速度が全く落ちない。身のこなしがまるで常人ではない。頬を抜ける風が心地よくて、姫路くんに感じた嫌悪感がわずかに抜けていく。


 姫路くんの真っ赤な瞳。舌なめずりをする恍惚の表情。明らかに常人のそれではない。

 ミークの言っていた言葉が今なら分かる。

 

 ――彼は、悪魔にとり憑かれている。


 特別、彼に思い入れがあるわけではない。知り合ってまだ一週間と少し。付き合いとしてはかなり短い上、信頼関係もまだ深いわけではない。けれどあの瞳は……。

 急にヤチクサ先輩の動きが止まる。周囲を見ると、ここは校舎の中庭らしい。確かにここなら人気は無いだろう。下ろして貰おうと口を開きかけた時――。


「きゃっ」


 ――どすん。

 突然地面の上に落とされた。何のモーションもなく。思い切りおしりを地面に打ち付けてしまい、痛みに悶える。


「な、何するの!? 痛いじゃない!」


 顔を上げ、ヤチクサ先輩に抗議する。はっと息を呑んだ。彼の瞳はすっかり冷めていた。

 私の表情をちらと一瞥すると、ヤチクサ先輩は一言呟く。


「重い」

「なっ――なんですって!?」


 とんでもなく失礼な男だった。

 どうやら〈天使の矢〉の効力が完全に終わったらしい。体感10分というところかしら。天使の力抜きの会話はこれが初めてだ。まさかこんなに刺々しい男とは思わなかったけれど。

 腹立たしい気持ちを抑え、土埃を払って立ち上がる。


「ミーク。いるんだろ」

「え? 貴方ミークのこと、」

『おーおー、やってんなお前ら。面白かったぞ』


 私の戸惑いを他所に、ふわふわと白い毛玉が木陰から降りてくる。

 降りた先は私の頭の上。なんて図々しいヒヨコなの。


「面白がって俺を利用するな」

『前に一般人を巻き込むなって言ったのはテンヤだろ? 丁度いいところにお前が来たからだよ』

「そういうことなら事前に相談しろ」

『俺様、準備とか相談とかダルいタイプだから。文化祭準備で女子と喧嘩しちゃうタイプだから』

「ヒヨコが何を言ってるんだ」

『俺様はヒヨコじゃねー!! 天使だっつてんだろーが!!』


 頭の上でしょうもない口喧嘩をしないで欲しい。

 淡々と返すヤチクサ先輩に、ミークは珍しく語尾を荒げている。どうやら二人は旧知の仲のようだ。


「ねえ、そろそろ聞いていいかしら。二人のこと」


 私の声に、二人の視線がこちらを向く。ヤチクサ先輩の真っ黒な瞳に少し気圧される。高身長ということもあって、威圧感が凄まじい。きっと子供にも泣かれるタイプに違いないわ。

 だってこの人、何の感情も読めないんだもの。

 ヤチクサ先輩はちらと私の頭の上の毛玉に視線を向ける。「めんどくせーな……」とダルそうにため息を零したミークは、今度はヤチクサ先輩の肩に飛び移った。


『おいクロエ。魔術師っつー存在は知ってるか』

「……魔術師? まさか、貴方の天使の力がそれに当たるとでも言うの?」


 また唐突な話だ。私は思考を巡らせる。

 先ほどのミークのまばゆい光。確か、【天使の楔】なんて言っていたかしら。

 もうフィクションめいた話にもいちいち驚いていられないわね。


『正真正銘、そう言うつもりだぜ』

「……頭が痛くなってくるわ」


 頭痛を覚える私を他所に、『大人しく黙って聞いとけ』とミークはダルそうに呟く。


『いわゆるこの世界の魔術を扱う人間のことなんだが、魔術って言っても俺様のように、多種多様なジャンルがあるからな。その辺りは後々教えてやるよ。その中でも、テンヤは悪魔を専門に扱う魔術師――祓魔師(エクソシスト)ってヤツだ』

「祓魔師……」

『んで、祓魔師の中にも階級がある。……テンヤ、これくらいは説明出来るだろ』


 ミークに尋ねられたヤチクサ先輩は、どこか嫌そうな瞳を浮かべながら足元に落ちていた木の枝を拾った。その枝で地面に絵を描き始めた。これは……チェスの駒かしら?

 キングの駒。クイーンの駒。ナイトの駒。ポーンの駒。書き終えた先輩は枝で絵を指しながら、口を開いた。


「数字が若いほど祓魔師は強い。左から第1級〈キング〉、第2級〈クイーン〉、第3級が〈ジャック〉。そして第4級〈エース〉。あとは……もういいだろ」

『いや短すぎだろ! もっとやる気出せよ!?』

「……階級ごとに受けられる依頼が違う。悪魔も同じように階級がある」


 やる気の無さそうな口調のヤチクサ先輩に戸惑うが、今の話で尋ねておきたいことがあった。


「なら、この学園の悪魔はどの階級に当てはまるの?」


 手に持っていた木の枝を地面に放ったヤチクサ先輩は、ちらを私を見て息を吐いた。


「……〈キング〉だ」

「第1級レベルなの!? それが7体ってこと!?」


 思わず声を張り上げてしまう。やれやれとミークが面倒くさそうにため息を吐いた。

 もしかして。いえ、もしかしなくても……私はとんでもないことに巻き込まれているのでは? 今更ながらに足元が冷たくなってきた。


『落ち着けクロエ。確かに悪魔は7体だが、全部が全部〈キング〉っつーワケじゃねえ。ったく、テンヤは言葉が足りねーんだよ』

「うるさい」

『俺様の見立てじゃ……〈キング〉は2体。〈クイーン〉が3体。〈ジャック〉が1体。〈エース〉が1体って感じだ。あと妙な悪魔の残滓がいくつかあるが……ま、雑魚だろうから気にすんな」

「それでも〈キング〉は2体いるのね……ちなみに、ヤチクサ先輩の階級は?」

「……」

「先輩?」


 無表情なのに、不機嫌そうに見えるのは何故だろう。今の質問が気に障ったのかしら。

 ミークも何も言わないが、ヤチクサ先輩はたっぷり3分ほど黙った後。ややあって。


「……だ」

「え?」

「……〈エース〉だ」

「……」

「……」


 ……〈エース〉。

 実際にその力を見たことがないので、何とも返事をしにくいものだけれど。

 ええと、情報を整理すると。

 悪魔7体(第1級〈キング〉が2体)に対して、こちらの戦力は第4級〈エース〉が一人。一般人が一人。よく分からないヒヨコが一体。

 それが導き出す答えはただ一つ――。


負け戦(・・・)に私を巻き込まないで頂戴!?」

『そう言うと思ったぜ……』


 やれやれ。そんな言葉が聞こえそうなくらい大きなため息だった。


『明らかに戦力不足なのは俺様たちだって分かってる。だが、この土地に詳しく、かつすぐに駆け付けられる人員が当時テンヤしかいなかったんだ。だからこそ、《D-クレイドル》に人手を回してもらうよう要請を出してんだよ』

「何よ、《D-クレイドル》って」

『祓魔師たちが所属しているギルドみてーなモンだな。そこで世界各国にいる祓魔師に対して仕事を斡旋したり、出現する悪魔の情報を共有したりする』

「そんな組織があるのなら、この学園の悪魔もすぐ祓って欲しいものだわ」

「祓魔師は常に人員不足なんだ。簡単に言うな」


 そっぽを向きながら、ヤチクサ先輩が口を挟んできた。

 私が負け戦なんて口走ったから、少し拗ねているのかしら? ふふん、いい気味だわ。

 表情に出ていただろうか、ヤチクサ先輩の視線がこちらを向く。


「何だ」

「何でもないわ」

『オマエら……実は仲いいだろ』

「「やめて(ろ)」」


 心外だわ。こんな失礼千万な人と仲がいいなんて絶対嫌よ。

 私たちは互いに顔をそむけるようそっぽを向いた。


『あー……とにかくだな、人員不足で今この学園にいる祓魔師はテンヤ一人だけなんだ。もう少しすれば、〈ジャック〉が一人来てくれるらしいんだが』

「それでも第3級なのね……」

『ああ。オマエも知っての通り、戦力的に俺様たちはかなり厳しい状況だ。だから、正面からやり合うのは絶対に避けたい』

「ポーンが無策でキングやクイーンの駒を取りに行くようなものね」

「誰がポーンだ」

「別に貴方のことなんて一言も言ってないじゃない」

「……」

「……」


 静かに互いに睨み合う。……どうしてこう、いちいち突っかかってくるのかしら。本当に腹立たしいわ。

 そんな私たちを面倒に思ってきたのか、ミークは淡々と半眼で続けた。


『教室で俺様が言ったこと覚えてるか? 悪魔憑きの信頼を勝ち取れって話だ』

「ええと……」


 記憶を辿る。既に色々あり過ぎて忘れそうだったけれど、今朝の話だわ。

 教室で悪魔祓いについて、ミークに問いただした時のこと――。


『……悪魔祓いだなんて、具体的にどうやるのよ?』

『簡単な話だ。まずはアイツの信頼を勝ち取れ。そうすると、気を許した相手に対し己の欲望――悪魔が顔を出してくる』

『……悪魔が出た後はどうするの?』

『……』

『ミーク?』


 ――そうだ。顔を上げると、ミークと目が合う。

 あの時はハバキリさんたちが来て聞けなかったけれど、その答えが今ここにあるようだ。


「もしかして……戦うのではなく、対話で悪魔を油断させて祓う気なの? 私におとり役をさせるつもり?」

『ご名答。名付けて《戦えないならお話して帰ってもらおう大作戦》だぜ』

「……」


 ドヤ顔のミークを思い切り殴りたい気分だった。

 ちらとヤチクサ先輩と見ると、彼はふてぶてしく両手をポケットに突っ込んでいた。

 ……何だか腹立たしくなってきた。


「待って頂戴。私だけが矢面に立たされるのは納得が出来ないわ。一般人にはリスクが大きすぎるもの」

『だが、あの姫路茂上はオマエに対して悪魔の顔を出しだぞ。素質は間違いなくある』

「……そんなもの、たまたまだわ」


 確かに、姫路くんのあの瞳は間違いなく悪魔の容貌だった。けれど、悪魔を祓う力を持たないただの人間にどうこう出来る問題でもない。


「ヤチクサ先輩も一緒に対話をやるべきだわ」

『コイツが悪魔憑きの信頼を得るだけの人間性を持ってると思うか?』


 ちらとミークはヤチクサ先輩に視線を送った。彼は真っ黒な瞳を、ミークではなく私を見ていた。私がどう答えるのか待ち構えているのかもしれない。


「そんなもの知らないわよ。一般人の私が悪魔に襲われたら、どうするつもり?」

『……それは、』

「〈天使の矢〉も自由に使えないのに、これじゃ割に合わないわ」


 初めてヤチクサ先輩の表情が変わった。

 真っ黒な瞳の瞳孔が開かれ、一直線に私の姿を射抜く。


「――やはりそれが狙いか、女」


 初めて出会った時のような強烈な『負』の感情。けれど、その冷たい空気は一度経験しているわ。

 人間は慣れる生き物。私は逆に真っ直ぐヤチクサ先輩を見据えた。


「女、なんて失礼な人ね。私はミークに取引を持ち込まれた。その取引がどちらかに優位に傾いたら、納得がいかないと声を上げるのは当然でしょう?」


 私には成すべき目的がある。井上さんの善意(・・・・・・・)を踏みにじってまで(・・・・・・・・・)、成し遂げたい目的が。

 本来であれば、そんな心の余裕はどこにもないのだから。

 しかし、ミークの魔術の力は魅力的だ。間違いなく利用価値がある。だからこそ手を組んだというのに、制約付き、更におとり役だなんて後出しじゃんけんもいいところだわ。


「私たちは利害の一致で手を取り合っている関係なの。人助けで悪魔祓いなんてやっている暇は無いのよ」

「ミーク。やはりこの女は――」


 一触即発。睨み合う私たちの間を、ミークが宙を舞って入る。


『まー落ち着けよ、オマエら』


 両手の翼を広げながら、真っ白なヒヨコが不敵に微笑んだ。

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