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沢渡クロエと7人のクズ  作者: 天野弱
第一章【カネの悪魔は強欲に溺れる】
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第5話『天使の矢』

 ヒメジくんには悪魔が憑いているらしい。


 その事実から数日。

 彼を注意深く観察しているけれど、特に不審な点は見えない。というかまだ、私には人に悪魔が憑いているなんて完全に信じ切れていないのよね。いくら喋るヒヨコがいるとはいえ。

 そんなことを考えながら、私は扉を開け朝の教室へと足を踏み入れた。


 教室に入った途端、賑やかだった空気が一度止まる。しかし、すぐに何事もなかったかのように会話が続けられた。私は小さく息を吐きながら、自分の席に着いた。

 ……まだ慣れないものかしら。

 この腫れものを触るかのような視線、空気。あまり気分のいいものではないわね。

 確かに私は内部進学でもないし、見た目も彼らから見れば外国人だ。遠巻きにされるのも理解はできる。……日本語が離せないとでも思われてるのかしら?


「おはよう、沢渡さん」


 そんな空気を吹き飛ばしてくれるのが、ヒメジくんだった。

 彼は教室に入り、周囲のクラスメイトに声をかけながら私にも笑いかけた。


「おはよう」私もにこりと微笑んだ。彼は人懐っこい笑みのまま自分の席へ向かう。


 それだけだ。特に会話が始まるわけでもない。なのに、どこかほっとしている自分がいる。

 私はこの教室にいても大丈夫と言われている気がした。


『あーあ、上手く人間に擬態しやがって』

「……ミーク」


 私の鞄から白い毛玉がにゅっと顔を覗かせる。一体いつから入っていたのかしら。

 ミークは静かにヒメジくんを睨みながら呟く。


『オマエには見えないだろうが、俺様にはアイツの周囲に淀んだ空気が見えるんだよ。放っておけばおくほど、悪魔は憑依した人間を破滅に導く』


 息を呑む。

 破滅だなんて簡単に言うが、悪魔にとり憑かれた人間は最終的にどうなってしまうんだろう。まだその実感があまりわかない。

 けれど、ミークの話から推測するとあまり多くの時間は無さそうだ。やるなら早い方がいいのだろう。

 ちらとヒメジくんを見ながら、私は小さな声で応える。


「……悪魔祓いだなんて、具体的にどうやるのよ?」

『簡単な話だ。まずはアイツの信頼を勝ち取れ。そうすると、気を許した相手に対し己の欲望――悪魔が顔を出してくる』

「……悪魔が出た後はどうするの?」

『……』

「ミーク?」


 黙り込んだミークに首を捻っていると、ふいに近くで影が差した。

 顔を上げると、キヤミくんが不思議そうな顔で佇んでいる。その後ろにはハバキリさんがいた。


「よう、沢渡。どうしたんだよ? 俯いたりして」

「あ……いいえ、何でもないわ。授業の用意をしなきゃと思って」

「大丈夫!? 美人の憂い顔は素敵だけど、何かあったら相談に乗るからね!?」

「あ、ありがとうハバキリさん」

「気持ち悪いこと言うな」

「なんでよお――!?」


 ハバキリさんとキヤミくんは同じクラスだった。残念ながらウザワさんだけは別クラスになってしまったようだ。不貞腐れる猫の顔が浮かんだ。

 私はそっと鞄の中を横目で見た。白い毛玉はいつの間にかいなくなっていた。



 ◆



「え、沢渡さんまだ購買行ったことないの?」

「ええ。いつもお昼ご飯はコンビニで買っているから」


 午前中の授業が終わり、昼食の時間だ。私は鞄からサンドウィッチを取り出そうとして、ハバキリさんに止められる。


「待って待って。そのお昼は明日に回して、今日はちょっと購買に行こうよ!」

「え、明日のご飯に? いいのかしら」

「サンドウィッチなら、賞味期限明日くらいまではもつから大丈夫だよ! ね、一緒に行こう?」

「わ、分かったわ」


 ハバキリさんに言われるがまま、私は財布を持って教室を出た。財布を持つ感覚がまだ慣れないわ。

 階段を下りて一階の購買にたどり着く。既に多くの生徒でごった返していた。


「ひゃー、相変わらず凄い人だ。沢渡さん大丈夫?」

「ええ、何とか。ここでは何が売られているの?」

「んー、パンとか、紙パックの牛乳とかかな。安いのにすっごく美味しいんだ」


 ハバキリさんの澄んだ青空みたいな笑顔に、私も購買に興味がわいてくる。

 パンを買うためにはこの人ごみを潜り抜けていけないらしい。行くぞー! と彼女は慣れた様子で人の波に消えていった。


「……よし」


 これも経験の一つだわ。私も意を決して人ごみに飛び込む。周囲の男子生徒の力が強く、なかなか先に進めない。遠くでハバキリさんの声が聞こえる。もう買えたのかしら。

 人の体温。息遣い。熱気。腕の力。どれも経験したことない感覚に、頭がくらくらとした。

 

「わっ」


 ……弾かれてしまった。廊下に尻餅をついてしまう。ため息が漏れる。

 これは慣れた人にしか到達出来ない境地なのかもしれない。ハバキリさんは凄いわ。また今度チャレンジすることにしましょう。

 素直にサンドウィッチを食べよう、と立ち上がった時。


『情けねーなあ、おいクロエ』

「……何よ」


 いつの間にミークが私の肩に乗っていた。生徒たちは購買に夢中で、肩のヒヨコには目もくれない。

 ミークはにやにやと意地の悪い笑みを浮かべている。


『俺様が何とかしてやろうか?』

「何とかって……どうするのよ」

『手を銃の形にしてみろ』

「何なのよ……」


 言われるがまま、右腕を伸ばす。親指を上げ人差し指を正面に向ける。銃のポーズだ。これが一体何なのだろう。

 

『どいつがいいかなァ。力がありそうなヤツ……お、グッドタイミングだぜ』


 にやりとミークが呟いた瞬間、私の右手首が輝きだす。白く輝く輪っかだ。まるで天使の輪のような――。


「な、何よこれ!? 人に見られたら――」

『俺様の言葉が分かるヤツにしか見えねーよ。いいからアイツだ、アイツに指を向けろ』


 ミークの視線の先に見えるのは、購買の前を通りすがる長身の男子生徒。どこかで見覚えがあるような……彼に一体何をするのか。何の説明もないまま進むのが恐ろしい。


「アイツって……あの長身の人?」

『ああ。タッパがあるやつは人ごみの中にいても存在感があって強い。ほら、指を向けろ。行っちまうぞ』

「ああもう、何なのよ――!」


 私はもう訳が分からず、男子生徒に向かって銃の指を向けた。

 ――その瞬間。

 人差し指が輝きだし、まばゆい純白の光が一直線にビームのように伸びていく。光はまっすぐに男子生徒へ向かい――胸を刺した。

 光に刺された男子生徒はわずかに体を揺らし、こちらへと振り向いた。


「な、何よこれ!?」


 私は未だ輝く右腕の輪を胸に抱え、ミークに詰め寄った。彼は私の肩に乗ったままニヤリと笑う。


『これが俺様の魔術――【天使の楔】の力さ』

「天使のくさび……?」

『これはその力の一端。人の心を操る〈天使の矢〉だ』

「!」


 もう、一体何のよ。

 魔術とか、天使とか、悪魔とか。馬鹿じゃないの。現実感が無さすぎなのよ。

 ――なのに、この腹立たしいヒヨコから目が離せない。

 ……ああ、彼は確かに言った。『天使の力があれば、人の心も自在に操れる』と。

 これが、天使の力。なんて、こと。

 震える右手で、思わず口元を抑える。私の心はひどく揺らいでいた。

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