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沢渡クロエと7人のクズ  作者: 天野弱
第一章【カネの悪魔は強欲に溺れる】
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第4話『1人目は誰?』

 ――お金が欲しい。


 それは、人間なら誰しもが持っている欲求だ。

 美味しいご飯を食べたい。綺麗な服を着たい。豪華な家に住みたい。

 すべてお金が無ければできないことだ。皆知ってる当たり前のことだ。


 ……ただ、理解出来ないものがある。

 金で買えないものに価値があるとか。お金なんかより愛が大切だとか。

 ばかばかしくて吐き気がする。気持ち悪い。頭がおかしいんじゃないか? そんな綺麗ごとが吐けるのは、金を持っている側の人間の発言だ。

 そんな奴らは、一度すべての金を失ってから言ってもらいたい。

 空腹に這いつくばって。毎日同じ服を着て。怒号の響き渡るゴミ溜めの家で。

 キミは本当に、金より愛が大切だと言えるのか?


 そんなのは嫌だ。もう二度と、あんな惨めな生き方はしない。

 そのためなら、僕は『強欲』に金を求め続けてやる――。



 ◆



 ふと私は顔を上げた。あれから、どれくらい時間が経ったのかしら。

 そう思った瞬間――校舎から予鈴が鳴り出した。これは確か、始業直前の合図。

 私は慌てて地べたに落ちていた鞄を拾い上げた。


『おい、そろそろ始業式が始まるんじゃないか?』

「分かってるわ!」


 思いのほか、私たちは話し込んでいたらしい。軽く制服の土埃を払うと、私はミークを置き去りにして走り出した。あまり走る経験がなかったからか、前に進んでいる気がしない。


『まったく、時間にルーズな女だな、オマエ』

「なんですって……って、貴方どこに乗ってるのよ!」

『あん? 何か文句あるのか?』


 ミークは私の肩にふてぶてしく乗っていた。少し重い。どうりであまり速く走れないわけだ。


「貴方、空を飛べるでしょう! なんで私の肩に乗るのよ!」

『飛ぶのも疲れるんだよ。それに走りながらでいいから、俺様の話を聞いておけ』

「何よ!?」


 先ほど私が歩いていた通学路が見えてきた。ちらほらと私のように走っている生徒がいる。


『俺様の声は、普通の人間には聞こえねー。だからあんまり大きな声で答えてると不審がられるぞ。特に、悪魔憑きのヤツらは何かと神経過敏なんだ』

「シンケイカビンって何よ!?」


 慌てている時に難しい日本語を使わないでほしい。ミークはわざとらしくため息をついた。


『めんどくせーな……まあとにかく、怪しまれて警戒されんなって話だよ』


 いちいち腹の立つヒヨコである。しかしここで文句を言っている時間はない。

 通学路を通り抜け、昇降口にたどり着く。そこには各生徒のクラスの割り当て表が張り出されていた。私は……B組のようだ。

 ローファーのまま玄関を越えようとして、ぎゅっとミークに肩を握られた。……足で。


『おい、内履きに履き替えろ。ローファーのままは禁止だぞ』

「あ……」


 そうだった。日本では靴を履き替える文化がある。

 私は慌てて鞄から内履きを取り出した。ローファーから履き替える。割り振られた自分の下駄箱をふらふらと探していると、ふいに誰かの影が左目にちらついた。思わず顔を向ける。


「あ」


 ……目が合ってしまったわ。柔和そうな瞳がくりくりとこちらを射抜いた。


「君、見慣れない子だね。編入組?」


 そう話しかけてきたのは、人懐っこい笑みを浮かべた男子生徒。柔らかそうな猫毛が跳ねている。寝ぐせなのかしら。


「ええ。編入生、ということになるのかしら。貴方は……?」

「あ、えーと、僕は中学からずーっとここに通ってる、いわゆる『内部進学組』ってヤツだね。分からないことがあれば、何でも聞いてよ!」


 ほにゃっと無警戒に笑う姿は、どこか母性本能をくすぐられてしまう。彼の雰囲気が成せる技だろうか。

 何となく応酬を交わしながら自分の番号の下駄箱を見つける。ローファーを仕舞い、廊下に足をかけたところで、後ろから声がかかった。


「待って待って、せっかくだから一緒に行こうよ」

「え?」


 振り返ると、慌てたように内履きに履き替える彼の姿が目に入る。私の傍まで駆け寄ってくると、人懐っこい笑みを浮かべた。……ちょっと子犬のようだわ。


「僕、姫路茂上(ひめじもがみ)。君と同じ1年B組なんだ。よろしくね」

「沢渡・マリーベール・クロエよ。よろしく」


 静かに微笑む。ヒメジくんのこのするりと相手の心に入ってくる人懐っこさ。親しみやすさ。何だか少し気圧されてしまう。言われるがまま、ヒメジくんと一緒に廊下を歩く。

 肩にいたミークはいつの間にかいなくなっていた。

 階段を上がりながら、窓の外を見やる。桃色の花が綺麗に青空を待っている。穏やかな気持ちになるが、ふと考える。

 こんなゆっくり歩いていて大丈夫なのかしら。

 心配そうにしていたのが分かったのか、ヒメジくんは穏やかに笑った。


「始業式前は、予鈴が鳴ってもどの先生も少し遅れてくることが多いんだ。職員会議が長引きやすいみたい」

「そうなのね」


 流石中学から通っている生徒は違うわね。こういう内部生徒からの情報はありがたいわ。

 関心して頷いていると、ふいにヒメジくんが少し近づいてきた。


「ね、沢渡さんって何かいい匂いがするね」

「え? ……そうかしら? 何も付けていないけれど」


 自分の腕の匂いを嗅ぐ。……分からないわ。特に香水も付けているわけでもない。不快な匂いじゃなければいいけれど、自分じゃ匂いは感じ取れないわ。

 首を捻る私に、ヒメジくんは目を細めて笑った。


「うん、いい匂いがするよ。羨ましいくらい」

「そう……かしら」


 彼は匂いに敏感な性質なのかもしれない。好意的に思われるのは悪い気はしないが、自分ではよく分からない。

 そんな会話をしながら階段を3階分上がり、ようやく1年B組が見えてくる。ヒメジくんが先に扉を開けて教室に入ると、「遅いぞ姫路ー」という声が聞こえた。彼はやはりクラスでも中心人物のようだ。


『おい、クロエ』

「……ミーク?」


 振り返ると、いつからいたのかミークが宙に浮かんでいた。どこか神妙な顔だ。

 彼の視線は教室に入っていったヒメジくんに注がれている。


『――アイツ、悪魔が憑いてるぞ』

「アイツって……ヒメジくんのこと? まさか」


 思わずまじまじとヒメジくんを見つめた。もう既にクラスメイトたちに囲まれて笑っている。

 あんなに人懐っこそうな彼に悪魔が憑いている? 信じられない気持ちだった。どこをどう見たら、悪魔が憑いていると思うのだろう。これも天使の力なのかしら。


 それに、信じられない要因はもう一つあった。

 私の近くに、それもこんなすぐに悪魔が見つかるなんて――何だか都合が良すぎじゃないかしら?

 

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