E・De・N
あなたの「大切なもの」は何ですか?
「貴方は勝ちますか? それとも負けてしまいますか?」
暗い暗い闇と想いの中に、少年・天城慧は居た。
耳に当てた携帯のディスプレイには『女王様』という文字。
もちろん、こんなふざけた名前を登録した覚えはないし、
そもそも見知らぬ相手から着信があれば番号か非通知かが表示されるはずだ。
けれど、慧にとってそんな事はどうでも良かった。
この絶望的な状況の中では何が起ころうと反応する余裕などない。
反応出来得る事象はたったひとつ。
そんな時に電話に出れたのはほんの偶然だった。
もしくは、何も出来ないからこそ何かをしていないと、
不安で仕方なかったのかもしれない。
耳に届いた言葉を改めて頭に浮かべる。
勝ちますか、負けてしまいますか。
ここには似つかぬ言葉、それを慧は重ねてしまう。
今この状況に、勝つか、負けるか。
苛立ちと同時にすがるような想い。枯れてしまった涙。
ありったけの気持ちを詰め込んで。
「勝ってやる……!」
答えた瞬間、慧の視界がブツリと途切れた――――――。
「…………っ」
眩しい。
目をそっと開けると先程の暗闇とは違う、明るい日差しの下に慧は居た。
足元はチェス盤に似たモノクロタイル。周りは森に囲まれており圧迫感がある。
遠くには西洋風のお城。
知らない場所、知らない世界。
「よく来たのぅ、アマギ・ケイ」
上から声が聞こえ目を走らせる。
自分の居るチェス盤の正面に、いつの間にか大きな階段が出現していた。
その頂点に、真っ赤なドレスと金のティアラを身に着けた少女が
豪華な玉座に座ってこちらを見下ろしているのが見える。
「これより『女王様』に忠誠を誓った者たちによるゲームを行う」
見た目通りな堂々とした態度で彼女は突然そう宣言した。
しかしいきなりの事に、慧はついていけない。それよりも。
「なんの話だよ? 俺はゲームで遊んでる暇なんかねぇんだ!」
「ほぉ、何故じゃ?」
何故?
そこで慧は喉を詰まらせた。
そういえば俺はどうしてこんなに焦っているんだろう。
虚無感と焦燥感が慧の中を蹂躙していく。
そして答えがない、いや、思い出せない事に気が付いた。
「覚えて……ない?」
「記憶を含む、おぬしのものは全てこちらが預かっておる。
ゲームに参加する為の対価じゃ」
「な、何勝手な事!」
「勝手な事ではないぞぇ、おぬしは『女王様』の問いに答えたはずじゃ
……勝つ、と」
フと携帯の着信を思い出した。『女王様』という名前でかかってきた言葉。
勝つか、負けるか。
「わらわの名はリデル。このゲームを見守る者」
女王らしき少女・リデルが立ち上がると膝の上に居たのだろう、
一匹の黒猫が軽く跳ねて階段の頂上から一気に慧の足下まで飛び降りてきた。
「ケイ様は何故ここにおられるのですか?」
足下に居るその黒猫が当たり前のように語りかけてくる。
それに対して慧は、不思議と違和感を抱けない。
自然と口が動く。
「……勝つ、為に」
『苛立ちと同時にすがるような想い。枯れてしまった涙。
ありったけの気持ちを詰め込んで。』
そう答えたのは自分自身。
「そうじゃ、ケイ」
満足そうにリデルは笑んだ。
「おぬしはここへ来る前、大切なものを失った……
そしてここはその大切なものを取り返す為のゲームの舞台じゃ」
「ゲームに勝てたら、取り戻せるのか?」
「イェス」
黒猫が首に付いた蝶ネクタイを見せつける仕草をして肯定する。
リデルも頷いた。
「ゲームという名の困難を乗り越えていく度に、
おぬしは大切なものが何かを思い出すじゃろう……
それを乗り切ってわらわの居る城まで辿り着け。
そこで預かっておる大切なものは全てお返しする」
「城までは、黒猫・ジャックがご案内致します」
「楽しませてくれや、ケイ」
リデルは優雅に一礼すると忽然と姿を消した。
彼女と共に玉座や階段も形を崩し目の前には森が広がるだけとなる。
「城まではどれくらいかかるんだ?」
遠くに見える城を、目を細めてみる。森に遮られているので距離感が掴めない。
「ケイ様次第でございます」
「急いでいるんだよ、っていうか本当にこんな事してていいのか?
ゲームなんて」
「やめますか? ならわたしは貴方を殺さなければなりません」
強い口調に体が強張った。言葉とは裏腹に
ジャックの尻尾はふりふり左右に揺れる。
「わたしは案内人であり死刑執行人でもあります……やめますか?」
「い、いや、止めないって!」」
「なら結構です」
くるりと前を向いてジャックは歩き出す。
慧も足早に後を追いかけた。
<一、存在の川にて>
「川ぁ? 橋とかねぇの?」
「浅い川なので問題ありません」
チェス盤のあった場所から森へ入ってすぐ、ジャックの言う通り川が見えた。
浅いなんてものじゃない、足首よりも更に下、
川と言うよりは水たまりに思えた。
「先に失礼します」
ジャックが数歩で川を渡ったが、
足が濡れたことが気に入らないらしくぶるぶる手足を振り回す。
飛び越えるには幅があるものの、靴が濡れる程度で問題はない。
と、一歩、足を踏み入れた瞬間、
砂がずぶりと沈みバランスを崩す。
「ちょっ……!」
まるで底なし沼。
あっという間に慧は水面に顔をギリギリ出せる程にまで沈んでしまった。
手足を使って足掻いても浮き上がる様子はまったくない。
「おっ、溺れっ……溺れるっ!」
「おやぁ~?」
すると向こう岸の方から声がした。
視界にチラリと映ったそいつは燕尾服に仮面を着けた風変わりな人物。
変わった奴だろうが、かまうものか。
助けてもらおうと声をあげようとしたら。
「ププッ! 溺れてる、溺れてる!」
笑われた。
人が溺れているのにそいつは川岸に寝転び肘をついて、
楽しそうにこちらを観察し始めた。 その後ろでは
ジャックまでもが冷静に慧を見つめているのに気付いて、腹が立つ。
「っち、ちょ……お前らっ……!」
抗議の声をあげてやろうとした時、ようやく仮面の人物は話し出した。
「君は凄く不安定だねぇ、記憶がなくて自分が何処に立てば
いいのかさえ分からない」
「き、記……憶っ?」
「君は何処に立っていた? 傍には何があり、誰が居た?」
記憶のない慧には答えられない。頭をフル回転させても無駄だ。
「諦めて沈んでしまうのかい? 君に取り返してほしい
何かが待っているというのに」
慧を、俺を、待っている何か。誰か。
「おかえりなさい」
うちの両親は共働きで、いつも家に帰っても
窓から明かりが漏れている事はなかった。
夜中までずっとリビングで両親の帰りを待つ、暖かい手。
暖かい手。
「慧」
冷たい手を握ってくれる暖かい存在。大切な、誰か。
一緒に居た誰か。
「大切なもの、は……傍に居てくれた誰か……?」
顔が思い出せない、名前すら分からない。
けれど確かにそこに居てくれた、大切な、誰か。
「おぉっ、立てたじゃないか、ケイくん」
仮面の人物が目の前に迫る。思わず後ずさりして、
後ずさり出来た事に驚き自分の足を見た。
いつの間にか慧は、浅い川に立てていたのだ。
濡れているのは靴のみで衣服に水滴は一滴もついていない。
「ケイくん、何の為にここに立っているのか思い出したかい?」
仮面の人物が首を傾げてみせる。可愛いとでも思っているんだろうか。
「目的は分かったけど……誰の為なのか、分からない」
「記憶は少しずつ戻っていく、大丈夫さ、城までまだまだあるしね!」
まだまだあっては急いでるこっちとしては困るのだが。
やっと苦しさから解放されて嬉しそうにくるくる回る
仮面の人物を横目に川を渡り切った。
「……こんなのがゲームなのかよ?」
毛の手入れをしていたジャックに慧が近寄り、と目が合った途端、
ジャックは素早く立ち上がって森の奥へと駆け出して行ってしまう。
「なっ、なんだよ! いきなり!」
「付いて行かないと迷っちゃうよ☆」
「何さらっと言ってんだ! ってかウインクしたって仮面してたら見えねぇよ!」
とか言ってる間に本気でジャックが見えなくなりそうで、
慌てて慧は追いかけた。
一人残された仮面の人物が慧の背中に話しかける。
「大切なものは確かに大切だよ?
けれど、大切なものが一つだとは限らない……」
微かに、だが確実に、その言葉がやけに耳に残る。
後に、それがとても重要なものだった事を、慧は知らない――――――。
<二、追憶のティーパーティーより>
森を抜けて広い場所に出ると、ようやくジャックが足を止めてくれた。
「はぁっ……は、なんだって、いきなり、走りやがって……!」
「『女王様』からの命令です」
息を切らす慧に対して、ジャックは悠然と伸びをした。
「森をただ歩いているだけではゲームにならない、との事で走ってみました」
「あのガキ……」
余計な事を。今頃まったりお茶でも飲みながら
高みの見物をしているのかと思うと、また腹が立った。
「急いでいたのでしょう? 良いではないですか、早く着きましたよ」
言われてジャックの視線を追うと花が咲き乱れた庭の入り口に
アーチがあり、その先に城が見えた。
「こんなに近くまで来てたのか」
「距離など、あってないようなものです……おや?」
黒い柵で仕切られた見事な庭園が広がっている。
アーチをくぐると城の扉には大きな鍵が取り付けられていた。
「カギがかかってますね」
「はぁ? どうするんだよ!」
「……そこの君」
低い声に右を向くと、若い紳士が居た。
先程の仮面の人物と似た服をまとう紳士は格好には似合わない
お菓子を両手いっぱいに抱え込んでいる。
「な、なんだよ」
見るからに怪しい。仮面の人物もそうだった。
警戒する慧に特に何の反応もせず、
その紳士は器用にクッキーを一枚頬張る。
「カギならある……来なさい」
詳しい説明を省き、それだけ言うとスタスタと城とは別の方角へ歩き出した。
ジャックを見るとすでに紳士の後を歩いていたので仕方なく慧も続く。
カギがない以上、この人に頼るしかないのだ。
付いて行くと庭園のすぐ横に少し開けた場所があり、
長いテーブルとたくさんのイスが並んでいた。紳士は無言で着席する。
「あの……」
「甘い物は脳を刺激する」
座りなさい、と促された。ジャックもイスに飛び乗る。拒否権はないらしい。
「……思い出したか? あっ、そこのケーキよ、止まれ」
宙に手を差し出すと、フォークの刺さったショートケーキがふよふよ泳ぐ。
「で、誰を……あっ、あっ、そこのミルク、そちらではない。こちらだ」
紳士の前にどんどんお菓子が集まっていく。
ヤバイ。この様子じゃ、一生ここに座ったままで終わってしまう。
「ちょっと! カギ欲しいんだけど!」
「うむ、存じている」
存じてるだけじゃ解決しない。
お菓子の動きが緩まって、それを確認した紳士はやっと落ち着いた。
「カギはケイの中にある」
「…………はい?」
「何故、思い出そうとしない?」
カギなんて持っていないし知らない。
だが質問された事で身体がビクリと反応した。
聞かれているのはカギの事じゃない。
「誰を取り返したいのだ、そして何故その誰かを失った?」
頭が痛い。記憶の内容をそんな風に直接聞かれるのは初めてだ。
今はそれでいい。
これまではそう言われ、どこか安心している自分がいた。
取り戻したいはずなのに。そんな自分が恐ろしい。
本当に全てを賭けてまで助ける気はあるのだろうか?
「目を、背けているな?」
心臓が跳ねると同時にけたたましい音。聞き覚えのあるメロディ。
音の出処が自分だと分かり、ポケットに手を入れると携帯が震えていた。
着信音が辺りに鳴り響く。
「……どうぞ」
紳士に手で示される。携帯のディスプレイには何も表示されていない。
通話ボタンを押して耳に当てた。
鈍い音の後に甲高いサイレン。泣き声と悲鳴。
聞いた事のある風景音。
自分はこの現場を知っている。
嫌なくらいに。
忘れてしまいたいくらいに。
慧は我を忘れて携帯を握る手に力を入れて固まる。
蘇る風景から目を逸らせない。
ただ、一緒に街を歩いていた。それだけ。まさかそこに
車が突っ込んでくるなんて考えもしなかった。
俺よりも前を歩いていたそいつは笑って、次どこに行こっか、
とか話していたはず。
そいつはくるりと振り向き様に俺の顔を見て、
顔色を変えた。
その理由が分かったのはそれから僅か数秒後。
真っ暗な病院。真っ暗な闇と想いの中。
何も出来ない俺は、集中治療の処置を終えて
病室に戻ってきたそいつの手を弱々しく握る。
冷たい。
生きるか、このまま死ぬか。
なんとなく答えは分かっていたがそんなもの信じる気など更々ない。
もう少し速く、もしくは遅く歩いていれば。
苛立ちと同時にすがるような想い。枯れてしまった涙。
ありったけの気持ちを詰め込んで。
否定したものは。
「海、天城海……」
ぽつりと慧は呟いた。携帯からはもう何も聞こえない。
「カイはケイにとっての何なのだ」
紳士の問いに、答えられる。
もう忘れない。必ず取り戻す。
天城海、それは慧にとって。
「俺の……大切な弟だ」
<三、決意と決着を>
「カギは開いた、行きなさい」
大切な人の記憶を取り戻し、慧は紳士に別れを告げて再びアーチをくぐった。
城の扉の鍵が開いていたので難なく城内に来れた、はずなのだが。
「何処行きやがったんだよ! ジャック!」
黒猫・ジャックの姿が見当たらない。
森の時みたいに走り出した訳ではない。気付けば隣に居なかったのだ。
おまけに城内はぐっちゃぐちゃ。
天井にあるシャンデリアが床にあり、代わりに窓が上にある。
そこからカーテンがだらりと下がり、
暖炉はパチパチ火の粉を散らしてこちらに降ってくる始末。
「あつっ……あぁっ、もう、どうなってんだよ!」
「あらあらあらぁ、迷子さんかしら~?」
のーんびりとした声。また誰か来た。
上の窓から純白のドレスを着たお姉さん、夫人とでも言えば良いのか、
が日傘を差してふわりと降ってくる。
「お姉さんが案内してあげるわぁ、ケイちゃん」
突っ込みたい事は多々ある。でも今ままでだって似た様なものなんだ。
今更突っ込んでも意味がないし、何より時間が惜しい。
「なぁに? お姉さんの顔に何か付いてるぅ?」
「いえ……もういいです」
「そぉ? さぁさぁ、行きましょう~」
なんて会話をしたのは三十分くらい前。
デタラメな廊下を窓から中に入ったり、天井を歩いたり、
時には飾られた絵画をめくって隠し扉を抜けたり。
「お姉さん……この絵画さっきも見たぞ」
ちょっと前にくぐった覚えのある女神が描かれた絵画。
「そうねぇ、あら? この部屋も見た事があるわぁ」
「せめて嘘でもいいから否定してくれよ! 迷ってんじゃんか!」
しかもぐちゃぐちゃなせいで方角はおろか何階かすら分からない。
廊下はいつの間にか部屋に変わり今は連なった部屋を歩いている、と思う。
「んもぅ、迷ってるのはケイちゃんよぉ」
「人のせいにすんな」
「あらぁ? 分からないのかしらぁ?」
夫人が急に立ち止まり、室内で差していた日傘を閉じてこちらに振り向いた。
笑顔がない。さっきまでの雰囲気も。別人のような鋭い眼差しが慧を射抜く。
「心の準備は出来たのか、と聞いているのです」
「……っ」
そうだ。何をのんきに迷っている。ここは城の中。
『女王様』の居る、城の中。
「迷いがあるから迷うのです、覚悟を決めなさい」
全てを賭けたゲームの最後。テレビゲームと違ってやり直しはない。
負けたら全てを失う。それでも。
「……立ち止まる訳にはいかねぇんだ、俺は勝つ!」
「頼もしい事よのぅ」
まばたきした瞬間に部屋が一変する。感じた事のある感覚。
「リデル……!」
「待ち侘びたぞ、ケイ」
来たばかりとまったく変わらない、玉座に座る少女。
「これより最後のゲームに移る。依存はないか? 皆の者」
リデルがちらりと視線をやる。
そこにはここに来るまでに会った見知った顔が並んでいた。
「ないよないよ~、始めちゃってくれたまえ!」
川で会った、仮面の人物。
「問題ない……」
ティーパーティーを開いた紳士。
「私もありませんわぁ」
のんびりとした喋り方に戻った純白の夫人。
「どうぞ、始めて下さいませ」
ちゃっかりリデルの膝上に居座っているジャック。
「ケイも異存はないよのぅ?」
「……ねぇよ、始めてくれ」
記憶は戻った。
あと賭けているのはゲームの対価、俺にとって大切なもの、全て。
海。大切な、弟。
「ふむ、良い顔つきじゃ……それではわらわの質問に答えよ、
これが最後のゲームじゃ」
リデルはそう言うと自身の頭上に輝く金のティアラを取り、慧に見せた。
「『女王様』は誰じゃ?」
目を見開く。
何を今更。
「何言ってんだよ、そんなのお前……」
「わらわは一度も『女王様』と名乗っておらぬ、
おぬしが勘違いしているだけじゃぞ」
リデル、と名前を言いかけて手で口を塞ぐ。
その場に居る皆がクスクス笑う。遊ばれている、それこそ今更な話だ。
「わらわたちは今まで嘘は付いておらぬ……それをふまえて
おぬしの質問に一つだけ答えてやる。
『女王様』は誰だ、というのは無しじゃぞ」
チャンスは一回。四人と一匹で確率は五分の一だ。
しかし慧は少し考えたかと思うとすぐ口を開いた。
「……じゃあ、ティーパーティーの紳士に質問。お前は『女王様』か?」
「なんじゃ、そんな質問で良いのか?」
「いい、それとも今の質問内容もダメか?」
「……いや、かまわぬよ、答えてやれ」
質問を逆に聞き返られて、リデルは考えるそぶりをするが紳士に投げかけた。
「…………私は『女王様』ではない」
「間違えればゲームオーバーじゃからな……さぁ、答えてみせよ」
慧は動じない。その姿にリデルや他の人物も驚く。
ついさっきまで自分すら見失いかけていた少年が
目の前でこんなにも堂々と立っている。最早、目に一点の曇りもない。
「『女王様』は、仮面をつけたお前だ!」
指で指し示す。そこにはもう迷いはなかった。
差された仮面の人物は沈黙し、この場の一切の音が消える。
そして、笑い声。
「ははっ! 凄いな、今までの客人の中でダントツ早く答えたぞ!
正解だ、私が『女王様』だよ、何故分かったのかな?」
「ここまでの道のりで聞いた言葉さえ覚えていれば簡単だろ」
慧は、思い出しながら説明を始める。
「リデルは言った、名乗っていないから自分が
『女王様』だとは限らない、と。
ならすでに案内人・死刑執行人と名乗ったジャックは違う」
「そして皆、嘘をついていないのだから、おぬしの勘違いだ、
と言ったリデルも『女王様』ではない」
「そもそも『女王様』が女性に限定されては
リデルと夫人しか居なくなる。リデルじゃないから夫人だ、
そんな簡単な選択肢ではゲームにならない、よって夫人もなし、となれば」
「残った二人の内、片方に『女王様』かどうか聞けば……だよな?」
「お見事、約束通りゲームで預かっていた対価、
ケイの大切なもの全て、つまりアマギ・カイの存在を返そう」
「よ、良かった……!」
これで、海を助けられる!
緊張の糸が切れてその場に座り込む。どれくらいゲームをしていたか
分からないが、とにかく疲れた。
リデルがこちらに歩み寄る、幼い少女でありながら
相変わらず女王のような優雅さがある。
「返すものは、大切なもの全て、じゃ。おぬしが大切なものと
思っておらぬものは戻って来ぬが、かまわぬのか?」
「大切じゃないんだろ? 元から返すのは大切なものって
言ってたのはリデルじゃん、要らないものは別にどうでも良いよ」
「そうじゃったな……少し休んでから戻るか?」
伏し目がちに問われる。寂しがってくれているのだろうか、
そこは年相応の子供だ。だけど自分を待っててくれる奴が居る。
「いや、海が待ってる」
「分かった……大切なもの全てを持たせ、おぬしを元の世界へ」
リデルは目を閉じて手を慧の額に当てた。
祈るような気持ちで。
「……ありがとな、お前らが俺を呼ばなかったら」
「私たちも楽しんだ、礼など要らないよ」
仮面の人物、もとい『女王様』が遮った。
「あぁ……」
やっと笑えた。ゲームなんてバカバカしいと思っていた、
でもハッピーエンドなら悪くはない。
「さらばじゃ、ケイ……」
その最後の挨拶を慧は目を閉じながら心地良く受け入れた」
それが最期だった。
目を開く。真っ白な天井、点滴のチューブに白いベッド。病院だ。
あの時からここまでの記憶が薄い。夢を見ていた気がする。
自分を呼ぶ声を聞いた気がする。
フと隣を見た。
ずっと繋いでたのか右手を握り締めて彼はそこにいた。
「…………?」
何かおかしい。気付いたのは握る手が異様に冷たい事。
握り返して声をかけるが返事はない。
嫌な予感。
「ねぇ、起きてよ、どうしたの……?」
身体を揺らす、冷たい。そのまま重力に従って床に倒れる様を見て
ようやく頭が理解した。嫌な予感はよく当たる。
「け、ぃ……慧! 慧ってば!」
天城慧は何も答えずただ床に横たわっているだけ。
海が点滴なんておかまいなしに慧を抱き起こす。
それでも、慧が動く事はなかった。
リデルが俯く。『女王様』は仮面を外し彼女の肩に手を乗せる。
忠告はした。
でもそれは慧に届かなかったのだ。
『女王様』は非常に悲しそうな表情で呟いた。
「実に残念だ、彼の大切なものの中に、自分自身は入っていなかった」
と。
初投稿から随分と経ってしまいました。
この作品はあたしが二十歳の時に書いたものを
加筆修正したものです。
全てを賭けて、大切なものを取り戻す。
自分が勝利した後に残るものは何なんでしょうね。