70:ノンノ、婚約に一歩近づく
翌日の新聞に、運河の倉庫で海賊たちが捕まったことが記事になっていた。もちろんベガ様が誘拐されたことは書かれていない。
健全世界なので公表してもベガ様に対する失礼な勘繰りなどは出てこないと思うけれど、被害に遭ったことを注目されるのは嫌だろう。
代わりに『女怪盗ゴージャスと名乗る者が海賊を壊滅させたという噂が流れており、ノース公爵家が情報を集めております。皆様のご協力をお願いいたします』と、書かれていた。
いや、海賊たちを倒したのはファビュラスさんとマーベラスさんなんだけど……。まぁ、諜報員が自分の身元がわかるような痕跡を残すとは思えないが。
そうなるとベガ様に自己紹介しちゃった私の情報が載ってしまうのも、仕方がないのかな。
「まぁ、もう二度と女怪盗ゴージャスになる機会はないと思うけどね。透明人間キャンディーだって、また手に入るとは限らないし」
私は新聞を折りたたむと、アンタレスにそう話しかけた。
アンタレスはかれこれ四十分ほど、私の膝の上に頭を置いて芝生に寝転んでいる。
はたから見ればバギンズ家の美しい庭で膝枕をしているイチャイチャカップルだが、正直四十分も経過すれば、江戸時代の罪人が受けたという拷問・石抱を思い出し始める。
アンタレスは小顔だと思っていたけれど、脳みそがみっちり詰まっているんだね。重いよ。足、めっちゃ辛いです。
「あのぉ、アンタレス君、私の足、しびれておりまして……」
これは私が昨日、不用意に国外脱出話をした罰ではない。別件でアンタレスに怒られているだけである。
「ノンノ、きみがノース公爵嬢をスカートの中に入れたことは仕方がなかったんだと思う。だけど恋人として、僕はいい気分にはならない。例え相手が女性であろうとも。約束して、ノンノ。もう二度とスカートに他人を入れないって。返事は?」
「はい……。もう私のスカートの中にはアンタレスしか入れないので、許してください……」
そう約束すれば、アンタレスはむすっとした表情ながらも頬を赤くした。
そして「次からは気を付けてよね」と言って、ようやく膝の上から起き上がった。
アンタレスは幼少期のトラウマを無事回避したからヤンデレにならなかったはずなのに、恋人としてお付き合いを続ければ続けるほどヤンデレ気質が目覚めていくのは、なんでなんだ……?
きみは結局ヤンデレになる運命だったというのかい……?
私はアンタレスから解放された足を伸ばし、襲い来るしびれに泣いた。
「あと、ノンノが色っぽい声を出して見張りの男を誘惑しようとしたことも、気に入らないんだけど」
「もう勘弁してぇ~!」
▽
アンタレスの耳元に顔を寄せて色っぽい声で『だぁ~いすき♡』と百回言う罰、を受けていると。
屋敷の方からお義母様がやって来た。
お義母様はアンタレスとよく似た美女でおっぱいも大きくて優しくていい匂いがして大好きなのですが、今はちょっと会いたくなかったですねぇ。
タイミングが悪すぎて……。
アンタレスに色っぽい声を聞かせるというのがなんだかすごく恥ずかしくて、私の顔はもう茹蛸のように真っ赤になっていた。薬缶を頭に乗せたらすぐさま沸騰しそう。こんなだらしない表情を未来のお姑さんに見せるの、嫌すぎるんですけど。
ちなみにアンタレスも首や耳たぶまで赤くなっている。
罰を受けるのは本当に大変だった。
恥ずかしくてどんどん声が小さくなっていく私の顎を掴み、アンタレスは「もう一回言って」「聞こえないよ、ノンノ」と何度もリテイクを出してくるし。
そして私がなんとか『好き』と言うたびに、アンタレスのエメラルドグリーンの瞳に熱が帯びていくんだもん。表情もバターみたいにとろけていくし。
私の百倍色っぽくなっていくアンタレスにドキドキして、どんどん『好き』と言えなくなっていく。
もうやだ。普段なら全然平気で『好き』って言えるけど、今は無理。アンタレスの色っぽい顔に思考が溶けちゃう。
だいたい私がアンタレスのことをどれだけ好きかなんて、アンタレスは全部知ってるくせに。それをわざわざセクシー声で言うの恥ずかしいよぉ……!
半泣き状態の私に、それでもアンタレスは「これはノンノの罰だから」と言って『好き』を強要した。
アンタレスだって私に誘惑されてメロメロって感じの表情のくせに、強気ですね!? なんなの!?
そうやってお互いヘロヘロの状態だったので、お義母様に対面するのが気まずくて気まずくて……。
私はこちらに近付いてくるお義母様に対して、お辞儀をすることで顔の赤みを誤魔化すことにした。
早くいつも通りの幸薄顔に戻って、私の顔~!
そうやって視線を下に向けていると、横にいたアンタレスが突然立ち上がった。
正気なのか、アンタレス!? 今のきみはエロエロの表情をしているけど、それを母親に晒すとは、なんという勇者だ……!?
「アンタレス、ノンノさん、たったいま良い報せが届きましたよ」
「ありがとうございます、お母様!」
私がちらりと顔を上げると、アンタレスはお義母様から書類を受け取っているところだった。
そしてキラキラした表情で書類を読むと、アンタレスはすぐに私の方へ駆けてきた。
「ノンノ!!」
「わわわっ!? あ、アンタレス様っ!?」
アンタレスは私の両脇を持ち上げた。芝生の上から私の両足がぷらーんと浮かび、まるで高い高いをされる子供のような状態になる。
普段アンタレスは人目のある場所で、こんなに感情を表す人ではない。ご両親や、昔からの使用人に対しても、貴公子である姿しか見せようとしない。
そんなアンタレスがお義母様の目の前で私を持ち上げ、満面の笑みを浮かべるとは。ただならぬ出来事に目をまるく見開いてしまう。
「ノンノ、国王陛下が僕たちの婚約に許可を出してくださったよ!! あとは婚約式で神官様から祝福を受ければ、僕たちの婚約は成立だ!!」
「う、うそ」
耳元で囁かれた言葉に、私も頭がパーンっとなってしまった。
ずっと待っていた朗報に、私もお淑やかなご令嬢の仮面がずれてしまい、アンタレスの首に両腕を回して抱きついた。
婚約式ではパーティーも行われるので、招待状の準備や衣装の制作やらの都合で冬休みに開催を予定している。
つまり二学期さえ終われば、アンタレスとめでたくファーストキスである!!
「わーい!! 嬉しい!! アンタレス、大好き!!」
「僕も本当に嬉しいよ!! 大好きだ、ノンノ!!」
私とアンタレスは庭でくるくる回り、それを見るはめになったお義母様は「あらあら、お二人ともまだお若いから仕方がありませんわね」と、優しく微笑んでいた。
これにて夏期休暇編完結です!
一年ぶりの更新にお付き合いいただき、誠にありがとうございました!
書いていてとっっっても楽しかったです!
つぎは2学期編なのですが、ネタがまとまったら更新再開したいと思います(*´꒳`*)




