67:ノンノ、透明人間になった③
ファビュラスさんとマーベラスさんは、隣国特有の褐色の肌をしていて、目鼻立ちのくっきりとしたエキゾチック美人だ。
ツンデレ口調で元気いっぱいなファビュラスさんはツインテールで、お淑やかな雰囲気のマーベラスさんは髪をシニヨンに結っている。どちらも背も高くて、服の上から見てもナイスバディであることがハッキリ分かるスタイルだ。
前世の世界だったらレッドカーペットを歩く大女優にだってなれただろう。
そんな力強い迫力のある美女二人組が、なぜか薄汚れた倉庫の中に居る。とっても違和感のある光景だった。
「居たぞ! 女だ! それも飛び切り上等のいい女だぜ! よっしゃあ、俺たちの酒を注げ!」
見張りの男は、私が出した色っぽい声をファビュラスさんとマーベラスさんのものだと思い込んだようだ。
そして二人の方へと向かって行く。
「あたしたちにお酒を注げ? なに馬鹿なこと言ってんの、コイツ」
「ウラジミール様のご命令以外で、ほかの殿方にお酌などしたくありませんわ、わたくし」
「さっさとやっちゃって、マーベラス」
「ええ」
優雅なマーベラスさんのどこにそんな俊敏さが眠っていたのだろう、という素早さで、彼女は見張りの男の背後へと回った。そして男の腕を後ろに捻り上げる。
「痛ぇっ!! おい、女! 俺の腕を放せよ!!」
「わたくし、大声を上げる殿方は苦手ですわ。やはりウラジミール様のように、甘く優しくエレガントに語り掛けてくださらないと。さぁ、お眠りなさい」
「うわっ、なにを……!」
マーベラスさんはしっかりと手袋を嵌めた手で、男の首に小さな針を刺した。
見張りの男はびっくりしたように目を見開いていたが、針を刺されたとたんにカクンと首を倒し、そのまま床へと崩れ落ちた。
私は口元を押さえて、必死に驚きの声をこらえていた。
いったい何者なんですか、お二人とも!? プスッて針を刺しただけで見張りが倒れちゃったんだけど!?
え? 死んでないよね、あの男のひと? さすがに死んでないよね?
その答えは、二人の会話ですぐに分かった。
「マーベラス、この男、殺したの?」
「いいえ。眠らせただけですわ。以前からシトラス王国でこの国の民を殺そうとすると、どうしてか必ず失敗いたしますの」
「ええっ!? なによ、それ!? アンタが下手くそだからじゃないの!?」
「失礼ですわね、ファビュラス。わたくし以外の諜報員も全員、殺しの仕事は失敗しておりますわ。他国の諜報員からも同様の話を聞きますの」
「なんでそんなに失敗するわけ!?」
「あちらこちらで囁かれている噂によりますと、このシトラス王国は大陸でいちばん神や精霊が集まる国ですから、どの国民にも一定の加護があるのではないか、と言われておりますわ」
「それで、こんな海賊まで守られているわけ!?」
「ええ。ですから全員半殺しで、シトラス王国の騎士団に引き渡すのが最良ですわ。ファビュラスもナイフの扱いにはお気を付けて」
「うそぉ~! 面倒ねぇ……」
お二人とも、隣国の諜報員だったのね……! どおりでお色気お姉さんなわけだ……!
マーベラスさんが話していたなぞの加護は、きっと健全強制力のことだろう。犯罪者でも穏便に捕まるようになっているんだろうな。
そしてその犯罪者たちも、凶悪犯罪までは達成できないようになっているのだと思う。現に、ベガ様が誘拐された今日に限って、彼女から恩を受けた私は透明人間になっているし。諜報員のファビュラスさんとマーベラスさんまで、なんらかの事情で倉庫に駆けつけちゃったのだから。
それにしても、私、透明人間になっていて良かった。
そうじゃなきゃ、声を押さえていても挙動不審過ぎて、すぐにお二人に見つかったと思う。
「まぁ、どうせこの海賊たちはただの運搬役にすぎませんわ。我が国に持ち込まれた、問題の違法薬物をだれが製造しているのか、吐いてくだされば問題ありません。海賊のことはこの王国の司法に任せましょう。それでじゅうぶん、輸送ルートは潰れますから」
「そうね。我が国に違法薬物を持ち込んで水面下で売りさばいていた伯爵は、この国に逃げ込んだけどもう暗殺しちゃったし。あとは残りの海賊たちを半殺しにして、伯爵が繋がっていた相手を吐かせようじゃない!」
「ええ、ウラジミール様に完璧な仕事の成果を献上いたしましょう」
「待っててね、ウラジミール様!」
ええーっと。隣国で悪い伯爵が違法薬物を売りさばいていて、捕まえようとしたらシトラス王国に逃げてきた。それでお二人が伯爵を追いかけてきて暗殺した、ということかな? こ、怖い話だな……。
それで、暗殺した伯爵がどこから違法薬物を手に入れていたのかを調べるために、取引があった海賊たちを調べに来たって感じみたい。
話を聞いているだけで、心臓がバクバクしてきたよアンタレス……。いますっごくアンタレスが恋しい。
ファビュラスさんとマーベラスさんはそこまで話すと、たくさんの海賊たちが宴会をしている部屋へと向かって行った。
そしてすぐに、男たちの騒ぎ声が聞こえてくる。
「なんだ、このネェちゃんたちは!? いきなりナイフを投げつけてきたぞ!?」
「おいっ、こっちの女も強いぞっ!?」
「ぎゃぁぁぁぁぁ!! 誰か!! 助けてくれぇぇぇ!! 殺されるぅぅぅ!!」
「殺しはしないわよ、ギリギリまでよ! さっ、違法薬物を製造している大元が誰か、答えなさいよねっ!」
「尋問するのは一人で十分ですわよ、ファビュラス。それ以外の者は、意識を刈り取っても問題ありませんわ」
「それもそうね、マーベラス!」
開け放たれた扉から酒瓶や海賊やソファーが飛んできて、廊下の壁に叩きつけられるのが見えた。酒瓶は割れて、海賊は気絶した上にソファーで押しつぶされた。怖ぇぇ……!
こうしちゃいられない! 急いでベガ様を外へお連れしないと、隣国の諜報員VS海賊たちの乱闘に巻き込まれてしまう!
あと、私がファビュラスさんとマーベラスさんの正体を知ってしまったことがバレたら絶対に厄介なことになるので、気付かれないようにしなくちゃ……!
私は廊下の床で眠っている見張りの男を避けて、ベガ様が閉じ込められている物置部屋へと急いだ。




