66:ノンノ、透明人間になった②
さて、ベガ様を救出すべく、私はこっそり荷馬車に乗り込んだ。
荷馬車の荷台には麻袋に入ったベガ様と、五人の男たちがいる。残りの犯人たちは御者席に座ったり、別の馬で並走するようだ。私は小柄な方なので、荷台の隅っこで膝を抱えていれば気付かれないだろう。
私はそう考えて荷台に乗り込んだら、古びた底板がギィギィと音を立てて冷や汗が出た。
だが、犯人たちもまさか透明人間が荷馬車に増えたとは思わず、無事出発した。
私が透明人間になっていられる時間は、あと四十分くらいだ。長丁場は無理なので、早めにベガ様をお助けしないといけない。
荷馬車にいる間にベガ様を救出できれば楽なのだが、犯人たちもベガ様を攫ったばかりなのでかなり警戒していた。
ベガ様が入った麻袋の周りを取り囲み、「反抗すれば刺すからな!」とナイフ片手に脅している。
たぶん倉庫に着いたら、犯人たちの警戒ももう少し薄れるだろう。それまでもう少し待機だ。
ベガ様、今は不安だと思いますけど、もう少し我慢してくださいね。ちゃんと私が救出しますから。
▽
運河に到着した荷馬車はすぐさま煉瓦造りの倉庫へと移動し、ベガ様入りの麻袋を中へと運んで行った。
私も犯人たちを追って、倉庫内へ侵入する。
一階部分が倉庫で、二階部分が事務所らしい。ふだんはあまり使われていないのか、倉庫部分には木箱がいくつか置かれているだけで、ガランとしていた。
犯人たちはゾロゾロと二階に上がる。そして狭い廊下の奥の部屋へと向かった。
扉が開くと、物置部屋のように乱雑に物が積まれた室内が見える。犯人たちはその部屋に麻袋に入ったままのベガ様を押し込むと、扉に鍵を掛けた。
そして扉の前に見張りを一人立たせて、残りの犯人たちはほかの部屋へと移動した。
とりあえず、ベガ様が押し込まれた物置部屋の鍵を手に入れないといけない。
見張りをどう突破するかは、あとで考えよう。
犯人たちについて行くと、狭い廊下の先に大部屋があった。
一歩入ったとたん、たばこと埃の入り混じった嫌な臭いがして、顔をしかめてしまう。
大部屋の中にはソファーや椅子があちらこちらに設置されている。いくつもあるテーブルやサイドテーブルの上にはお酒や飲みかけのグラス、煙草の吸い殻が山となった灰皿が置かれていた。
壁に掛けられたダーツの的にはナイフが何本も刺さり、奥の方にはビリヤード台まで置かれている。いかにも悪者のアジトという雰囲気だ。
犯人は十人近く居て、それぞれ定位置が決まっているのか迷いのない足取りでソファーや椅子に移動すると、ドカッと大きな音を立てて腰を下ろした。
そしてめいめいグラスを手に取り、お酒を飲み始める。
「さぁて、事前の計画通り、ノース公爵令嬢の外出に合わせて貴族街の表通りで騒ぎを起こし、道を封鎖して、裏通りへと馬車を誘導。そこで令嬢を捕まえた。ここまでは無事に達成することが出来たな」
「ああ、完璧な作戦だったぜ」
へぇ~。犯人たちのせいで表通りは通行止めになっていたのかぁ。知らなかった。だから公爵令嬢のベガ様の馬車が裏通りにいたんだね。
「半殺しにした護衛たちは数日は起き上がれないだろうが、一発殴るだけで済ましてやった侍女は、今日中に動き出せるはずだ。侍女のポケットに俺たちの要求を書いた手紙を押し込んでおいてやったから、明日にはノース公爵のところまで届くだろうよ」
「本当かよ、相棒? 侍女が動かなかったらどうすんだよ?」
「忠誠心のありそうな侍女だったから、死に物狂いで令嬢を助けようとするだろ。だがまぁ、手紙がノース公爵に届かなかった時は、……そうだな。令嬢の腕を公爵家に送りつけるか」
「ハハハッ! そいつは酷くていいなっ! 愛娘の腕が届けられた時の公爵の顔がぜひ見てみたいもんだ!」
「とにかく、ノース公爵が動くまでは待機だ。ボスを奪還する前祝いとして飲もうぜ!」
「おおっ!!」
怖ッッッ!!!!
そんなあくどいことを言ってると、健全強制力で消されるからね!?
この世界、正義が必ず勝つからね!?
笑ってお酒を飲んでいられるのも今の内だけだからね!!!!
私は足音を立てないようにしながら、ベガ様の腕を切断するとか恐ろしいことを言った男へ近付く。たぶんこの男が司令塔だ。ベガ様を物置部屋に押し込めて鍵を掛けたのも、この男なのである。
そして物置部屋の鍵は、ほかの部屋の鍵数本と一緒に束にされて、男のそばのサイドテーブルに置かれていた。
鍵に注意を払っている者もおらず、全員馬鹿笑いしながらお酒を飲み続けている。
ふふん、鍵を剝き出しのまま置いておくなんて不用心ね。女怪盗ノンノ様に盗めないものなんてないのよ?
さぁ唸れ、私の透明化チート(タイムリミット残り二十五分)!!
鍵の束を持ち上げる時だけ周囲に見られないように注意して、すぐにポケットへとしまい込めば、鍵の束は透明になって見えなくなった。
私はベガ様を救出すべく、物置部屋へと向かった。
▽
物置部屋の前には見張りの男が一人座り込んでいる。やる気がなさそうに溜息を吐いていた。
さて、どうやってこの見張りを突破しようか。
「はぁ~、見張りとかダリィよなぁ~。早く交代の時間になんねーかなぁ。俺も酒が飲みてぇ。出来れば、いい女が居る酒場で飲みてぇなぁ」
ふむふむ、なるほど。美女に弱いタイプの方ですね。私と一緒じゃん。
では、ここでついに、私の(妄想の中では)いちばん得意なお色気作戦の出番です!
色っぽい声で見張りの男を呼び出し、他の部屋へ誘導して閉じ込めてしまいましょう。
鍵の束を手に入れたので、だいたいの部屋は施錠できるだろう。
というわけで私は近くの部屋に潜む。
この部屋はどうやら資料室のようだ。あちらこちらに本棚が置かれ、床にもたくさんの書類の束が山を形成している。導線が悪く、窓から脱出しようにも障害物が多くて窓に辿り着くまで難儀するレイアウトである。
ここならば見張りの男を閉じ込めるのに最適だろう。
私は資料室の扉を開け放し、色っぽい声を上げた。
「うっふ~ん♡ あっは~ん♡」
「なんだ!? どこからか女の声がするぞ!? 公爵令嬢には猿ぐつわを嵌めたから、声が出せるはずがねぇし……。どっかから女が迷い込んだのか? それならとっ捕まえて、俺たちの酒のお酌をさせるか!」
私の渾身のセクシー声に釣られた見張りの男が、物置部屋の扉の前から動き始めた。
フッ……!
日頃お色気お姉さんごっこをしている私には、この程度のセクシー声で男を誘惑することなど朝飯前なのである!
初めて実行したけど。
見張りの男は「隠れてないで出て来いよ、女! 俺たちのお酌をしろ!」と言いながら、こちらへ向かってくる。
さぁ早く、そのまま資料室に来るんだ。鍵の準備も万端である。
私が息を殺して見張りの男の動きを見ていると———……。
「あら? もう敵に遭遇してしまいましたわ」
「うっわぁ~。いちばん最初に倒される役になるなんて、コイツ、不運な男ね! ねぇ、アンタ。……え~っと、『マーベラス』だっけ? このあいだの子猫ちゃんがくれた偽名は」
「ええ、そうですわ、『ファビュラス』」
「ねぇマーベラス、どっちがこの男をやるわけ?」
「では、わたくしがこの哀れな殿方を眠らせましょう」
「あっそ。じゃあ任せたわ」
廊下の途中にある階段から、つい先日お会いしたばかりのマーベラスさんとファビュラスさんが姿を現した。
なんでだ。




