65:ノンノ、透明人間になった①
ふはははは! 私ノンノ・ジルベストは『一時間だけ透明人間になれるキャンディー』を手に入れた! パート2!
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今回は薄桃色の蝶々(精霊)が小鳥に追い掛け回されていたので、私は正義のヒーローよろしくお助けしたよ。
『親切な少女よ、わたしを助けてくれてありがとう。助けてくれたお礼に、何か一つあなたの願いを叶えましょう』
「透明人間になれるキャンディーをください、蝶々さんっ!!」
そして再び『一時間だけ透明人間になれるキャンディー』を、私は手に入れたのである。
前回は大事に使おうと取っておいたせいで、自分で使うチャンスを逃してしまった。まぁ、それで人助けが出来たのはいいんだけどね……、うん……。
けれど今回は、とにかく自分でこのキャンディーを使ってみたい。透明人間になって、あわよくばアンタレスのお着替えシーンの一つでも見てみたい。
というわけで、貰ってすぐにキャンディーを舐めることにした。
オーロラ色のキャンディーを舐め始めると、私の体がどんどん透明になっていく。ドレスや靴など、身に着けているものも一緒に透明になった。
試しに近くに落ちていた小石を拾ってみる。小石は透明にはならず、空中に浮いているみたいな状況になった。
次は小石をポケットに入れてみる。すると小石は透明になって見えなくなった。もう一度ポケットから取り出すと、また小石が見えるようになる。
なるほど。触れるだけでは駄目で、私が身に着けているもので隠せば透明になるのか。
すごい、すごいぞ私……! ついに念願の透明人間になってしまった……!
これならいくら心の声が聞こえるアンタレスでも、そう簡単に私を見つけることは出来ないだろう。
もはや私の勝利は確実のものですぞ! 必ずやアンタレスのお色気シーンを覗いてみせましょうぞ!
私はこっそりジルベスト家から抜け出すと、バギンズ家に向かって駆け出した。
▽
「……今度はなにをしているの、ノンノ?」
つ、捕まった~!
バギンズ家への近道を通ろうと考え、貴族街の裏通りを走っていたら、逆に我が家に来ようとしていたアンタレスに気付かれてしまい、即行で首根っこを押さえられて捕まった~!
展開が早すぎるでしょ!?
「アンタレス、私のこと見えてないんだよね!? それなのにどうして私を捕まえられたわけ!?」
「ノンノの心の声が聞こえてくる位置と、きみの身長や体型を計算すればだいたい捕まえられる」
「まだえっちもしてないのに私の体を把握しないでぇぇぇ!! アンタレスのムッツリぃぃぃ!!」
「いいから、ほら、ジルベスト家へ戻るよ。大人しくして」
「せっかく透明人間になったのに、なんのラッキースケベ体験もないまま家に帰るのやだー!」
私とアンタレスが押し問答をしているのは、街路樹の影の中だった。現在私が透明人間なので、アンタレスが所かまわず一人で喋る人種に見られないようにするためだ。
とはいっても、貴族街の裏通りを通る人は多くない。お使いに出掛ける使用人や、御用聞きに来た商人をたま~に見かけるくらいだ。
この裏通りを使うと、うちからバギンズ家まで三分くらい短縮できるだけなので、私も普段はちっとも使わない。表通りばかりだ。今日は透明化のタイムリミットが一時間なので、少しでも時間を節約したかっただけである。
「あれ? アンタレスはなんでこの裏通りを通っていたの?」
「……だって、ノンノに三分早く会いに行くことが出来るでしょ」
え? もしかしてアンタレスは、毎回少しでも早く私に会うために、この近道を使ってくれていたの?
もうっ、アンタレスったら……! 可愛いんだから……!
「好き好き大好きっ! アンタレス、愛してる♡」
「……うん。僕もノンノを愛してるよ」
しばらく街路樹の陰でアンタレスと抱き合い、イチャイチャしていると。
「キャァァーー!! あなたたち、だれなのですかっ!? この馬車をノース公爵家のものだと知っていての狼藉なのですか!?」
「ああ、知っているとも!! この馬車にノース公爵家の令嬢、ベガ・ノースが乗っていることはな!! さぁ、どけ、侍女に用はない!! 令嬢をこちらに渡せ!!」
「ベガお嬢様は我々護衛がお守りする!」
「そうはさせるかっ! やれっ、お前たち!」
「おらぁぁぁ!」
「うわぁぁぁ! 強い、こいつら、ただのゴロツキじゃないぞ!?」
なんか急に、裏通りで大事件が勃発した。
私とアンタレスが慌てて街路樹から顔を出すと、一台の馬車を十人ほどのゴロツキたちが襲撃しているのが見えた。
馬車には数人の護衛や侍女がいたが多勢に無勢というありさまで、ゴロツキたちに制圧されてしまった。
そして一人のゴロツキが馬車へ入り、中から一人の少女を引きずり出した。
「あなた方の目的はなんなのです? わたくしに手を出せば、ノース公爵家が黙ってはおりませんわ。すぐにお父様があなた方を捕まえるでしょう」
キラキラ輝く黄金の縦ロール。ルビーのように真っ赤な瞳。女神もかくやというほどの美貌と、まったく露出のないドレスの上からもわかるボンキュッボンのナイスバディ。
どうせこの世界に転生するなら私もこの外見に生まれたかった……、と常々憧れているご令嬢、ベガ様がゴロツキに捕らえられていた。
「俺たちの目的をアンタが知る必要はねぇ。大人しくついて来い。そうすれば護衛や侍女の命までは奪わねぇよ」
「くっ……! 卑怯ですわよ……!」
「卑怯なのはアンタの親父だ。……さぁお前たち、令嬢は捕まえた。ずらかるぞ!」
「おおっ!」
腕を拘束され、猿ぐつわをされたベガ様が、麻袋に押し込められる。どうやら荷物の振りをして運ぶ予定らしく、おんぼろの荷馬車がやって来た。
私はアンタレスに尋ねた。
「アンタレス、犯人たちの名前も犯行動機も、これからベガ様がどこに連れて行かれるのかも、全部読めてるよね?」
「……うん。そしてノンノ、きみの考えもね」
アンタレスは「はぁ~……」深く溜め息を吐くと、私をぎゅっと強く抱きしめた。
「犯人たちは海賊で、ノース公爵令嬢を運河にある倉庫に連れて行くつもりだ。犯行の目的は、現在地下牢に捕らえられている自分たちのボスをノース公爵令嬢と引き換えに取り戻すこと。どうやらノース公爵領で逮捕されたらしいね。ノース公爵閣下が返還に応じなければ、ご令嬢を殺す気でいる。そして最後は仲間の船で逃げるつもりだよ」
「うん、わかった。アンタレスは護衛と侍女を助けて、犯人を捕まえるために援軍を呼んできて」
「ノンノ一人で行かせるのは、本当に心配なんだけど……」
「大丈夫。犯人たちとは戦わない。ベガ様をお連れして無事に逃げてくるからっ」
「本当に気を付けて。無茶はしないで」
「うん。約束する」
というわけで、透明人間チートでベガ様を救出しなくっちゃ!
以前ピーチパイ・ボインスキーの発禁問題を解決するために尽力してくださったベガ様へ、恩返しだ!




