64:アンタレス、発券される
「アンタレス坊ちゃま、ノンノお嬢様が遊びにいらっしゃいましたよ。何やらたくさんのプレゼントをお持ちくださったようです。プレゼントはあとでアンタレス坊ちゃまのお部屋にお運びいたしますので、先にノンノお嬢様をお部屋にお通しいたします」
「え? あぁ、うん。わかった」
父から渡されたバギンズ港の荷揚げに関する資料を読んでいると、執事が自室にやって来て、ノンノの来訪を告げた。
ノンノからプレゼント?
廃墟から戻ってから数日、ノンノは僕に後ろめたい気持ちを垂れ流していたので、お詫びの品でも用意したのかもしれない。
僕がノンノを悪霊から庇ったのは、僕がそうしたかったからだ。ノンノが気に病むことはない。気に病むくらいなら、次の厄介事に巻き込まれないでくれればそれでいい。ノンノにとってはそれが一番難しそうだけれど。
コンコン、と扉をノックする音がする。すでにノンノの心の声が聞こえていたので、僕は確認せずに扉を開けた。
ノンノはガチガチに緊張した様子で立っていた。
「……ノンノ」
(あばばばばば……! ついに来てしまった! しかし、ここで恥ずかしがっていたら、ファビュラスさんやマーベラスさんみたいな酸いも甘いも経験したお色気お姉さんにはなれない! 行くんだ、ノンノ!)
「ファビュラスさんとマーベラスさんって、……ああ、王城で以前お会いした、隣国の第二王子様殿下の影の部隊か」
(さぁ、頑張ってアンタレスにお詫びの品を渡すんだ、私! ああぁぁぁ……、めっちゃ手が震えるよぉぉぉ……!)
「ああ、プレゼントをたくさん持ってきてくれたんだって? ありがとう、ノンノ。あとでうちの使用人が僕の部屋に運んでくれるって聞いたけど」
思考がぐちゃぐちゃしていてノンノの心が読み切れない。なにをここまで緊張しているんだろう。
とりあえずノンノを部屋の中に入れ、僕は扉を閉めた。
いつも通りソファーに腰掛けるノンノの隣に、僕も座る。そして心のなかだけで暴れているノンノの思考を聞きながら、彼女の出方を待つ。
ノンノは頬を桃色に上気させ、僕の顔を見るのも恥ずかし気に視線を床に落としていた。
伏せがちの長いまつ毛が綺麗で、思わずじっくりと眺めてしまう。
(アンタレスも思春期ムッツリ男子なので、私に■■■■■とか■■■■■とか、したいと思うのですが……)
「ゴホッ!! ゴホゴホッ……!!」
相変わらず儚げな乙女の見た目でとんでもない心の声を出すノンノに、僕までつられて照れてしまう。
いったい誰!? ノンノに余計な知識を教えたのは!? 今まで知らずに来たのに、こんな突然おかしいでしょ!?
は? ファビュラスとマーベラス!? あのナイフ使いと毒使いの人か!!!! ノンノに余計なことを教えないでよっ!!!!
ノンノは新たに手に入れた聞きかじりの知識に、わくわくドキドキソワソワでもやっぱりなんだか怖いし恥ずかしい、という心境でモジモジしている。
(私も■■■■■も■■■■■も、したい気持ちは山々なのですが……、でもどうせ強制力で結婚するまでえっちなことは出来ないですし……、あのぉ、とにかくアンタレスが嫌とかではなくてですね? 心の準備がまだ出来てなくてですね? えっと、そのぉ……)
「もういいから!!!! その知識は捨ててっ!!!!」
なんで毎日毎日、こんなに生き地獄を作り出せるの、ノンノは!?
僕は結婚までこれに耐え続けなければいけないわけ!?
先の長さに気が遠くなりそうな僕に、ノンノはついに行動を起こした。
「こ、こちら、私からのお詫びの品となっております……。どうぞ、お納めください、アンタレス君……」
ノンノはぷるぷる震える指先で、一枚の紙を差し出した。
端から見ればノンノはラブレターを渡そうとする可憐な乙女そのものだ。
だが、差し出された薄ピンク色の紙には、『アンタレスのえっちなお願い事をなんでも叶える券♡』と書かれていた。
どうしてこんなチケットを気軽に発券してしまうの、きみは……!
ノンノにきちんと説教をしたいのに、僕の手は僕の意思を裏切って、チケットを受け取ってしまう。
しかも、裏側に書かれた『※注意。使用開始は結婚してからです!』までしっかり読んでしまった。
「あのぉ、その券はまだ使えないので……、今日はコレでアンタレス君のお詫びの品になりますっ!」
チケットを両手で持ったまま呆然としていると、ノンノが再び動き出した。
ノンノはどこからか取り出した、白いウサギの耳のカチューシャを頭に装着し、横から僕に抱き着いた。
「アンタレス君は白バニーノンノがお好きなようなので! バニーガール衣装は結婚するまでお披露目できませんが、可愛い私を堪能してください! さぁ! どうぞ!」
「きみは本当に地獄を作るのが上手だよ、ノンノ……」
今日はあといくつ生き地獄を生成すれば気が済むの、ノンノ?
僕は頭を抱えようとしたが、チケットがぐしゃぐしゃになりそうなので止めた。
そしてこのチケットをどこに保管すればいいのだろうと考えている自分に気が付き、もうどうしようもなくて、僕はノンノを抱きしめた。
あぁ、もう、ノンノが毎日可愛くて腹が立つ……。
結婚までに100枚くらいチケットが貯まってしまう、可哀想なアンタレス。




