53:偽ピーチパイ・ボインスキー、現る④
人だかりの中からアンタレスが回収してきてくれたボインスキーの偽者は、十三、四歳くらいの、体の線が細い少年だった。
シャツにベスト、膝あてのついたズボンとキャスケットという、平民らしい出で立ちをしている。キャスケットの下の髪はちょっとくせ毛混じりの茶髪で、泣き濡れている瞳はアイスブルーだ。頬や鼻のてっぺんに薄いそばかすが散っていて、いかにもモブという雰囲気。親近感が湧く。
モブ少年は私の声掛けに目をまるくした。
「な、仲間……? よく分かんないけど、俺はボインスキー先生に会えるって聞いて、この人について来たんです。名前を騙ったことを謝ろうと思って。ボインスキー先生はどこにいるんですか? どこにも先生らしい人が居ないじゃないですか! ……もしかして、俺をからかうつもりで呼び出したんですか?」
モブ少年は周囲をキョロキョロ見回しながら言う。
どうやら私の外見〝だけ〟が儚げ薄幸美少女過ぎて、ピーチパイ・ボインスキーの正体だとは思えないらしい。だよね、知ってた。
ここで私が『ボインスキーは私です!』と正体を明かしたところで、モブ少年はすんなり信じてくれるだろうか?
なんかこう、作品の裏設定でも語った方がいい?
サインを書いて見せるとか?
だめだ。なにをやっても私の見た目が詐欺過ぎて、説得力に欠けるような気がする。
どうすればこの場でモブ少年が私=ボインスキーであることを信じてくれるか、アンタレスに助けを求める視線を向けたが、アンタレスは『どうやったって無理』というように首を横に振った。
諦めるの早くない?
「からかうつもりはありませんわ。私がきみを呼び出したのは……」
「嘘だ! あなたも俺の本を読んで、嘲笑うつもりなんでしょう! 街の人たちみたいに!」
モブ少年は悲劇の主人公ぶった様子で、「笑いたければ笑えばいいさ!!」と叫んだ。
「どこの貴族のお嬢様か知らないけれど、どうせあなたも、さっきの話を聞いていたんでしょう? 皆から贋作だって、寄って集って責められてさ。そうだよ、どうせ偽物だ。ピーチパイ・ボインスキー先生の名前を勝手に騙ったって、ボインスキー先生みたいな情熱と狂気に満ちたエロい小説なんて、俺には書けっこないよ……。
でもさ、書きたかったんだ。俺もボインスキー先生みたいに、読者の心に火を点けるようなエロい小説が、書いてみたかったんだよ……っ!
あと、あわよくば読者からちやほやされて人気者になって、お金も稼いで、可愛くてエロい女の子千人くらいからモテて、バニラちゃんに俺を振ったことを後悔させてやりたかったんだよ……!」
モブ少年はそう言って、顔をぐしゃぐしゃに歪めながら熱い涙を零した。バニラちゃんって誰だ。
「……ボインスキーだって、まだまだ自分の理想を追い求めている最中です」
ていうか、私は別に小説が書きたいわけじゃないんだ。
ただ心の奥底から、スケベなものが欲しかっただけなんだよ。
この世界にエロ本や十八禁乙女ゲームがはじめから存在していれば、私は創作活動など一切せずに、ただのファンとしてお金を払って「うっへへ~♡」って楽しむ側に回っていたはずだ。
でも、この健全世界では本当にスケベなものはないじゃん。
だから前世の世界でたくさん読み漁ったハーレム系少年漫画や、ちょっと過激な少女漫画を参考に小説を書いているだけだ。
せめて漫画が描ければなぁ。もっとスケベなものが生み出せるんだが。
たった一コマ分の水着姿の女の子のセクシーさを伝えるためには、原稿用紙十枚使ってもまだ足りない。絵という形で視界から脳に入って来る刺激の強さには、文章では勝てないのだ。
でもきっと頑張り続けていれば、いつの日か世界も変えられるはず。一滴の水は岩をも砕く。
私はいつの日かこのシトラス王国に本物の十八禁が生まれる日を夢見て、日々邁進するのだ。
そして今日、私は初めて自分以外にスケベな小説を書こうとした少年を見つけた。
このモブ少年はいま新たに発見されたスケベな原石である。彼を見逃がすわけにはいかない。
「自分を揺り動かす理想があるのなら、書き続ける以外に道はありません。だからどうか、きみも理想を追いかけ続けてほしいです。私はきみのファン第一号だから……!!」
私がそう言って彼お手製の冊子を胸の前に掲げて見せれば、モブ少年は涙に濡れた顔で呆然とこちらを見上げた。
「……俺の本、ほんとうに読んでくれたんですね」
「とっても良かったですわ!」
モブ少年が書いた小説は、確かに粗削りだ。まだまだ改良しなければならない点はいっぱいあるだろう。
だけど、これはじつに素晴らしいスケベだった! ラッキースケベがいっぱいだった! 最高である!!
私がモブ少年にさらに一歩近づくと、彼はキャスケットのつばを上げて私の顔をじっと見た。まだ半信半疑という雰囲気だが、最初の警戒は薄れたらしい。
「あなたのお名前を教えていただいてもよろしいですか?」
「……ラッセ、です」
「ラッセ君。私はきみの書いた小説、とても素晴らしい才能に満ち溢れていると思います」
「ほ、本当に……?」
「ラッセ君はこれから先も、どんどん理想の作品を追い求めるべきですわ」
「本当にそう思う……?」
「もちろん本当です。ラッセ君は天才です。ボインスキーにも比肩いたしますわ」
「それはさすがに言い過ぎだと思いますけど……」
ラッセは苦笑した。
「私がどれだけラッセ君の才能に惚れこんだのか、いまからお教えいたしましょう。私が持つコネを使って、きみを最高のステージに立たせて見せます!」
すでに私の考えを読んでいたアンタレスが、馬車の扉を開けてくれる。
もうね、私がここでボインスキーですって言っても説得力に欠けるからね、場所を移動するしかないよね。
困惑して馬車を見上げるラッセに、私は最高の困り笑顔を浮かべた。
「ラッセ君はボインスキーの偽者を騙っている場合じゃないですわ。ラッセ君を正しく評価してくれる場所まで行きましょう!」
ラッセは理解が追い付いていないという感じではあったが、足を一歩前に踏み出した。
「……よく、分かんないけど、あなたについて行けば、俺の世界が変わる気がします」
ラッセはそう言うと、素直に馬車へと乗り込んだ。
「じゃあアンタレス、出版社までよろしくー!」
「はいはい」
ライトムーン編集長~! スケベな原石を拾ったから、いまから紹介しに行くね~!




