51:偽ピーチパイ・ボインスキー、現る②
最近人気のレストランにアンタレスが予約を取ってくれたので、ランチを食べに行った。その後は街中をぷらぷら歩いて散策する。
「ねぇアンタレス、編集長に提出した新作なんだけど。狼皇帝の後宮の祝いの場面で着るバニーガール衣装は、祝い事の赤でいいかな? なんだか、白バニーも特別なお祝いの衣装に相応しいような気がしてきたんだけど。あえてのゴールドバニーはどう思う?」
「そういうことは編集長に相談して。僕に分かるわけないでしょ」
「じゃあ私が着ているところを想像してみて。赤、白、ゴールド、どのバニーノンノが一番好き?」
「え……、し、……違うっ!! 僕を誘惑しないでって言ってるでしょ!?」
「白って言いかけた? ねぇ、白って言いかけたの? ふはははは!!」
「僕で遊ばないでっ!!」
「だって私は悪女ノンノ様! アンタレスを手玉に取るセクシークイーン!」
「……ノンノ、結婚したら覚えてなよね……」
彼氏が私の色気に参っているところ見るの、すっごく楽しい~っ!
私が悦に入りながら前方に視線を向けると、道の向こうから見知った顔がやって来た。
『レモンキッスをあなたに』の攻略対象者ベテルギウス・ロックベル侯爵令息と、その親友ザビニ・モンタギュー侯爵令息だ。
いつもぴっちりと髪を整えているベルベルの瑠璃色の髪がなぜかボサボサに乱れ、眼鏡の奥のグレーの瞳は疲れ切った色をしている。
そして隣を歩くモンタギュー侯爵令息はというと、栗色の髪を振り乱したまま、目が尖り、両肩が怒りに震えていた。怒髪天を衝くという言葉がぴったりの有様だった。
どういう状況なんだろう? いつも仲良しの二人なのに、喧嘩でもしたのだろうか?
「おや、バギンズ君、ジルベスト嬢。お久しぶりです」
彼らの方も私とアンタレスに気が付き、ベルベルが会釈する。彼は精魂尽き果てた笑いを浮かべていた。
どうやら、喧嘩とはちょっと違うようだ。
ベルベルがモンタギュー侯爵令息に振り回されているという雰囲気だ。
「お二人はデートでしょうか? 素敵ですね」
「ええ、まぁ」
私はベルベルの言葉に取り合えず頷きながらも、モンタギュー侯爵令息に視線を向ける。
ベルベルは私の視線の意味『こいつ、どうした? ご乱心か?』を読み取り、「ははは……」と乾いた笑いをもらした。
「実はザビニが尊敬している著者の新作が極秘で出回っていると噂があり、この夏期休暇中、その噂の出所を探していたのですが……」
なんて虚しい夏期休暇を送っているのだ、モンタギューよ。きみの青春はそれでいいのか。
もっとほかに有意義な時間の使い方があるだろうに。十六歳の若者らしく、美女の尻を追うとか。
作者である私は憐れみの視線をモンタギュー侯爵令息に向けたが、彼は感知せず、叫んだ。
「けっきょく贋作だった! ボインスキー先生の名を騙った誰かが書いた、薄っぺらな駄文だ! あんなの、全然ボインスキー先生の描く楽園じゃねぇよ……!」
「ザビニ、分かりました。分かりましたから、もう気持ちを静めてください。貴方はモンタギュー侯爵家の人間なのですから」
「ベルには分かんねーよ! 俺の気持ちなんか! ボインスキー先生の新刊が読めると思ったら、全然違うゴミを読まされたんだぜ!? こんなのってねーよ!」
「とにかく屋敷に帰りましょう。ザビニの好きな下品な本でも読んで、気持ちを落ち着けてください……」
「下品じゃねぇーよ! ボインスキー先生の作品は至高だよ!」
「ああ、もう、どうでもいいですよ……」
モンタギュー侯爵令息は手に持っていた紙の束を、近くのゴミ箱へと投げ捨てる。
親友の介護に疲れ切ったベルベルは、モンタギュー侯爵令息の腕を引きずりながら、「ではごきげんよう、バギンズ君、ジルベスト嬢」と去っていった。
「はて? 三日ほど前に編集長から聞いたような話題だなぁ……?」
「さっさと説明して、ノンノ」
「説明が面倒だから心を読んでよ」
アンタレスは頭が痛いというようにこめかみの辺りを揉んでいるが、今回の件は別に私のせいではない。偽者を騙る方が悪いのである。
私の心を読んだアンタレスはますます頭を抱えたが、私は先程モンタギュー侯爵令息が捨てた紙の束が気になったので、ゴミ箱から拾い上げた。
ピーチパイ・ボインスキーの偽者を騙る人間が現れることは、実はそんなに珍しくない。
覆面作家をしている弊害か、「実は俺がボインスキーなんだ!」と法螺を吹くやつがたまに居るのである。
けれどそういうやつは証拠を出せずに他人から後ろ指をさされながら消えていくか、出版社に乗り込んでお金をせしめようとして編集長に追い払われるかして、すぐに消えていく。
だが今回のピーチパイ・ボインスキーの偽者は、ご丁寧にも自作小説を用意したらしい。安い藁半紙に手書きで書き込んだものを、糸で綴じて冊子にしている。ページ数から見て、だいたい中編くらいだろうか。
表紙にタイトルはなく、代わりに『あのピーチパイ・ボインスキー先生の幻の新作!』と書かれていた。
「まっ、この健全世界ではね、私以外にスケベなものを作ろうと考えるやつがちっとも居ませんからね。この冊子の中身はせいぜい、私の作品のオールキャラほのぼの二次創作というのが関の山でしょうね」
「ノンノ、二次創作ってなに?」
「どんな健全な作品もよこしまな目で見ることが出来る人間が作った、パッションのかたまりだよ!」
「なんだかだんだん、きみの前世の世界には、きみに似たやつがうじゃうじゃ居るような気になって来たよ」
「もちろん、うじゃうじゃ居たはずだよ!」
私はそう言いながら、冊子を捲った。この時の私は高を括っていたのである。
この世界の健全強制力はラスボス級だ。私の作品のファンやアンチは生まれても、私に続くスケベな創作者が生まれないという状況が長年続いているのだ。そう簡単に私の仲間が生まれるわけがないと……。
私は冊子をぺらぺらと読み進め、戦慄した。
「……これ、えっちじゃん」
ちゃんと読んでみると、ただどストレートに、男性主人公が巨乳美少女百人にモテている話だった。
私は感動した。なにこれ、めちゃくちゃえっちじゃん。実に最高である。続きが読みたい。
これはついに誕生してしまったのではないか? 新たなスケベの担い手が。
「これを書いた作者に会いたい……! アンタレス、私の偽者を探さなくちゃ!! 続きを書いてもらわないと!!」
「なんで一瞬で、偽者のファンになってるの」
「ほら、ここ読んで!! 百人の美少女がうっかりいっせいに転んじゃって、全員の服が脱げてしまうという大ハプニングが!! 最高にえっちだよぉぉぉ!!」
「百人もの人間がいっせいに転んだら、大怪我どころか死亡者が出てもおかしくないと思う」
常識をぶち破る超展開に、私は大興奮である。この偽者は本物の天才だ。
アンタレスは「そんなに興奮すること?」と首を傾げたが、私は冊子を抱えたまま、彼の手を取った。
「モンタギューとベルベルの残留思念を追えば、きっと偽者に辿り着けるよ! お願い、アンタレス!」
私が必死にお願いすれば、アンタレスは仕方がないというように溜め息を吐いた。
▽
アンタレスの力でベルベルたちの残留思念を追いかけていくと、なにやら道の端に人だかりが出来ているのが見えてくる。
ワゴンセールかな? と一瞬思ったが、集まった人たちは何やら怒鳴り声を上げていた。
「アンタレス、あの人だかりは何だと思う?」
テレパシー能力のあるアンタレスなら、彼らが何に集まって騒いでいるのか分かるはず。そう思って尋ねれば、アンタレスは呆れたような表情になっていた。
「どうしたの、アンタレス?」
「あの中心にノンノお目当ての偽者がいるよ」
「え? あの人だかりのなか?」
人だかりに近付いていくにつれて、怒鳴り声の内容がきちんと聞き取れるようになってきた。
「これがボインスキー先生の新刊だと!? 馬鹿を言うなっ! こんなものは贋作だ!」
「ピーチパイ先生ならイケメンを登場させてくださるはずだわ。このヒーローは平凡すぎよ!」
「そもそもヒロインが無個性なんだよ! 魅力のない美少女が百人いたってしょうがねーんだよ!」
人々はそんなことを言いながら、つぎつぎと冊子を投げ捨てた。人だかりの奥の方で「ああ! 俺の本、捨てないで……!」と叫ぶ少年の声が聞こえたような気がしたが、姿は見えない。
どうやって偽者に近付こうか悩んでいると、道の反対側から聞き慣れた声が聞こえてきた。
「ふはははは!! 我々は王立品質監察局だ!! ここにピーチパイ・ボインスキーが姿を現したと聞いている!! おとなしく我々についてこい、この魔王め!!」
私と同じヘーゼルナッツカラーの髪と瞳、そしてチョビ髭を几帳面に整えたお父様が、めっちゃ生き生きした表情で走ってくる。お父様が走っている姿なんて、初めて見たな~。
お父様の後ろから部下らしい人が二人、「さすがはジルベスト局長!」「我らも局長にお供いたします!」とキラキラと輝いた笑顔を浮かべて、ついてきていた。
さて、このままでは偽者がピーチパイ・ボインスキーとして監察局に連れていかれてしまうぞ。どうしよう?
スケベの欠片もない純愛短編を更新したので、ぜひ読んでやってください!
『冬籠もりの魔女と春の王子~100年引きこもっていた魔女ですが、元婚約者の王子が転生して追いかけてきました~』ってタイトルです。長いですね。




