47:ノンノ、グレンヴィル公爵家別荘へ行く⑤
「確かに、妖精王の石像にクッキーをお供えしましたけれど……。お招きにあずかっても、よろしいのでしょうか?」
スピカちゃんは妖精たちからの招待に、青い瞳をパチクリさせている。
普段はあまり表情に変化の無いプロキオンも、この事態に驚いて少し眉を動かしていた。あくまでも少しなところがプロキオンである。
プロキオンはそっとにスピカちゃんに話しかけた。
「……妖精たちの好意に甘えても良いのではないか? こんなふうに妖精の祭りに参加出来ることなど、滅多にないことだと思うが」
妖精はとても清らかな種族で、人間の前に姿を表すことは殆どないと聞く。
そんな妖精たちからお祭りへ招待されるなんて、ヒロインであるスピカちゃんだからこそ手に入れることが出来たチャンスだ。
「それに」とプロキオンが言葉を続けた。
「こんなふうにスピカ嬢やアンタレスやジルベスト嬢と、色んな行事に参加出して思い出を積み重ねていくことは、私にとってとてもかけがえのない奇跡だと思う」
「ぷ、プロキオン様……! そうですね!! 皆さんで思い出いっぱい作りましょうねっ!!」
スピカちゃんがあっさりとプロキオンに陥落した。
もちろん私とアンタレスも陥落し、「お祭りの遊び方を教えますよ、グレンヴィル様!!」「僕も最後までお供します……!」状態になった。
不憫な呪いのせいでぼっち歴が長いプロキオンの純粋な願いに勝てる人間など、私たちの中にはいないのである。
妖精たちは私たちの話がまとまったのを見ると、にっこりと笑う。
「じゃあ、まずはお祭りの衣装に着替えよう! 人間を招待することは滅多にないのだけど、そういうもしもの時のために衣装を用意していたんだ」
「こっちに来て。着替える場所に案内するわ」
「とっても素敵な衣装なのよ。気に入ってくれると嬉しいな!」
お祭り用の衣装とはなんだろう?
妖精たちが着ているのは、草木染の丈夫な布を使った衣装だ。ちょっと前世のアオザイに似ているが、もっとダボッとした感じで、端的に言ってセクシーさはない。森の中で暮らしているため、動きやすさ重視という印象だ。
私たちもそのアオザイに似た妖精の衣装を着るということだろうか?
不思議に思いながら妖精たちのあとをついていくと、巨大な木の根本に案内された。
どれくらい巨大かと言うと、この世界の始まりから存在しているんじゃないかと思ってしまうくらい幹が太くて、もはや前世のマンションみたいに見える。木の幹にはたくさんの窓があり、根本には大きな扉があり、本当にマンションのように妖精たちが共同で暮らしていた。
「ここの最上階には妖精の長老が暮らしていて、真ん中の階はほかの妖精たちの居住スペースなの。ほかの木でもたくさんの妖精たちが暮らしているわ。木と木のあいだには吊り橋が掛けられていて、ほかの木との行き来も簡単なのよ」
妖精たちがどんなふうに暮らしているのかを教わり、私たちはその異文化に圧倒された。
「そして下の階には図書室や医務室などがあって、人間のための衣裳部屋もあるの。さぁ、女の子はこっちのお部屋。男の子はそっちのお部屋よ」
アンタレスたちと別れ、私とスピカちゃんは女子の衣裳部屋へと向かう。
スピカちゃんがこっそり顔を近付けて来て、「妖精のおうちって色々と不思議で、ドキドキしますねっ。お祭り衣装も楽しみですっ」と微笑んだ。私も「そうですね。楽しみですわ」と頷く。
妖精がこじんまりとした赤い木の扉を開けると、木の中をくり抜いて作ったという感じの、壁や天井の端に丸みがあるお部屋が広がっていた。
すでに私たちの衣装を準備していたらしく、二着の衣装が壁に掛けられている。
「わぁっ、浴衣だ……!」
「ゆかた? ゆかたって何でしょうか、ノンノ様?」
用意されていた衣装が前世のお祭りの定番である浴衣だったので、つい驚いて声に出してしまった。浴衣など、このシトラス王国には存在しないというのに。
聞きなれない言葉に首を傾げるスピカちゃんに、思わず焦ってしまう。どう誤魔化せばいいんだろう……。
「そちらの女の子は『浴衣』を知っているのね。そうよ、これは人間用のお祭り衣装『浴衣』なの」
「あら、もしかしたらあなた、ローズモンド家の末裔ね? わたしたち妖精と顔の系統が似ているもの。ローズモンド一族は妖精との繋がりが濃いから、『浴衣』を知っていても不思議じゃないわ」
何故か浴衣の存在を知っている私のことを、妖精たちがそう解釈してくれた。
それを聞いてスピカちゃんも「そういえば妖精の祠の前で、そうおっしゃっていましたね!」と納得してくれた。
ふぅー、良かったよかった。母の実家のことは叔父さんが若い頃に妖精界に失踪したくらいのことしか知らないけど、助かった。
というわけで、妖精たちに着付けを手伝ってもらって、わたしとスピカちゃんは浴衣に着替えることになった。
わたしは黒地に桃の実の柄で、スピカちゃんは白地にレモン柄の浴衣だ。妖精の森で採れる果物なのかな?
スピカちゃんはおっぱいが大きいので、浴衣を着るためにお腹にたくさんの布を巻かれていたが、私はぺったんこなので布を巻く必要もなくシュパパパパッと浴衣を着ることが出来た……。
まぁ、着脱が簡単なのはいいことだ。アンタレスが私の浴衣姿に誘惑されて、「あーれー」展開になっても、やぶさかではないというわけだもの。
……そうだよね。せっかくの浴衣姿だもん。
この機会にアンタレスを誘惑しないでどうする私! アンタレスを私の浴衣姿でムラムラさせてやらなくては! 青少年を苦悶させなくては!
私はアンタレスに襲われる(寸止め)のために一生懸命に髪をアップにまとめ、うなじを出した。
いいね、百点満点のうなじだ、うっふーん♡
私が悦に入って自分の浴衣姿を眺めていると、「ねぇ、ローズモンド家の子」と妖精の一人が私に声を掛けてきた。
「なんですか、妖精さん?」
「お節介だとは思うけど、あなたも妖精の血が流れているから少しだけ忠告しておくね」
美しい妖精は私の隣に来ると、静かに言った。
「もしかしたら、あなたは『他の人間とは考え方が違う』『人間の世界に馴染めない、孤独だな』って、自分の居場所の無さに苦しむことがあるかもしれない」
「え……」
私は自分の長年の苦しみを言い当てられたような気持ちになり、目を見開いた。
確かに私、他の人よりスケベだし、健全世界に馴染めないなって昔から思っている……。小さな頃から、この健全世界で生きる苦しみに歯ぎしりしながら生きてきた……。エロ本の一冊でもあれば私の煩悩は救われるのに、私はなんて孤高の存在なんだろうって、何度も涙を溢してきた……。
これは私に妖精の血が入っているからなの?
「ローズモンド家の人間にはそういう者がよく出てくるのよ。人間よりも妖精の方に考え方が近いの」
「私が、人間よりも妖精の方に考え方が近い……?」
え、本当に? 妖精って私みたいにスケベなの? 失踪した叔父さんもスケベだったのかな? 健全世界が嫌で逃げ出したのかな?
「もしもあなたが世界のどこにも居場所がない、もうこの世界から消えてしまいたいって絶望した時には、妖精の世界においで。わたしたちはローズモンド家の人間を歓迎するわ」
妖精さんはそう言って、私の手を優しく握ってくれた。
もしかしたら妖精の世界だと、ラッキースケベも簡単に発生するのかもしれない。
それだったらアンタレスを連れて妖精の世界に移住するのもありかもなぁ。ぜひアンタレスとくんずほぐれつして暮らしたい。
でも妖精の血が流れているらしい私は妖精の仲間入りが出来ても、アンタレスは妖精にはなれなさそうだからなぁ。アンタレスを連れて移住するのはちょっと無理そうだよね……。
「ちなみに私が妖精になったとして、妖精ってどうやって子供を作るんですか?」
人間以上にスケベな感じかと思って尋ねれば、妖精さんはきょとんとした表情で言った。
「妖精はキャベツ畑から生まれるのよ。人間や動物みたいに穢らわしいことはしないわ」
妖精界に引っ越すことは一生ないな~、と私は思った。




