38:ノンノ、透明人間になる力を手に入れる②
「おはようございますっ、ノンノ様、バギンズ様。……あれ? なんだかお二人揃ってお顔が真っ赤ですけど、大丈夫ですか?」
「……馬車酔いか?」
「プロキオン様、馬車酔いならお顔の色が赤ではなく青になると思いますよ?」
待ち合わせのボードゲーム専門店の前で、スピカちゃんとプロキオンが首を傾げて私たちを見つめてくる。
この世界『レモンキッスをあなたに』のヒロインであるスピカちゃんはピンクブロンドの髪に小さな花のヘアピンを飾り、きれいな青い色の瞳に心配の色を浮かべていた。
攻略対象者の一人であるプロキオンは、黒い瞳に黒い長髪、顔の左半分が生まれつきの呪いによって黒いアザが浮かんでいるという、一見怖そうな外見をしている。そしてあまり感情を表情に出すタイプの性格ではなかったが、今はスピカちゃんと同じように心配そうな目をしてこちらを見つめていた。
「プロキオン様、エジャートン嬢、ご心配ありがとうございます。けれど体調が悪いわけではないので、僕たちのことはお気になさらないでください」
「私もアンタレス様もすごくすごく元気です!」
将来一緒にお風呂に入ることを考えて馬車の中で二人揃って羞恥で死にかけていたなんて、口に出せるわけがない。バカップル過ぎるだろ。
今この瞬間も、色々思い出しそうになっているから危険だ。またジュワジュワ~って頭から湯気が出そう。
考えるなノンノ、アンタレスが私の体を見たいとか凄くエッチなことを言ったことは今は考えちゃだめだ。むしろこれは今夜じっくり考えてキャーキャー悶えるべき議題だし。
今はスピカちゃんたちと仲良くボードゲームを買うんでしょ。私は出来る子、スケベな本性を隠して世間にまぎれる有能女子……!
一瞬アンタレスが「有能……?」と隣で呟いたが、気にしないでお店の中へと突入する。
スピカちゃんとプロキオンも後に続いた。
「わぁっ! ボードゲームがこんなにたくさん! 初めて見るゲームもたくさんありますっ」
「こういう店は初めて来た。アンタレスたちはよく来るのか?」
店の中の棚やテーブルに、様々なゲームが並べられている。
王道のチェスは貴族向けにクリスタルで出来ていたり、新作の人生ゲームが目立つところにディスプレイされていたり、ちょっとコアなバックギャモンなんかも置かれていた。
スピカちゃんとプロキオンが瞳をキラキラさせながらゲームを見つめ、話しかけてくる。
「最近はあまり来ていませんでしたけど、幼少期はよくノンノ嬢と訪れました」
アンタレスがプロキオンの問いかけに、穏やかな口調で返す。
このお店の近くにカップルに大人気のカフェがあって、イチャイチャするカップル見たさによく出掛けたのだ。新しいボードゲームを買うのはついでだった気もする。
私とアンタレスの歴史は、多くを語らなければ本当に清らかな初恋っぽく聞こえるなぁ。
というわけで、私たち四人はそれぞれ興味のあるボードゲームを探し、どれをグレンヴィル公爵家の別荘に持ち込むか話し合った。
▽
「結局どのボードゲームも面白そうで、四つ全部購入してしまいましたねっ」
「夜通し遊べますね」
楽しそうな笑顔を浮かべるスピカちゃんに、私もつられて困り笑顔を浮かべながら答える。
「お友達と夜通し遊ぶなんて初めてでわくわくします!」とスピカちゃんが言い、プロキオンも瞳をキラキラさせながら頷いた。
無事にボードゲームを購入した私たちは、荷物を馬車に預けると、近くにあるカフェに移動することにした。幼少期にカップル目当てで通ったカフェである。
あの当時はオープンしたばかりだから目新しさもあって、カップルに人気だったのだろう。だが今ではその人気も落ち着いて、老若男女問わず訪れる名店になっているのだ。
当時の名物だった『カップル限定きゅんきゅんパフェ』は今でも変わらず、カップルに人気のメニューとして君臨しているのだろうか?
……アンタレスと食べたいな、きゅんきゅんパフェ。
小さい頃はアンタレスとカップルじゃなかったので、注文しようという考え自体がなかったけれど。
今の私たちは両家公認カップル。きゅんきゅんパフェを食べさせ合っても何の問題もない。
問題はないのだけど……。
アンタレスがとんでもないことを言った後だから、気持ちがうにゃうにゃしちゃって、アンタレスと一緒に居るのがいつもより恥ずかしい。
今だってカフェに向かって石畳の道を歩いているはずなのに、なんだか靴の裏がふわふわする。
こんなんじゃ、パフェを一緒に食べたら天国まで行ってしまうかもしれない。
恋をするって大変だ。
アンタレスのたった一言が一大事件になってしまう。
私の歴史を塗り替えていく。
世界中に向かって叫びたい。『隣を歩いているアンタレスくんは、実は私の裸が見たいとか考えちゃうんですよー!!』って。
「なんでそんなこと、世界に向かって報告したいわけ……」
アンタレスが私の思考に突っ込んできたが、そんなこと私にだって分からない。
自分の中に抱えきれないほどスケベな出来事だったから、大声で叫んで発散しないと自我が溶けてしまうのかもしれない。
そうこうしているうちに、目的のカフェが見えてきた。
私はスピカちゃんとプロキオンに、「あのカフェですよ」と教えようとすると。
「待って、ノンノ! 危ないっ! プロキオン様とエジャートン嬢も、それ以上先へ進まないでください!」
急にアンタレスに抱きしめられた。
いったい何事かと思ってアンタレスにしがみつく。
するとカフェの横にある狭い小路から、二人組の男女が飛び出してきた。
「誰かっ! 助けてください!!」
「悪い人たちに追われているんです……っ!」
助けを求める男女の後ろから、「おいっ、待ちやがれ!!」「絶対に逃がさねぇぞ!!」「男の方はボコボコにしちまえ!! 女は花街へ売らなきゃならねぇから、怪我はさせんなよ!!」「分かってる!!」という不穏な声が聞こえてきた。
そしてすぐに、いかにも悪者っぽい男たちが四人現れる。
「……つまり、追っている側が悪人ということか。スピカ嬢、少し離れていてくれ」
プロキオンはそう言うと、拳を構えた。
そして素早い動きで、四人の男たちを体術だけで倒していく。
「なんだ、こいつは!?」
「おい、やめろ! やめてくれ!」
「俺達はただ雇われただけで……っ!」
「うわぁぁぁぁ!!」
悪人たちはプロキオンによってあっけなく叩きのめされ、恐れをなして逃げ帰っていった。




