28:ノンノ、裏山伝説を作る⑤
恋人と二人きりで辺りを散策したいから、と言って、私とアンタレスはスピカちゃんたちから離脱した。
結局当初の予定の通りである。
ただ、ベルベルとモンタギュー様がずっとプロキオンに怯えていたので、ちょっと罪悪感があったけれど。私たちが居なくなったあと、四人でどんな会話をするのかなぁ。さっきは全然喋っていなかったし。
でもスピカちゃんのヒロイン力で橋渡しが出来るかもしれないから、モブの私がでしゃばることもないよ。なるようになるって、うん。
「それでノンノ、本当に裸婦画を山のなかに隠さなくていいの?」
「うん。もういいの。私のわがままに巻き込んでごめんね、アンタレス」
「いいよ。昔から慣れてる」
熊が本当に生息している山にエロ本を隠すのはとても危険だ。
私もアンタレスも危ないし、もし本当にエロ本伝説が出来てしまったら、探索する冒険者も危険な目に遭ってしまうかもしれない。
私のしたことで傷付く人が出たら、私は絶対に後悔してしまうから。
だから潔く、エロ本伝説は諦めよう。
「でもね、けっこう頑張って描いた絵だから、アンタレスには見てほしいな」
「えぇ……」
「ちょっとだけでいいから~」
私とアンタレスが居たのは、小さな滝がちょろちょろと流れる岩場だった。
滝の下には澄んだ水溜まりがあり、とてもきれいだ。水の表面には木々の影が映り、風が吹く度に表面にさざ波ができる。それを眺めているだけでうつつを忘れてしまいそうだった。
私はちょうどいい高さの岩の上にリュックを置くと、中から『エロ本』と記入した封筒を探す。バレないようにと奥深くに隠したのだ。
「いでよ、自家製エロ本!」
封筒からスパンっと取り出した一枚絵が、勢いをつけすぎて私の手の中から吹っ飛んだ。
「ああっ! 私の不○子ちゃんがっ!!」
エロ本が吹っ飛んでいった先は、運悪く滝の下の小さな水溜まりであった。
ぺちょり、とエロ本が水の表面に触れる。
そのまま濡れて沈んでいくかと思いきや、突然、水溜まりの底から黄金の光が放たれた。
「なにこれぇ!? 超常現象!? 怖っ!」
「ノンノ、岩場から離れてっ! まさか山の神の怒りに触れたとかじゃないよね!?」
大聖堂の聖なる樹みたいに、スケベな人間が触れると異常事態が起こるんですかね? 健全世界のバグですか?
怯える私と、警戒しているアンタレスの脳内に直接、鈴の音を転がすような美しい女性の声が聞こえてきた。
ーーー〔この水溜まりに落としたのは、『普通のエロ本』ですか? 『素晴らしいエロ本』ですか?〕ーーー
「金の斧展開だぁぁぁぁ!!!!」
「え、なにそれ、危険なイベント?」
「正直者に幸運が訪れる童話ですっ! 女神様ーっ、私が落としたのは『普通のエロ本』ですー!!」
これできっと、正直に答えた私に女神様からもっとスケベなエロ本が貰えるはずだ!
ニヤニヤして待つ私に、女神様は期待通り答えてくださった。
ーーー〔正直者のあなたには、『普通のエロ本』ではなく『素晴らしいエロ本』を差し上げましょう〕ーーー
「やったぁっ!」
跳び跳ねる私の横で、アンタレスはなんとも言い難い複雑そうな表情をしている。
女神様の言葉のあとに、水溜まりから光り輝く『素晴らしいエロ本』が姿を表した。
もとはエロ本とは名ばかりの一枚絵なので、『素晴らしいエロ本』とやらも同じ一枚絵のようだ。ピカピカと宙に浮いている。
私は手を伸ばし、それを恭しく受け取った。
『素晴らしいエロ本』から発光が少しずつおさまり、その全容を露にするーー……。
私の渾身の力作が、抽象画に変化していたーーー!
この世界も加工技術がすごいですねーーー!?
「まさかそんな……っ、あんまりです、女神様ぁ……!」
ひざをつく私に、アンタレスは「僕はそんなことだろうと思っていたけどね」と、溜め息混じりに呟いた。
▽
健全強制力で抽象画になってしまったエロ本を抱え、私たちはとぼとぼと空き地へ戻った。
そこでばったり出会った美術教師が私のエロ本を見て、狂喜乱舞した。
「ジルベストさん、この素晴らしい裸婦画はいったいどうしたんですか!?」
「……山で拾いました」
「ああ、もしかすると神が地上に残した聖遺物かもしれません!! 偉大な発見ですよ、これは!!」
「もしよろしければ、先生に差し上げますわ……」
「いえ、これは全人類に見てもらわなければいけません!! 大聖堂と王立美術館に連絡しなければ!!」
私・作、水溜まりの女神・加工修正のエロ本は、大聖堂の鑑定の結果、神の聖なる力が確かに宿っていると認定された。
ただ、この国ではあまたの神がいろんなものに力をお与えになられるので、聖遺物としての価値はそこそこだ。というわけで大聖堂ではなく王立美術館の裸婦画のコーナーに収蔵されることになった。
こうして貴族学園の裏山には、芸術の神が宿るという伝説が出来たのである。




