22:ノンノの幼馴染みヒロインごっこ
今日は、Wデートでスピカちゃんとお揃いで買った髪飾りを着けて学園に登校してみた。
私が購入したものは桃色ベースの天然石や硝子ビーズが付いたデザインで、スピカちゃんがレモン色ベースの髪飾りである。私はヘーゼルナッツカラーと言う茶髪モブ族なのでたいていの色を使っても違和感がないのだけど、スピカちゃんはピンクブロンドなので合わない色も多くて大変だと言っていたのは記憶に新しい。
べつにピンク髪にピンクの髪飾りも可愛いと思うけどなぁ。映えないのかな。
クラスの女子生徒達に似合うと褒めてもらえたことに気を良くし、私はさらなる世辞をもらおうとアンタレスを探しに行くことにした。昼休みにも会うのだけど、早くお披露目したいのである。
「可愛いよ、ノンノ」って頭を撫でてもらって、アンタレスをメロメロにしてやるのだ。ふへへ。
アンタレスは図書館の窓辺に置かれたソファーでうたた寝をしていた。
肘掛け部分に凭れるようにして眠るその姿は、スリーピングビューティーもびっくりの姫っぷりである。なんで寝ているだけなのに麗しいのだ、アンタレスよ……。
「やっほー、アンタレス……」
声をかけようとして、ふと口をつぐむ。
もしかしてこれって、アンタレスにキスするチャンスでは?
私とアンタレスは恋人になってから、何度もキスに挑戦しようとしてはことごとく失敗している。
ある時は私が怖じ気づき、ある時は人に呼ばれて中断を余儀なくされ、またある時は突然どしゃ降りの雨に降られたり、蜂に襲われそうになったり(主に私)、鳥にフンを落とされたり(いつも私)。失敗のバリエーションが多すぎる。
これはもはや乙女ゲームの健全強制力なのでは? と私は考えた。
だって『レモンキッスをあなたに』ではスピカちゃんが攻略対象者と婚約が結ばれてから、ようやくキスシーンがあるのだ。
私とアンタレスも、婚約式が終わるまでは初めてのチューすら出来ない可能性が高い。
なんなんだ、この健全ゲームは! もっとチュッチュさせなさいよ! こちとら初彼氏に浮かれポンチの十六歳なんですよ! 配慮して!
怒りと絶望に初キス問題から目を背けるようになった私だけれど、アンタレスが眠っている今なら……やれなくもないのでは……?
心のなかでエンジェルノンノ(SSR)が言っている。
『だめよ、ノンノ! 相手が眠っている間に唇を奪うだなんて、とんでもないセクハラよ! アンタレスだって、きっとショックを受けるわ。彼はとても乙女なんだから!』
デビルノンノ(N)が鼻で笑っている。
『アンタレスだって可愛い顔をしても男なんだよ。彼女からお目覚めのチューをもらえれば、なんだかんだ嬉しいんじゃないの? 眠っている間にアンタレスを一皮むけた男にしてやろうぜ!』
『ばか! ばか! ノンノは眠っている時にアンタレスにキスされたらどう思うの? びっくりするし、恥ずかしいでしょ! もしかしたら涎が垂れていたかもとか考えて、気に病んじゃうでしょ! ちゃんと意識があるときに万全の態勢でキスしたいって思うでしょ!』
『だってぇ……、せっかくのチャンスだしぃ……』
『だいたいノンノ、歯磨きは朝にしたっきりでしょ! いつもアンタレスとキスに挑戦するときは、直前に歯磨きし直してミントキャンディーも舐めて準備万端にするくせに! 口がくさいってアンタレスに嫌がられたら、どうするの?』
『あうぅぅぅぅぅ……』
歯磨きグッズは教室だし、ミントキャンディーは家に忘れた……。
私はエンジェルノンノに屈し、泣く泣くキスを諦める。
だがしかし、キス以外にもやりたいことはまだあった。
少年漫画王道の、主人公を毎朝家まで起こしに来る幼馴染みヒロインごっこである。
私は正真正銘アンタレスの幼馴染みだが、彼を起こしに行ったことなど一度もない。貴族にとってそれは侍女や侍従の仕事だし、前世の日本社会でも幼馴染みが起こしに来るなど普通はない。目覚まし時計か家族の役割である。
それなのに二次元では定番ネタとして扱われ続けてきたのは、たぶんきっと、寝起きに幼馴染みヒロインの可愛い顔が見れたらハッピーだからである。
よし、やろう。
幼馴染みヒロインごっこで、アンタレスを幸せにしてあげよう。
ベッドで眠るアンタレスにやれたら完璧だったけれど、ソファーでも別にいいのだ。こういうのはシチュエーションよりも、馬鹿になって役に成りきることが大事なのである。
私はアンタレスの座っているソファーの空いたスペースに腰かけると、壁ドンならぬソファードンをして彼に顔を近づけた。
「ア・ン・タ・レ・ス。早く起きないと学校に遅刻しちゃうぞ? もうっ、アンタレスはお寝坊さんなんだから。私が居ないと駄目なのね♡」
「う………ん……」
「朝ごはん冷めちゃうよ~」
だんだん気持ちが幼馴染みヒロインから、新妻の気分になってくる。
「あ・な・た♡ 会社に遅刻するわよ~」とアンタレスの頬をつついていると、ようやくアンタレスの瞼がゆっくりと開いた。
「……ノンノ?」
寝起きのぼんやりとした口調で、アンタレスが言う。
その様子にキュンとして、
「はい、あなたの妻のノンノですよー」
と、私はニコニコ答えた。
「……そうか、これは夢か」
「え?」
アンタレスが蕩けるような笑みを浮かべる。
そしてそのまま私を両腕で抱きあげ、彼の膝の上へと乗せられた。
ーーーえ?
お膝抱っこというとんでもない状況に、私の頬がカァッと燃えるように熱くなる。
な、なに、この、この体勢、めちゃくちゃアンタレスと接触しちゃってるんだけど? え? 前にアンタレス、背中にアンタレスの腕、お尻の下にアンタレスの太ももって……? ほんとちょっと待っ……。
「僕だけの奥さん、今日もすごく可愛いね。大好き」
「ゴフッ……!」
あまりの胸の痛みに、一瞬、血でも吐いてしまったのかと私は思った。
アンタレスは瀕死の私などお構いなしに、けれど髪飾りをずらさないように私の頭を撫でる紳士ぶりを見せながら、何度も「かわいい」「大好きだよ」と言って、もう一度お眠りあそばされた。
アンタレスをメロメロにしに来たのに、なぜこんなことに……!
私は予鈴でアンタレスが飛び起きるまで、彼の腕のなかで羞恥に身悶えていた。




