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2:ノンノ、友人が出来る




 アンタレスと一緒に中庭へ戻ると、アンタレスの母親であるバギンズ伯爵夫人が嬉しそうに私たちのもとへとやって来た。

 どうやらアンタレスはゲームの設定通り、他人の悪意に怯えて引きこもりがちになっていたらしく、バギンズ伯爵夫人はアンタレスが屋敷から出て私と一緒に遊んでいる(ように見える)のが嬉しかったらしい。


「アンタレスと仲良くしてくださり、お礼申し上げますわ、ノンノさん」


 バギンズ伯爵夫人はテラスに居た私の母を呼び、別室にて四人のお茶会が始まった(他の方々はまだ中庭で趣味の会を続行中)。

 お茶会というか、まぁ、私をアンタレスの友人にしても大丈夫そうか確かめるための面接という感じかもしれない。

 出されたお茶もレモンタルトもおいしいし、そういう親心もわからなくはないから、構わないけれど。

 バギンズ伯爵夫人の隣に腰かけた母も、嬉しそうにレモンタルトを食べている。


 ……それにしてもバギンズ伯爵夫人、さすがは攻略対象者の産みの親だ。アンタレスと同じ淡いブロンドと本物の宝石にも負けないエメラルドグリーンの瞳が美しい。こんな六歳児にも丁寧に接してくださり、とてもお優しそう。


 そしてなにより、おっぱいがふくよかで素敵だ。


 昼用のドレスなので胸元はしっかりと隠されているのに、お胸様から溢れるオーラがすごい。目力という言葉があるけれど、これはさながら乳力だろうか。

 バギンズ伯爵夫人の言葉に微笑み、返事をしつつもついつい目線がお胸様のもとへ下りていく。はわわ、バギンズ伯爵夫人しゅごいボリューミー……。


 うっかりバギンズ伯爵夫人に誘惑されそうになった私の脇腹を、一緒のソファーに腰かけているアンタレスがぷにっと摘まんだ。痛くはないけれど、柔らかい腹肉を摘ままれると「あひゅっ」って声が出そうになる。

 口許に両手を当てて声を殺し、私は犯人に視線を向けた。

 私の心などガチでお見通し系男子アンタレスが、頬を紅潮させながら睨んでくる。


 ごめん、アンタレス。きみのお母様を不埒な目で見てしまいました。

 でもほんと、心の中で思うくらいは自由にさせて欲しい。


「ノンノさんは将来どんな女性になりたいかしら?」

「私は……」


 バギンズ伯爵夫人は子供の私を楽しませようと優しい声で会話を広げながらも、私の人となりを吟味するように尋ねてくる。

 そしてその質問に触発されて、私の脳裏に前世からの憧れがよみがえった。


 ボンキュッボンのナイスバディになって、ボタン付きのシャツを着て、なんらかのラッキースケベによって胸元のボタンを弾け飛ばしたい。しかも絶対に観衆にさらされた場所でだ。

 はだけたシャツを必死で押さえながら「いや~ん♡ 恥ずかしい~♡」とか言って赤面してみたい。しかも必死に押さえている小さな手では胸の谷間がまったく隠せていなければ最高だ。


 ーーー雨に濡れ透け、風にパンチラ、そんなお色気担当お姉さんキャラに、私はなりたい。


 ついでにあだ名が『ボインちゃん』になれば言うことなしである。

 男性から隠れてそう呼ばれていたら、もうこの世に未練はないだろう。


「ゴフッ、ごほっ、ごほっ!」

「あら、アンタレス、お茶が熱すぎたのかしら? 気を付けて飲むのですよ?」


 隣でアンタレスが紅茶を吹き出し、バギンズ伯爵夫人が侍女にハンカチを持ってくるように指示を出した。

 他人の心を読めるって、やっぱり大変なのね……。


 アンタレスが受け取ったハンカチで口許を拭うのを尻目に、私は先程の質問に応える。


「私はバギンズ伯爵夫人のような、魅力溢れる素敵な女性になりたいです」

「あらまぁ、ノンノさんたっら、まぁまぁ、おほほほほ。嬉しいことを言ってくださるのね。きっとジルベスト夫人のご教育が素晴らしいのねぇ」

「バギンズ夫人を前にすればどの年代の女性もノンノと同じことを仰いますよ。もちろん私もですわ」

「あらまぁ、まぁまぁ、ジルベスト夫人まで嬉しいことを」


 うふふふふ、おほほほほ、と母とバギンズ伯爵夫人が楽しそうに笑い合う。


 アンタレスが怖い顔をして私を凝視しているけれど、別に良いじゃないか。

 バギンズ伯爵夫人のような素敵な(おっぱいの)女性になりたいのは嘘じゃないし。お茶会は円滑に進んでいるし。


 これが処世術というものだよ、アンタレス君や。


 パチンっとウィンクして見せると、アンタレスは真っ赤な顔のまま口をつぐんだ。


「アンタレス、ノンノさんと仲良くするのですよ? ノンノさん、また我が家へご招待しますから、ぜひ遊びに来てくださいね」

「……はい、お母様」

「ありがとうございます、バギンズ伯爵夫人。今からとても楽しみです」


 こんな感じで私とアンタレスの交遊は、両家からあたたかく見守られる結果となった。





 私がアンタレスの家に通うことを良しとした理由は、もちろん彼のヘビーなキャラクター設定に同情したからというのもあるけれど、家から脱出出来るのが単純に嬉しかったからである。


 六歳の貴族女子が好き勝手に屋敷の外に出られるわけがない。

 アンタレスに出会う前の私の生活といえば、家庭教師から勉強を教わる以外に特にすることはなく、ハンカチ遊びでブラジャーを作るのに最適なハンカチのデザインを考えたり、今日こそはセクシー人参やセクシー大根が仕入れた野菜に混じっているのではないかと厨房へ確認に行ったり、庭でおっぱいの形にそっくりな木のコブを発見して触りまくったり、階段下の棚の中に隠れて侍女たちのスカートからチラリと見える足首をひたすら覗いたりしているだけの非常に楽しい毎日だった。


 だがしかし、そろそろ新しいスケベに出会いたい。


 私がそう思うのも無理からぬことで、バギンズ伯爵家へ出掛けることはチャンスを掴むきっかけになると思ったのだ。


 実際バギンズ伯爵家へのお出掛けは楽しかった。

 馬車で通りすぎる場所場所には様々な人たちがいて、特に上半身裸で汗だくになって力仕事をする若い男性を見るのは格別だった。

 時々お会い出来るバギンズ伯爵夫人のお胸様はいつでも変わらぬ吸引力で私の視線を奪っていくし。侍女たちの制服も我が子爵家のものよりグレードが高くてすごく萌える。

 素晴らしいところを挙げたら切りがないくらいだ。


 不思議なことにアンタレスは、そんな私にドン引きしたり呆れたり頭を抱えながらも、けっして私を出禁にすることはなかった。


 そういうわけで私とアンタレスは会う度に一緒に屋敷内を歩き回ったり、庭でヒューマンウォッチングの張り込みをしたり、お茶をしたり、アンタレスの部屋でそれぞれ好きなことをして過ごしたりした。


 そしていつの間にかアンタレスは屋敷の外にも出掛けられるようになり、私なしでも他人と会話が出来るようになった。

 そうなってくると必然、貴族的な活動ーーー他家のお茶会に参加するということになるわけでして。





「公爵家のお茶会とか初めてなんですけど……。ねぇアンタレス、私、場違いじゃない?」

「場違いでも傍に居てよ。ノンノ、絶対に僕から離れないでね」

「否定してほしい、切実に」


 バギンズ伯爵夫妻に連れられて、アンタレスと一緒にとある公爵家のお茶会へと出席することになってしまった。

 我がジルベスト子爵家は下級貴族の部類なので、こんな上級貴族が集うお茶会に招待されることはほぼない。バギンズ伯爵家のお茶会に参加したのだって、うちの母とバギンズ夫人が学生の頃に同じ手芸部だったという縁から誘われただけである。

 もちろん淑女のマナーは家庭教師によりすでに叩き込まれているけれど、やはり緊張する。うっかりケーキのお皿をひっくり返して生クリームまみれになってしまったらどうしよう。私が生クリームにまみれても、喜ぶのはロリコンしかいないだろうし。


「……ノンノの方が僕より緊張してないじゃないか」


 アンタレスがボソッと言う。

 彼に視線を向ければ、肌がいつもより青ざめていた。


「アンタレス、やっぱり怖い? 今からでもバギンズご夫妻に体調不良だって言いに行く? 別に逃げてもいいと思うよ」

「……このまま参加する」


 アンタレスが私の手をきゅっと握りしめる。緊張からか、冷たい汗をかいていた。

 私からも手をしっかりと握り返す。


「どうせ今逃げたって、生きている限り僕はこの能力に悩まされ続けるんだ。それなら早く、他人の悪意に慣れてしまいたい」

「アンタレス……。すごく格好いいこと言うんだね。本当に偉いよ!」

「だから傍に居て、ノンノ」


 エメラルドグリーンの瞳が私をすがるように見つめてくる。

 こんなに弱っていて、こんなに私を必要として居る友人をどうして見捨てられるだろうか。


 私は手を繋いでいない方の手で、自分の胸にぽんと手を当てる。


「アンタレスの傍に居るよ。あんまり役には立たないと思うけれど」

「一緒にいるだけでいいんだ。ノンノは僕の御守りだから」


 アンタレスはそう言って、少しだけ口許を緩めた。


 傍にあるだけで厄から身を守れるかもしれない御守り。“かもしれない”というところがみそで、効力はその人の気分次第みたいなものだ。

 私が傍に居るだけで他人の悪意から身を守れるかもしれないと、アンタレスがそう思って気分が良くなるのなら、私は頑張って御守り役になろうではありませんか。


 お茶会の受付が終わったバギンズ夫妻が、ちょうど私たちに振り返った。

「さぁ行きましょう」と声をかけてくれる。

 私とアンタレスは返事をし、手を繋いだままバギンズ夫妻に歩み寄った。





 お茶会は大きな広間で開催されていた。

 バギンズ伯爵夫妻に紹介された方達にきちんと挨拶してまわり、それが終わる頃にはすでにアンタレスの肌が青白から土気色にまで変わっていた。つまり死にそうである。


「大丈夫なわけないよね、アンタレス……?」


 心配になって尋ねると、アンタレスは喋るのも辛いというように一度だけ首肯した。

 どうやら大人たちの悪意を読み取りすぎたらしい。

 これから子供たちが集まるテーブルに移動する予定だったけれど、ここでリタイアさせた方がいいかもしれない。別室で休憩出来ないか、使用人に聞いてみよう……。


「……いや、いい。参加する」

「でもアンタレスの顔色かなり死んでるよ?」

「ここまで来て脱落するのは悔しい……」


 意外と負けず嫌いなことをおっしゃいますのね。


「限界が来る前にちゃんと言ってね?」

「ん……」


 子供たちの社交くらいなら、私にもなんとか出来るかもしれない。前世で学生生活を経験している分、同世代の子との会話には慣れている。


 あれでしょ、要は相手にマウントを取られても穏やか~に微笑んで相槌を打っていればいいのだ。

 それで我慢が出来なくなったら相手に気取られないよう爽やかにマウント返ししてほくそ笑んだり、返せるマウントがなければ『はぁぁぁぁぁ!? 貴方様のお話なんて一ミリも興味ありませんわぁぁぁ!?』って心の中だけで荒ぶって地団駄を踏んで世界を滅ぼす妄想でもしていればいいのだ。

 私は基本的には世界平和を願える良い子だけれども、毎日願いつづけられるような精神状態は維持出来ないのでね。


 そういうわけで私たちは子供のマウント合戦……ではなくお茶会に参加し、目の上のおチビさんたちのマウントを微笑んで聞き、時に気付かれないようにマウント返しし、意外と楽しいお喋りもして、世界を一度だけ滅ぼした。


 私の隣で死人寸前だったアンタレスはなぜか回復し、「今日はいつもの破廉恥妄想より、ずっとマシなことを考えてたね」と『やれば出来るじゃん』風に言われた。私はあんまり世界を滅亡させたくないんですけどねアンタレス君。


 そしてお開きの時間が近付き、子供たちのテーブルに使用人たちがやって来る。子供たちを親の元へ帰すためだ。

 一人の使用人が、私とアンタレスに声をかけた。


「バギンズ伯爵令息様、ジルベスト子爵令嬢様、どうぞこちらへ。バギンズ伯爵夫妻様の元までご案内いたします」

「わかりましたわ。行きましょう、アンタレス。……アンタレス?」


 アンタレスは使用人を見上げて、固まっていた。見る見るうちに顔色が悪くなり、体が震え始める。


 私はとっさにアンタレスの腕にしがみついた。


「案内は必要ありません。バギンズ伯爵夫妻はあちらで私たちに手を振ってくださっているもの。迷いようがありませんから。さあっ、アンタレス、バギンズ伯爵夫妻のもとに行きましょう!」


 使用人が何か言いたげに唇を震わせるのをぴしゃりとはね除けて、私はアンタレスを引きずるように進んだ。早くこの使用人からアンタレスを引き離したかった。

 使用人は案内を諦めたように立ち止まり、頭を下げて私たちを見送った。


「……愚痴って良いんだよ、アンタレス。あの使用人、よっぽど嫌な人だったんでしょう?」


 小声で尋ねるが、アンタレスは泣きそうな顔で首を横に振った。


「……口に出すのも、おぞましい。あんな、気持ち悪い心、ノンノは知らなくていい」


 アンタレスはこういう時、自分の内側に溜めてしまうタイプだ。無理に聞き出したところで、彼の心が楽になるわけではない。余計に苦しめてしまうだけなら、私は彼に何をしてあげられるのだろう。


「傍に居てくれれば、それでいいよ」

「うん……」


 私たちはバギンズ伯爵夫妻と合流して馬車に乗り込み、公爵家をあとにする。

 お茶会に疲れて眠った振りをして、私とアンタレスは互いにぴったりと寄り添い合った。私の肩や腕から熱が伝わって、アンタレスの心まで温められたらいいのに。


 やっぱり今日の私は世界平和を願えない気分なので、心の中でもう一度世界を滅亡させる。

 アンタレスが車輪の音にまぎれて、「……カイジューってやつ、本当に前世の世界に居たの? 口から業火を吐くって、どこにも逃げ場がないじゃないか」と私の心に突っ込んだ。私は特撮ヒーロー番組を思い返し、「毎週のように目撃情報が上がっていたよ」と答えておいた。


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Dノベルf1周年記念スペシャルPV
↑声優の白井悠介様による1人3役のスペシャルPVで、アンタレスのことも演じていただきました!
(集英社ダッシュエックス文庫公式YouTubeチャンネルに飛びます)
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