19:ノンノ、Wデートする③
あのショッキングピンクのヘドロ状の果実(?)だが、アンタレスがちゃんと食してくれた。謎の紫色の煙が発生していたのに、すごい。アンタレス曰く「すごく強烈なピーチパイの味がした」とのこと。
私のスケベ心が凝縮した怨念の塊みたいなものを食べるだなんて、もうっ。アンタレスったら、私のことが大好き過ぎるんだからっ。
ちなみにアンタレスから貰った黄緑色の果実は、メロンクリームソーダみたいな味がした。実に爽やかですね。
大聖堂からメインストリートへ移動すると、予約していたレストランへみんなを案内する。
ここのレストランは味も美味しい上に内装が可愛いので、カップルに大人気なのだ。イチャイチャするカップルを観察しながら食事が取れるなんて、最高である。健全世界で暮らしているとカップル達の「あーん」という食べさせ合いすら、ものすごくハレンチに見えるよ……。
ランチのあとはメインストリートを見て回る。
新しいお店が増えたり、人気店が新作を出していたりして、何度訪れても新しい楽しみが見つかる場所だ。
私とスピカちゃんはお揃いの髪飾りを買ったり、アンタレスとプロキオンはランチを食べたばかりなのに屋台で売っている肉の串焼きを買い食いしたり、その際にプロキオンがおいそれと見ることのできない大金貨で支払いをしようとして皆で慌てたりした。銅貨を知らないって、公爵令息様セレブ過ぎぃぃぃ。
あと、スピカちゃんといっしょにアイスも食べた。
季節限定のジャムや紅茶の新作フレーバー、入荷したばかりの商品で気になったものなどもついつい買ってしまう。家族やセレスティが好きそうな物も。アンタレスはお気に入りのパティスリーでお土産用の焼き菓子をたくさん買っていた。
スピカちゃんは祖父母にと、大聖堂の絵柄入りティーカップも購入していた。
「プロキオン様はご家族にお土産を買っていかれないのですか?」
スピカちゃんが小首を傾げて、プロキオンに尋ねる。
ゲームでは、プロキオンの両親は息子を呪いのない普通の体に生んであげられなかったことに負い目を感じていて、息子と上手く接することが出来ずにいる、という設定だった。
そしてプロキオンの方は、貴族の親子とはこんなものだろうと、希薄な関係について深く考えていなかった。そのせいでますます疎遠になっているのだ。
「いや、私は……」
「こちらのサブレなんてどうです? 大聖堂の焼き印入りですよ! サブレの缶には大聖堂の絵が描かれていて綺麗ですしっ」
ティーカップといい、ど直球なお土産品が好みらしいスピカちゃんが、プロキオンに『大聖堂サブレー』なるものをおすすめしている。
プロキオンは缶を一つ手に取ると、「じゃあ、これを買おう」と頷いた。そのまま二人は購入のために店員のもとへと向かって行ってしまう。
「普段会話の少ない息子からお土産をもらったら、ご両親も嬉しいだろうねぇ」
私はいつもの口調で、隣のアンタレスに声をかける。
アンタレスも「そうだね」と砕けた口調で頷いた。
「ノンノ、荷物貸して。僕が持つよ」
「いいの? ありがとう、アンタレス」
「で、ノンノの手はこっち」
アンタレスはエスコートのために、左手を差し出してくれた。
その手にいつものように手を重ねようとしたところで、ーーー私の視界に突然、イチャイチャ新婚カップルが映った。
「おいおい、ハニー。俺の腕にあんまりしがみつくなって」
「あら、どうして、ダーリン? 離れたら寂しいわ」
「だってハニーの胸が当たっちゃってるぞ。俺を誘っているのかい、ハニー?」
「きゃっ。ダーリンはエッチなんだからっ。わたし、そんなつもりじゃなかったのに」
「ハニーは胸が大きいから仕方がないのかな」
「もうっ、ダーリンたらっ」
私の両目がカッと開いた。
あれ!! 私も!! やりたいっ!!!
バッとアンタレスの方を振り向けば、アンタレスはすでに左腕を背中に隠していた。
「ね~、アンタレス~」
「だめ」
「私も腕組みしたい~」
「諦めて」
「おっぱいにボリュームはないけど、押しつければそこそこ柔らかいと思うんだ」
「絶対に押しつけないで」
「私のこと愛してるでしょ? 愛しの恋人の夢の一つや二つ、叶える手伝いをしてほしい」
「世間ではそれを夢とは呼ばないんだよ、ノンノ。煩悩と呼ぶんだ」
「やだ~やだ~、私もアンタレスの腕にしがみつきたい~! 憧れの『当ててんのよ』って台詞、言ってみたい~! それで照れて恥ずかしがっている可愛いアンタレスをぜひとも堪能したい!」
私は必死のお願いしたが、アンタレスは首を繰り返し横に振る。
あまりの拒絶っぷりにだんだん悲しくなってくる。
スケベな私だが、人の嫌がることを実行するようなドSではない。
幼女という特権を失ってからはセレスティの腰に抱きつくセクハラをしなくなったように、他人とのパーソナルスペースはきちんと守っているつもりだ。恋人という関係になったアンタレスにも、エスコート以外の接触に関しては許可を取ってから触れるようにしているくらいだし。
腕を組むふりで慎ましい胸元をちょこっと押し付けるくらいいいじゃないか、と前世の記憶を持つ私はついつい軽く思ってしまうのだけれど。やはりこれもセクハラなのだろう。恋人同士とはいえ、セクハラはいけない。
反省すると共に、自分のスケベさが今だけは嫌になる。悲しい。
ああ、おっぱいなんか嫌いになってしまいたい。無理だけど。
「……嫌というか、困るんだ」
アンタレスがボソッと言う。
鍛え抜かれた地獄耳で、私は顔を上げた。
アンタレスは頬を染めながら、目を泳がせていた。
「ノンノにあんまりくっつかれるとドキドキしすぎるというか……」
「男の子の事情ってやつですねっ!」
私がキラキラした眼差しでアンタレスの下半身を見ようとしたら、目元をがしっと手のひらで覆われてアイアンクローされた。
力はまったく込められていなかったけれど、酷い。
「僕のドキドキは君が思っているような、いかがわしいものじゃない!」
「ふーん」
「純情な男心というやつで……!」
「はいはい。まぁ、今日はアンタレスの照れ顔をたくさん見れて可愛かったから、諦めるよ。『当ててるのよ』は、また今度にするね。騒いでごめんね」
「……」
今度はちゃんとエスコートされようと、アンタレスの左手を取ろうとしたらーーー。
「ノンノ」
アンタレスが苛っとした表情で、私の肩に腕を回した。
ぐっと体を近づけられて、私の喉から「あひゅうぅ」と変な悲鳴が出てくる。
うわぁぁぁ、アンタレスの顔が近い! 腕が背中に回されて温かい! いい匂いがする! とにかく顔が近いっ!
「あああああんたれすぅぅぅぅ……!?」
裏返った声でなんとか名前を呼ぶけれど、舌を噛んでしまいそう。
心臓がきゅうにバクバクと大きな音を立て、血液が体中を回るせいか顔も体も熱くなってくる。じわりと額に汗がにじむ。
「ノンノだって僕から触れられたら照れて真っ赤になるくせに、ずるくない?」
耳元に口を近づけられて喋られると、背中がぞくっとする。
アンタレスの湿った吐息が耳や首筋に当たり、低くて良い声が鼓膜を震わせる。
やめてください、アンタレス君!
君ってば攻略対象者だから生まれ持っての恋愛テクが、すげーのですよ!
モブの私では太刀打ちできんのですよ!
スピカちゃんとプロキオンが戻ってくるまで、私はアンタレスに肩を抱き寄せられて耳元で囁かれるというお仕置きを受けさせられた。ハレンチじゃん。




