18:ノンノ、Wデートする②
スピカちゃんとプロキオンと合流すると、私達はそのまま時計塔から大聖堂まで通じているメインストリートを歩いて移動する。
ここに並んでいるのは、お土産屋さんや名物料理のお店がほとんどだ。
大聖堂の黄金製レプリカを売っている高級店もあれば、大聖堂が描かれたポストカードなどの庶民的なお店もある。高級レストランがあるかと思えば、食べ歩きのスイーツや軽食を売るお店もあり、いかにも観光地といった雰囲気の通りだ。
メインストリートでお買い物をしたり遊んだりするのは大聖堂を観たあとにしようと事前に決めていたので、二人とも足は止めないが、物珍しそうに通りすぎるお店や人に視線を向けている。
私やアンタレスはここに何度か来たことがあるけれど、二人は初めてなのだ。
「あのアイス屋さんすごいですねっ、フレーバーがたくさんあるみたいですよ」
「……あの店はなんであんなに人が集まっているんだ?」
「あの店には一日限定二十食のスイーツがあって人気なのですよ、グレンヴィル様」
アンタレスがプロキオンの質問に答え、プロキオンが不思議そうに首を横に傾げている。限定品に弱い民衆の心がわからないのかもしれない。
「やはり王都にはいろんなものがたくさんあるのですねぇ」
そう呟くスピカちゃんは、エジャートン男爵家に戻るまでは、王都とは別の町で暮らしていた。
だから今日のWデートは、乙女ゲーム『レモンキッスをあなたに』の序盤にある街案内イベントなのだ。
……だがしかし、本来案内する側の攻略対象者プロキオンにちっとも王都の知識がないのはなぜなのか。
騎士の訓練に明け暮れている上に友達がいないから、王都で遊んだことがないのだろうか。悲しすぎるでしょ、その設定。
「昼食はおすすめのお店を予約してありますので、お二人とも楽しみにしていてくださいね」
今日の予定がさらに楽しくなりますようにと、私は二人に声をかける。
「嬉しいですっ、ノンノ様! とっても楽しみです!」
「感謝する、ジルベスト嬢」
ぱぁっと花開くように笑うスピカちゃんと、こくりと頷くプロキオンはまるで正反対の表情だ。だけどお似合いの二人だな、と私は思った。
▽
初代国王陛下が神の血筋だった、という伝説があり、我が国には至るところに聖堂があるのだが、その総本山がこの大聖堂である。
大道芸人や弾き語りがそこここでお客を集めている広場を抜けて辿り着いた大聖堂は、サン・ピエトロ大聖堂をモデルにしました的な巨大建造物である。
違うのは色だ。乙女ゲーム要素なのかパステル基調のピンクやブルーやレモンイエロー、そして金を使い、これでもかと可愛い仕上がりになっている。
ラブリーな大聖堂正面にある白い大理石の石像の群れを、スピカちゃんは「はぁ……なんて精緻な彫りでしょう……」と感嘆の溜め息を吐いている。プロキオンも紫色の瞳を丸くして見上げていた。
「グレンヴィル様、エジャートン嬢、ここはじっくり観ようとすれば今日一日ではとても足りませんから、有名な女神像と主聖堂を見学して、あとは中庭を見るという予定で問題ないでしょうか?」
アンタレスがごくごく初心者向けの見学コースを提案すれば、スピカちゃんとプロキオンが同じタイミングで頷いた。
私はずっと繋いだままだったアンタレスの手を握り直し、一般入場口へと向かった。
日本製ゲームだからだろうか、この国の宗教は多神教だ。
この世界を創造した男神と、その妻となる女神、そしてその子孫にあたる数多の神々が存在するとされている。その他にも大自然から発生されたとされる神々がおり、人間になった神(初代国王陛下)もあり、人間が徳を積んで神になったパターンもあり、妖精やらつくも神やら、ごった煮状態である。
そんな数多の神の石像や絵画を飾るために大聖堂は長い年月をかけて増築を繰り返し、十を超える礼拝堂や五十近い祭壇があり、上階には貴族だけが入れる部屋も複数あり、神官達が暮らす建物もあって、一般公開されていない地下には迷宮が眠っているだとかで、もはやダンジョンと呼んでも過言ではないだろう。
主聖堂へ向かう大廊下を一歩歩くだけでも美術品がゴロゴロし、天井絵を見上げるだけでもうつつを忘れそうになり、柱の彫りを観察するだけで半日が終わりそうになる。神話が描かれた窓のステンドグラスをひとつひとつ見ているだけで手を合わせたくなる。敬虔な信者にとって、ここは天国なのであった。
そんなアミューズメントパーク的大聖堂は、休日になると人でごった返すのだが、今日は私たちの周りだけ人がいなくて歩きやすい。
そう、呪われた黒騎士様が恐ろしくて、人がはけていくのである。
先程のメインストリートでも避けられていたけれど、大聖堂内ではさらに嫌がられているようだ。「恐ろしい」「呪いが移るぞ」とヒソヒソされている。
この事態を想定できていたから、プロキオンは今まで遊びに出掛けなかったのかもしれない。
やっぱり不憫なキャラだな……と、私はプロキオンに同情の眼差しを向けてしまう。
けれど本人はまるで動じず、スピカちゃんも周囲の悪意にプロキオンが意識を向けないように話しかけていた。
「あちらをご覧になってください、プロキオン様。海の神々のレリーフですわ」とか「こちらは国創りの場面を描いたもののようですよ」と朗らかに笑いかける。さすがはヒロインだ。
「お二人とも、こちらの部屋に有名な女神像が飾られていますわ」
私の案内に、二人は楽しそうについてくる。友達と居れば悪意も遠く感じられるものだ。
ピンクと黄金で飾られたこれまたラブリーな部屋に、この国の創造神の妻となった女神の石像と祭壇が置かれていた。
内側から発光するように白く輝く女神像はとても美しく、どこかスピカちゃんに似ている。
女神は豊穣と貞淑を司る、女性達の味方として長く愛された存在だ。
つまり、もしかして、もしかすると? 実はこの国に健全強制力を発生させているのはこの女神なんじゃないか?
などという疑いの眼差しで、私は女神像を見上げた。
「本当に美しい女神様ですねっ。亡父が若い頃にこの女神像を見に来たことがあると話してくれたことがありまして、私も王都に来たからには一度見てみたいと思っていたのです。プロキオン様、ノンノ様、バギンズ様、今日は私をここへ連れて来てくださって本当にありがとうございます」
スピカちゃんが幸せそうにそう言った。その顔はやはり女神像にどこか似ていた。
「……私も貴女のお父上のように今日のことを思い出すのだろうな。とても美しい女神像を、皆で見たことを」
プロキオンが穏やかな眼差しでスピカちゃんを見つめながら、そう言う。
スピカちゃんはえへへ、と笑った。
「私も今日のことは絶対に忘れませんっ。学園で初めて出来たお友達と遊びに来た日ですもの。だから今日はみんなで楽しく過ごしましょう。ねっ、ノンノ様っ」
「ええ。まだまだお二人を案内したいところはたくさんありますから。楽しい思い出を作りましょう」
「では主聖堂に移動しましょうか。僕のおすすめは薔薇窓です」
アンタレスがそう言って先頭に立つ。
読心能力のせいで私以外の人とはあまり深い友情を築いてこなかったアンタレスでも、スピカちゃんとプロキオンには構えずに接することが出来るみたいで、私も嬉しくなった。
▽
主聖堂では演奏者がパイプオルガンを弾いているところだった。
信者達が木製のベンチに腰かけて一心に祈っているのを横目に見つつ、我が国最古と言われている薔薇窓を見学し、最後に私たちも祈りを捧げた。世界が平和になりますように、と今日はきちんと祈っておく。
あと、寝て起きたらボンキュッボンのナイスバディになっていますよーに。
それから回廊を抜けて、大聖堂の中庭に出る。
ここは屋上から見下ろすと十字の形になるように池が作られており、その周囲を美しい庭が囲っているのだ。あちらこちらに石像やアーチが置かれ、涼やかで素敵な雰囲気の場所だ。
そんな中庭の一角に、人だかりが出来ている。
「あちらにはなにがあるのでしょうか、ノンノ様?」
「以前来た時には、なにもなかった気がするのですが……」
「もしかしたら新しい物が出来たのかもしれませんねっ。せっかくだから私達も見学しましょう!」
「ええ」
新しい石像でも設置されたのかな、と思って近寄れば、人だかりの奥で神官がおごそかな声で説明をしていた。
「おととい、神の奇跡が起きまして、新たな樹木がここに生えました。そして一晩で大樹となり、白い花を咲かせました。この花に触れると、その人にふさわしい果実が実ります。その実を愛する人と交換して食すと、永遠の愛で結ばれるでしょう」
おととい生まれた木なのに永遠の愛って、胡散臭くないか?
そう思いつつも面白そうなので、私達も挑戦してみることにした。
この世界は乙女ゲームのイベントをこなす為なのか、時々不思議な現象が起きる。
七夕イベントなのか校庭に突然巨大な笹が生えたり、地下から闘技場が現れたり。
私も以前放課後の校内をさ迷っていたときに、うっかり鏡の世界に入りかけたことがある。すぐに回れ右をして戻ったら、そこにあった鏡は消えたけれど。
たぶんこの木も、そういう不思議展開のひとつだろう。こういうことが国の至る場所で起こるので、国民は神様を信仰してしまうのだ。
さっそくスピカちゃんとプロキオンの順番が来て(というか周囲の人々がプロキオンの黒いアザに驚いて逃げていった)、二人が白い花に触れた。
それはたちまちピンポン玉くらいの大きさの果実になり、二人の手のなかにぽとりと落ちる。
スピカちゃんの手には、真珠のように輝く白い果実が。
プロキオンの手には、光の加減で黒にも紫にも見える果実が落ちた。
プロキオンの果実を見た信者達が「不吉な実だ」と非難を滲ませた声で囁く。
「ああなんと気味が悪い」「呪われた人間が触れて、神の樹木が穢された」「あの実を食べるときっと呪われてしまうぞ」と、こちらに届かせる音量で喋っている。うるさいですわよ。
こういうのって神官様が信者を窘めてくれないのかしら。
さきほど樹木の説明をしていた神官に私は視線を向けたが、しっかりと無視された。
「すごいですね。本当に果実が実りましたね」
アンタレスが周囲の悪意を掻き消すように言う。
なので私も「本当に不思議な力がある木なのですね」と続けた。
「プロキオン様、そちらの果実をぜひ食べてみたいですっ。私のものと交換してくださいますか?」
スピカちゃんは周囲の声も気にせず、プロキオンに果実の交換をねだった。
「……いいのか? そちらの方が美味しそうに見えるが」
「大きな葡萄みたいで美味しそうですよ、プロキオン様の果実も!」
「そうか」
二人は白と黒の果実を交換すると、そのままかぶりつく。
周囲の人たちは「おお……」と黒い果実を口にしたスピカちゃんのことを気味が悪そうに見ていたが、スピカちゃんはすぐさま笑顔を浮かべて「すっっっごく美味しいです、プロキオン様! チェリーカスタードのタルトみたいな味がします!」と無邪気に喜んだ。プロキオンも嬉しそうだった。
「スピカ嬢の実はレモネードの味がする」
「変な味じゃなくて良かったです」
ほのぼのとした雰囲気が漂う二人に、ずっとこちらを無視していた神官が突然声をあげた。
「皆様、なにごとも表面だけを見ていては、そのものの本質を見失ってしまいます。心の目を養いましょう。その為に神に祈りましょう」
わぁー、調子いいんだからもぉー。
スピカちゃんが黒い果実を食べて安全を証明したとたん言うのだから、ずるい大人よ。
けれど信者達は「おお、神官様の仰る通りだ」「我々はなんという失礼なことを言ってしまったのか」「本当に申し訳ない」と反省して、プロキオンに謝罪した。
「別に、気にせずともよい」
本当にどうでも良さそうにプロキオンは彼らの謝罪を受け入れた。
その様子をスピカちゃんがニコニコ見つめている。
「じゃあ次は僕たちの番ですね、ノンノ」
「はい、アンタレス様」
アンタレスと共に樹木の前に立ち、手に届く場所にある白い花に両手を伸ばす。白い花は林檎の花に似ているようだ。
私が触れたとたん、花は桃色の果実へと変化し、どんどんどんどん変化し、紫色の煙をブジュワァァァと上げ、最終的にショッキングピンク色のヘドロとなって私の手にべちゃりと落ちた。
「………………」
黙り込む私のそばで、黄緑色に輝く果実を持ったアンタレスが困惑した表情でこちらを見ている。
「ノンノ……君というやつは……」
「ノンノ様、落ち込まないでください! すごく面白い実(?)だと思いますよっ」
「ジルベスト嬢、なんの呪いを持っているかは聞かないが、心を強く持て。きっといつの日か呪いが解ける日が来ると、信じるんだ」
アンタレス達の後ろで、信者達がざわめいている。
「神官様の仰った通りだ、見た目に騙されてはいけない!」「清らかな乙女の振りをした魔物なのか?」「恐ろしい、恐ろしい……! 神の樹木が穢された……!」
うるさいからお口チャックしてくれませんかね?
神官が強張った顔をして、私に声をかけてきた。
「お嬢さん、すぐに悪魔祓いをいたしましょう。貴女の心は穢れている……!」
「結構でーす」




