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1:ノンノはスケベである

全14話予約投稿済みです。よろしくお願いいたします。




 現世での私の名前はノンノ・ジルベスト。ジルベスト子爵家の次女である。

 王城で文官として勤めている父と、のんびり刺繍にいそしむ母と、おっとりとした姉と共に王都で暮らしている六歳の女児が私である。

 いのいちばんに現世などと言うからには、私には前世の記憶がある。それも生まれた時からだ。


 前世の私は高校卒業と同時に亡くなった。

 その時の恨み辛みは今の私の心をも蝕む。思い出しただけで腸が煮えくり返り、どうしようもない悔しさに涙が込み上げてくる。

 だけど誰かに聞いて欲しい。あの日私はーーー念願だった18禁乙女ゲームをついにネット注文し、コンビニへ前払いに出掛けた途中で交通事故に遭って死んだのだ……! だってクレジットカードとか持ってなかったんだもん……!


 前世の私は変なところで生真面目で、人一倍えろいことに興味津々だったというのに、高校卒業していないからという理由で18禁の映像にも画像にも漫画にも小説にも手を出さずに生きていた。どれだけバカだったんだろう、私。

 十八歳の誕生日にこっそり解禁してしまえば良かった。あと数ヵ月で卒業だし、大学受験もあるし……なんて考えて良い子ちゃんだった前世の私をぶん殴ってやりたい。死んじゃったじゃん、えっちな動画も画像も何一つ知らないまま死んじゃったじゃん、あんなに見たかったのにーー!


 リアルな彼氏? もちろん居たことないよ。

 居ない歴年齢の処女だったから破廉恥なロマンスとか味わったことないよ。


 もう前世の自分の真面目さが憎くて憎くて、思い返す度にハゲ散らかしてしまいそう。

 なにせ今の私が生まれ変わった世界には、破廉恥そうなものが全くないのだ。


 全体的に中世ヨーロッパ風の異世界に私は生まれ変わってしまったのだけれど、この世界、貞淑すぎる。

 齢四歳にして我が家の蔵書をすべて見聞した結果、一冊だけ閨に関する本を見つけたが、内容は小学校の保健体育の教科書よりえっちじゃなかった。これなら前世で近所のお姉ちゃんに借りた少女漫画の方がよっぽどえっちだったわ。ハンッ(鼻で笑う音)


 ご婦人向けの恋愛小説にも目を通したけれど、濡れ場になると暗転してしまう。『ジャクリーヌはマルクスによって寝室へと連れこまれた。そして長い夜が更けていった。』みたいな。その長い夜が詳しく知りたいんじゃワシは。


 それに、この世界でいちばん最悪なのは長すぎるスカート丈だ。

 貞淑さを求めた結果、女性は足首を晒すことさえはしたないとされているのだ。パンチラどころかふくらはぎすら見れないのである。

 ああ、少年漫画のラッキースケベが恋しい。美少女のパンチラの上に顔面からダイブしてしまう少年主人公って、本当に幸福者だったんだなぁ……。

 ちなみにご婦人の夜会用ドレスは胸元がバーンと開いているのだけれど、六歳である私は夜会に出席することがないのでまったく見る機会がない。おっぱいいっぱい見たい。

 そんな前世の後悔と現世の環境の悪さにより、私は見た目は子供煩悩は大人というとんでもねぇ幼児になってしまったのである。





「ではノンノ、他の子達と仲良くしているのですよ」

「はい、お母様」


 母に連れられて、私は気楽なお茶会へと参加することになった。

 母をはじめとするご婦人たちは中庭に面したテラスに用意された大きなテーブルで、刺繍やレースなどを編みながらおしゃべりに夢中だ。これは社交より趣味に重きを置いたお茶会なので、母はとても楽しそう。


 そんなご婦人たちに連れてこられた我々子供軍団は、中庭に広げられたラグの上に集まっている。

 ぬいぐるみや人形を持った可憐な少女たちや、植物図鑑を広げる少年たち。非常に長閑ですなぁ。


 ……さてと。


 私は花を摘むのに夢中になっている振りをしながら、少しずつ場所を移動する。目標は屋敷の裏口の方である。

 このバギンズ伯爵家でのお茶会ももう三度目になるので、私はヒューマンウォッチングにちょうど良い場所をすでに見つけていた。

 そう、お屋敷の裏口というのは下働きの者たちが見られたりするのである。

 お茶会にいる貞淑なご婦人たちを見ているよりは、下働きの人たちの方が隙があるのでなにかラッキースケベでも起きないかなぁと、下心しかない期待で私は胸をときめかせていた。

 ちなみに六歳児のまっ平らな胸である。母や姉の様子を見るに、我がジルベスト家には巨乳遺伝子はなさそうでガッカリである。


 そんなこんなで私は裏口近くの茂みに潜み、蚊と戦いながらそこで誰かが訪れるのを待っていた。

 三十分も経っただろうか。ひとりの若い侍女が裏口に現れる。

 私は蚊に刺された左腕をボリボリと掻きながら、その侍女を凝視した。


「ああ、今日は本当に暑いわ……これからお使いなんて嫌になっちゃう」


 侍女はそう呟くとスカートのポケットからハンカチを取りだし、自身の首筋を拭った。胸元のリボンを緩め、貝ボタンを一つ二つと外していく。そして汗ばんだ鎖骨の辺りにハンカチを当てた。


 もう少し……あと二、三個くらいボタンを外したりしないだろうか。

 ここには若い侍女しか見当たらないのだし、こう、もっと大胆に胸元を広げたりとかしないかしら。

 なんだったらスカートをまくりあげて、太ももの汗を拭っちゃうとか……。ガーターベルトとか見たいなぁ、うへへ。


「……おい」


 あ、侍女がボタンを留め始めた。くそぅ。

 もっと大胆に脱いで汗を拭けば良いのに。

 あーあ、なんのチラリズムもなかったな。


 買い物籠を持って屋敷の外へと出ていく侍女の後ろ姿を眺め、私は深々と溜め息を吐く。

 次はもっとスケベなシーンが見たいものだ、と私は茂みに座り直したところで、隣にぷにぷにの頬をした男児が居ることに気が付いた。


「なぁ、おい、アンタ、本当に何を考えてるんだ……?」


 男の子は顔を真っ赤にさせながらも、私のことを化け物を見るような目で見つめていた。


「……人間観察をしているだけよ。お庭に飽きちゃったから」


 ところで私、ヘーゼルナッツ色の髪と瞳をした、幸薄そうな美幼女である。

 満面の笑みを浮かべても他人からは困り笑顔に見られてしまうほど、線が細くて儚げな雰囲気の六歳である。

 こんなか弱そうな美幼女の中身がスケベモンスターだなんてこと、誰が想像出来るだろうか。出来るわけがねぇ。


 私は自信を持って男の子に笑いかけた。

 しかし男の子はどん引いたように一歩後退した。


「なぁに? きみ、どうしたの?」


 微笑みを絶やさず小首をかしげれば、男の子は真っ赤な顔のまま恐る恐る口を開いた。


「『ここには若い侍女しか見当たらないのだし、こう、もっと大胆に胸元を広げたりとかしないかしら。なんだったらスカートをまくりあげて、太ももの汗を拭っちゃうとか……。』」

「え?」

「『次はもっとスケベなシーンが見たい』」

「も、もしかしてきみって……」

「……そうだよ、僕は他人の考えが……」

「きみってとってもエロい人?」

「違うよ!!!」


 そんなわけないだろっ! と憤慨するこの男児こそが、この世界『レモンキッスをあなたに』という超健全すぎる乙女ゲームの攻略対象者アンタレス・バギンズであることに、私はようやく気が付いた。





『レモンキッスをあなたに』は前世の私が小学校高学年くらいにプレイした超健全ピュアピュアな乙女ゲームである。

 なんとまともなラブシーンが、ハッピーエンドを迎えたときのキス一回だけだ。あとはお手手を繋いだり、額同士で熱を測ったりくらいの接触しかない。


 ファンの間ではラブシーンの濃厚さよりも、ヒロインと攻略対象者が心の絆を深めていく丁寧な過程に萌えるのだ、との評価だが、当時小学生だった私は早々に飽きて一回全クリしただけで終わった。

 もっとラブラブチュッチュッしろよオイという感想しか浮かばなかった。

 プラトニックを理解しない前世の私も大概荒んだ心の女児であった。


 アンタレス・バギンズ伯爵令息は、他人の心が読めてしまう言わばテレパシーの超能力者だ。


 幼い頃からその能力により人の裏の顔を見続けてきたアンタレスは引きこもりがちになる。

 そんなアンタレスを心配した両親が年の近い子供を集めて気楽なお茶会を何度も開くが、アンタレスはお茶会に出席しない。

 けれどある日のお茶会で、アンタレスはとても大人しそうな女の子を見かける。この子なら大丈夫かもしれないとアンタレスは屋敷から出てくるが、彼女にテレパシーを気付かれてしまい「化け物!」と怖がられてしまう。

 アンタレスは深く傷付き、それ以来極度の人間嫌いになってしまう。

 そんなアンタレスの深い心の傷を癒すのが、学園で出会うことになるヒロインだ。

 ヒロインのどこまでも無垢で清らかな心を知り、アンタレスはヒロインに恋に落ち、様々な障害を乗り越えてヒロインと結ばれる。ーーーそれが彼のルートだ。


 幼いアンタレスに「化け物」と怯える少女こそが、この私ノンノ・ジルベストだったのだろう。

 しかし目の前に居るアンタレスの表情を見てごらんなさい。

 私のことを「化け物」と言いたげに怯えている。立場逆転してるよ。


「ねぇねぇ、アンタレスくん」


 私は幼子をなだめるような優しい声を出すが、アンタレスはビクッと肩を大きく跳ねさせた。


 まぁ気持ちはわからなくもない。

 こんな儚げ美幼女の中身がこれほどドスケベだとは、思いもよらなかったのだろう。それこそテレパシー持ちのアンタレスでなければわからないはずだ。


 正直、四六時中エロいことしか考えてない頭の中を知られてしまうのは、なかなか気まずい。

 だけど前世の死に際の無念さを思い出せば、いたいけな男の子の前でも開き直るしかない。

 人生は一度きり。もう二度と悔いなんて残したくない。

 だから私は私の人生を謳歌してみせる。好きなだけ我が煩悩を燃やすのだ!


「人は見かけにはよらないということを、きみはそんなに幼い内から知ることになって、とても苦しいと思います」


 ちなみにアンタレスは淡い金髪とエメラルドグリーンの瞳をした、攻略対象者らしい美少年である。

 そんな美少年が私を見て怯えている。


「けれど人は大人になる過程でいずれ気付くんです、人間は薄汚れた心を持っていることに。薄汚れているくらいが普通だってことに」

「……薄汚れた心が普通?」

「そうです!」

「でも、人前では優しいふりをして心の中ではその人の悪口を言うやつとか、そんな人が普通だって言うの?」

「かなり超絶普通です!」


 私は力強く頷く。


「笑顔の下の感情がどんなに醜くて汚くても、異常はありません。本当に悪いことは、実際に他人を傷付けることです。実際に口に出して相手の心を傷付けたり、物を盗んだり、怪我を負わせたり殺したりするのが悪いことなんです」


 心に秘めているのならば、相手のことをどう思っても自由だ。好きでも嫌いでも良い。

 ただ相手の悪口を口にしたり、いじめたり、自分の外側に悪意を出すことがいけないことなのだ。

 私がドスケベなのは私の自由だけど、それで突然巨乳のお姉さんの乳を揉んだり、美青年に襲いかかったりしたら犯罪者になってしまう。そういうことだ。

 でも多少の覗き見は許して欲しい。この美幼女に免じて。


 私がそんなことを強く思えば、アンタレスは半信半疑ながらも頷いた。


「アンタレス、きみのテレパシーはすごいものだよ。もし心の中の悪意を表面に出そうとする犯罪者に出会ったら、真っ先に逃げられる。自分の身を守れるんだから」

「うん……」


 アンタレスはそれからようやく私に訊ねた。


「それであんたが頭のなかで考えている、前世とか攻略対象者とか破廉恥なこととかって、なに?」


 そんなふうにして私とアンタレスの交流が始まった。


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