Merkmal-03(082)
キリムがその謝罪に大丈夫ですよと返事したところで、ステアがようやく口を開いた。難しい顔をしていたのは、もう一言でもキリムを悪く言おうものなら胸ぐらをつかんでやろうと思っていたからだ。
「我が主が許すのなら俺も怒りを収めよう」
「へっ? あ、ああ、本当にすまなかった」
やりづらいなと頭を掻くブグスの背を、マーゴが景気よくバンッと叩く。面倒見のいいマーゴの事だから、相談があれば面倒を見るつもりなのだろう。
笑いが漏れて和やかな雰囲気になったところで、壇上のレッツォが手を叩いて注目を促す。
「では、これから決行の日時を伝える! 各ネクサスに任せるが、付け焼刃の連携は邪魔になる。各々が鍛錬を積む事を最優先にしてくれ!」
* * * * * * * * *
「じゃあな、キリム君! また魔窟で」
「はい、有難うございました!」
集会が終わり、レベッカ達は「疲れたわい」と言ってホテルに戻っていき、マーゴ達も自分達の宿へと戻っていく。キリム達ももう宿に戻れば夕食の準備が出来ている時間だ。
「あの、結果論だけどよ、有難うな。まさかあのマーゴさん達のパーティーと組めるとは思っていなかった」
「ご存じだったんですね」
「ああ。剣盾やってる連中で、あの人を目指してる奴は多い。それに大剣使いのリャーナ、気力と脚力で誰よりも高く跳び、誰よりも力強く突き刺すニジアスタ。あの2人はヨジコで2年に1回開かれる選手権の前回優勝者だ」
「そんなに凄い人だったのか! みんなそんな自慢少しもしていませんでした」
ブグスは他の大陸の出身ながら、あの場にいた強い旅人を数人挙げ、それぞれの活動歴や得意な技、功績を言って聞かせる。そして、自分もそうなりたいのだと目を輝かせていた。
「ほう、貴様は他の者を良く知っているのだな」
「まあな。あの場においては……キリム、あんたよりも俺の方がきっと弱いだろう。一番弱い者は知識や情報でゴリ押しするしかねえ時もある、だからその辺は怠らねえ」
「俺は他の旅人の事や、各地の情報をあまり知りません」
旅人1年目だから仕方ない。そう言われても当然ではある。
しかしこれから連合として共に組む仲間は、はるかに多くの知識と情報を持っている。一番最弱だと言うブグスですら、他の旅人の事まで調べ上げていた。
キリムは強くなる事に専念しなければならず、情報収集は後回しにしていた。そろそろ本格的に旅人としての常識を身に着けるべきなのかもしれない。
「強くなりたいなら実力だけじゃだめだ。少しでも多くの正確な情報を仕入れて勝算を上げるのは必須。負けたら死ぬ戦いなのに、そこを怠っていい事は何もない」
「分かりました、色々有難うございます。俺、そういった方面の知識がほとんどなくて」
「気付けば後は早い、まだ遅くはないさ。俺だって完璧じゃない、あの婆さん達がパバスの支部長だったのは知らなかった。まあ、あのメンバーに巡り合わせてくれた礼ってとこだ。次の集まりは春先だったな。今度はパバスで」
「はい、ブグスさんもお気をつけて」
ブグスは魔窟に籠るのではなく、明日には船で南に向かうという。キリムは手を振って見送りながら、自分の今後を考えていた。
「実力だけで判断するなら、等級8のパーティーにも勝てると分かった。魔窟の結界の準備も数日掛かるだろう。強くならなければという思いを少し抑え、調べ物に時間を費やしてもいいかもしれんな」
「そうだね。ハァ、なんだか今日は色々あり過ぎて頭が追い付かないよ」
今日は頼もしい仲間と何人も出会えた。更には等級5の推薦をもらい、キリムは今までの旅の中でも特に濃い1日を過ごすことが出来た。
「もう魔窟にあんな強い魔物が湧かなければいいんだけど」
「どうだろうな。常にいる訳ではないと言っていたのが気になる所ではあるが」
レベッカ達は、結局デルがキリムを狙った可能性を伏せたままだった。
「さあ、宿に帰ったらマルス達に伝えないと。それに結界がしばらく使えないなら魔窟に向かう旅人も減るし、暫くは危険だ」
キリムが宿に向かうと、マルス達は既に戻って来ていた。ちょうど廊下ですれ違うと、風呂上りなのか髪や体から湯気を立たせている。
「ようキリム! 大丈夫だったか、良かった」
「地下5階層で戦ってたらベテラン勢が大勢走って地上目指していくからさ、何があったのか聞いたら強すぎる魔物が現れて敵わないって」
「あ、うん。等級8のパーティーが1体ずつじゃないと苦戦するくらいだった」
キリムはマルスとブリンクが湯冷めしてはいけないと言い、中で起こった事と、その後の動きについては後で説明すると伝えた。キリムは部屋で大浴場に向かう準備をし、ステアと共に汚れを落とすことにした。
ホテルであれば各部屋に風呂とシャワーがついているが、旅人向けの宿は10人がやっとの共用風呂しかない。
けれど表面がざらざらした打ちっぱなしのコンクリートの床、コンクリートの大きな浴槽に風情はないものの、温泉成分として疲れを癒す成分が含まれているという。
北向きで、明り取りも兼ねた大きなすりガラスの窓……といってももう外は暗いが、そこに時折白い雪がぶつかる。日中でも氷点下だというのに、今から降られたなら明日は雪かきが終わるまで外に出られそうにない。
体を簡単に洗うと清潔なタオルを腰に巻き、キリムとステアは湯に浸かる。ステアはあくまでもキリムを真似ているだけで、なぜタオルを巻くのかを理解していない。
裸で入る町、水着もしくはタオルを巻かなければならない町、場所によって色々と違いがあり、ノウイは後者だ。キリムは以前それだけを伝え、詳細を告げる事は放棄していた。
「ステアも疲れが癒えるなーとかあるの?」
「俺の言う疲れとお前の疲れが同じかは分からん。筋肉痛とやらも俺には分からんからな」
「ということは、筋肉が鍛えられたりしないんだよね。ステアって最初からその体って事か」
「俺の体は元々俺のものだ。おかしなことを言う」
人の感覚のままで話をすると、時々伝わらない事がある。キリムは笑いながら体つきが鍛えて変わるかどうかの話だよと伝えた。
「俺の背はステア程高くなりそうにはないし、ステアみたいな細身なのにガッチリした筋肉には発達しそうにない。いいなあと思って」
「こうあるべきだと願われた結果だ。俺がどうこうした訳ではない。もっと言えば、あるべき主であるお前がこう望んだとも言える」
「あー、そういう考え方もあるか。じゃあ俺もステアがあるべき従者としてそう望んだって事かな。ステアを目指すのは無理でも、エンキみたいなお腹周り細くて腕や胸の筋肉がしっかりついた体型には近づきたいんだけど」
「さあな、主の姿を気にした事はなかった」
ステアは自分や主に絶対の自信があると言っても、それは容姿に対してではない。
「じゃあもうちょっとムキムキになって欲しいって願ってよ、そしたらその通りになりそう」
「自分の事を他人任せにするな」
キリムはため息をつき、それでも随分と太くなった腕を曲げ、力こぶを作って確認する。他に宿泊客が入ってくる様子もなく、他愛もない会話をしばらく続けると、キリムとステアは脱衣場へと戻った。
「お、キリム、ステア」
「エンキ! お疲れ様。材料は足りてる?」
「ああ、お陰様で! 買える材料もあるからな、クエリの金を回してもらって不足分は揃えた」
「良かった、あの、後でマルス達と今日魔窟であった事と、これからの事を簡単に話したいんだ」
噂をすれば本人登場だ。キリムが羨むように、鍛冶をしているエンキの腕周りは太い。
「キリムがお前のような筋肉をつけたいと煩い。鍛え方を教えてやれ」
「あ? 俺? それなら重たいハンマーで素振り500回、腹筋300回、腕立て伏せ300回を毎日だな」
「うえぇ……」
「半年双剣で戦ってきたんだろ? 必要ねえ筋肉はつかない。つまりいらねえんだよ。それにゴツくなられたら装備が作り直しになっちまうだろうが」






