CARSE-09(047)
いい機会だから主従を解消しよう、そう告げられるのではないか。
ステアがずっと力になってくれるという言葉に嘘偽りはない。そう分かっていても、キリムはもしステアが我慢しているのであれば、潔くその思いを尊重し、別れを告げようと思った。
「そうなんだ……。じゃあ、ステアにも本当の主が見つかるかもしれないんだね。その、例えば俺が死んじゃった何千年後かに」
淡々と説明を受けることで、キリムは自身が真の主ではないと言われているように受け取っていた。こうして何か月も一緒にいるのに、ステアからはそのような話を聞いた事がなかったからだ。
何でもないように言いつつ、どこか寂しそうなキリムに気づいているのか、ステアは自身についての話に切り替える。
「俺はただの世間話をしている訳ではない。そうだな、俺がお前の血を断っていた間、どうなっていたのかを伝えなければならなかった」
「え?」
「俺は、今まで普通に摂取していた他人の血が喉を通らなくなった」
「それ、どういうこと?」
ステアはいつも異常な程、錠剤を口に含んでいた。住処では血を貰っているとも言っていた。キリムは様子がおかしいと感じながらも、それを信じていた。
「無理矢理口に含んでも吐き出してしまう。俺はお前の血以外を受け付けなくなった」
「それなら早く言ってくれればよかったのに! 俺、何か自分に原因があるんじゃないかと悩んで……」
「済まなかった。お前の血を飲むと自分でも止められなくなって、いつかお前を死なせるかもしれないと」
「ちょっと、ちょっと待った!」
マルスが思わず話に割って入る。質問は受け付けないと言われていたが、それでも言いたい事があった。
「この話の流れで、キリムの血以外が飲めないって事は……つまりキリムが本当の主だって事か?」
「そう……そういう事になるよね! じゃあ、運命的な出会いが本当になったって事よね!」
「凄いじゃない! 強くなれる最強のコンビってことだわ」
リビィとサンも驚き、そして純粋に喜んでいた。ステアの調子が悪いのは、ただ血を我慢していたからであって、あるべき主従とやらの力でこれからは強くなれる。
そんな単純な話だとホッとしていたのだ。
けれど、ブリンクだけは冷静だった。1つ1つを整理して、そしてステアに質問ではなく1つ確認を取った。
「クラムステア。これはキリム君の今後について、凄く重要な事を話そうとしている、そうですよね。一度理解を共有するためまとめさせて下さい」
「ああ」
「話を整理すると、クラムステアはキリム君以外の血を受け付けず、あるべき主従の可能性がある。クラムステアの血をキリム君が飲む事で、カーズという関係になる」
「ああ」
ブリンクの再確認で、キリムの表情は明るくなる。
「俺、ステアの本当の主ってこと? それじゃあ、俺がステアの血を……ちょっとでも貰ったら強くなれるんだ!」
キリムは特別な存在になれると思い、喜びがこみ上げてくる。対してステアは普段から不愛想だとしても、喜んでいるようには見えなかった。
「でも、ステアは俺があるべき主だと分かっても、あまり喜ばないね」
「嬉しいさ。だがキリム、お前は本当にこの意味が分かっているのか?」
「意味って」
「俺はいいさ。真の主が見つかり血の契約を交わせるなら、そんなに嬉しい事は他にない。だがお前はどうなんだ。俺と血の契約をするのか?」
「え、すればいいなら今からでもしちゃおうよ。その、俺じゃ嫌だって言うなら仕方ないけど」
こんな主じゃ嫌だ、そう思われている可能性を考え、キリムの語尾は少し小さくなる。後はステアがどうしたいか、それ次第だと思っていた。
「クラムの血を飲む、それはクラムとの同化を意味する。お前は人ではなくなり、クラムのように悠久の時を生きる事になる」
「え? 人じゃなくなる?」
軽く考えていたキリムは、クラムのような存在になると知って半笑いのような表情のまま固まった。その横で、ブリンクはやっぱりねと呟く。
「キリム君が人ではなくなることを拒否する可能性を考えて、今まで黙っていたって事ですね。これは推測なんですけど、キリム君は不老不死に近い状態を維持する、つまり背が伸びる事も、筋力が上がる事も、気力や魔力が伸びる事もない」
「前者はその通りだ。後者はなってみないと分からない」
「この姿の、まま……」
成長が止まると言われると、キリムには躊躇いが生まれる。背格好についてはもう少し成長したいし、何より人ではなくなると、自分に何が起こるのか……全く情報がない。
「お前は目の前にいる者達が老いて死にゆくとも、永遠にそのままだ。友人と呼べる存在を幾度も亡くし、そうして俺と共に生きる事になる。耐えられるか」
「それは……耐えられるか、そんなのその時にならないと分からないよ」
「俺は武神に過ぎない。ノームやシルフとは違い、武神はこの世に必須の存在ではない。ならば優先すべきはお前だ」
ステアはそう告げると立ち上がり、マルスへと視線を向けた。不愛想な表情は相変わらずで、腕組みをしていないだけまだマシというレベルだが、ステアはマルスに1つ頼みごとをする。
「キリムを頼む。俺は……時間を稼ぎたい」
「え?」
「不本意だが、暫くの間、貴様に我が主を任せる。貴様が言うように、キリム1人での旅は無理だ、だが目的を考えれば留まっている訳にもいかん」
「ちょっと、ちょっと待って! どういう事? 時間を稼ぐって、どういう事?」
急展開についていけず、キリムは立ち上がって机に手を突き、身を乗り出す。少し言葉が足りないと思ったのか、ステアはキリムをしっかりと見たまま、考えを告げる。
「今俺が欲する血の量は異常だ、お前を殺しかねん。それを少しでも減らし間隔を空けるには、俺が戦わないのが一番だ」
「いったん、ステアと戦うのをやめるってこと?」
「ああ。俺はお前が成長する時間を待ちたい。血の契約はその後で考えてくれ。どのみちクラムと同等の力を手に入れても、お前の器を大きくしなければ使いこなせない」
ステアは覚悟を決め、真実を全て話した。キリムの成長を待ちたいと言ったのも本心だ。
キリムが納得できたうえでカーズにならなければ、共に生きる時間が苦痛でしかなくなる。
そして、今のキリムが不老長寿を手に入れるとしても、肝心のデル討伐を成し得る力を持てるかは分からない。
あるべき主従からカーズとなる事は、クラムとして懇願してでも手に入れたいものだ。けれどステアは、今のキリムにとって最善ではないとも認識していた。
「ここで、しばらくお別れって事?」
「ああ」
「……俺は、ステアの助けになれないって事?」
「これは助ける、助けないという話ではない。俺達は巡り逢うのが早過ぎた。お前が強くなるまで待つ、それだけの話だ」
ステアはそう言って、珍しく少し微笑んだ。ステアは自分の弱音を吐かず、キリムにとってマイナスな事はこの場で問い詰めても話さないだろう。それが分かっているからか、キリムは静かに頷いた。
「ステア」
「何だ」
「俺、ステアの本当の主なんだよね」
「ああ、そのようだ」
「俺のクラム、なんだよね」
「そうだ」
キリムは一度大きく息を吐き、そして決意した表情でステアをしっかりと見つめた。
「ステア、何かあれば俺の事を頼って、必ず。俺が強くなるまで待ってくれるなら、出来る限り急ぐから」
「分かった」
「それと、俺はステア以外のクラムには頼らない。次にステアと旅を始めるまで、召喚は封印する。魔法を使いながら双剣士として活動する」
「……分かった」
ステアは真剣な表情を崩さずに頷く。
2度目の「分かった」には、有難うの意が込められていた。






