CARSE-06(044)
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「ん……」
「気が付いたか」
「ここは? そうだ! ステアに血をあげてたら意識が遠のいて」
キリムは目覚めると同時に、貧血による気分の悪さで唇が震え始めた。時計を見ると、自分が着いた時間よりも針が1時間ほど遡っている。つまり少なくとも半日近く気を失っていたということだ。
「このまま目覚めないなんてことは無いと思ってはいたが……安心した」
「ごめん、もっと血を増やさないと」
ステアは立ち上がろうとするキリムにまだ寝ていろと告げ、椅子に座って腕組みをする。ランプの数が増えており、部屋の中は相応に明るい。自分の思いをキリムの傍でずっと考え、整理していたステアは、どこか吹っ切れたようにも映った。
「お前に話さなければいけないことが沢山ある」
「今日はブリンクの実家に寄ることになってたんだ、もう朝……だよね、心配してるかもしれない」
「分かった。俺も行こう」
「おいステア、貰ってきたぞ……って、キリム君! 気が付いたのかい」
キリムを支えながら身支度を始めようとするステアに、外から戻ってきたクラムディンが声をかける。
「なんだ」
「なんだ、じゃねーよ、お前が貰って来いって言ったんだろうが。キリム君、これを飲んでおくといい。アスラ婆さんとエイル婆さんが作った」
「え、何の薬ですか」
「さあ、貧血でぶっ倒れた召喚士に効く薬をくれと言ったら、それをくれた」
ディンは小瓶に入った真っ黒な丸い玉をキリムに差し出す。20粒ほどはあるだろうか、その成分が何かをディンに訊いたところできっと分からない。
「呪術と試練と浄化のクラムアスラと、治癒神のクラムエイル、ですか」
「大丈夫。アスラ婆さんは怒った顔でも苦しそうな顔でもなかった」
顔を3つ持つと言われるアスラの表情は、それぞれ慈悲や怒りや憂いを表すという。
これが怒りの顔であれば、何が込められているかなど関係なく絶対に口にしないが、慈悲の心で作ってくれたのなら、とりあえず浄化、もしくは悪いものに効くのだろう。
キリムはしばらく悩んだ後、1つを摘んで目を瞑り、口の中に放り込んだ。
「ん! んんん!」
「どうした、途端に元気になったか」
「ぐぇ……んぉえ! っぷ、不味い! 水! 水は!?」
キリムの口の中には苦くて甘く、そして酸っぱくて辛い何かが広がっていく。つまり、形容しがたいほど不味いのだ。
水と言われても水道設備などという気の利いたものはない。キリムは口を押さえたまま慌てて家を飛び出し、フラフラしながらも近くの水の流れまで全速力で走っていった。
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「よう! 子分が弱ってるって聞いてやってきたんだが……元気そうだな」
「サラマンダーとワーフか……と、その後ろに大勢いるのは何だ」
「みんな、数百年ぶりにやってきた人に興味津々でな!」
「ステアの主さんに会いたくてね! おいらが連れて来たのさ!」
入ってきたのは火の精霊とも言われるサラマンダー、そして鍛冶屋のワーフだった。
その後ろには3面の顔と6本の手を持つ女性型クラムのアスラ、黄金色の長い髪に袖なしの青いローブを纏った女性型クラムのエイルの2人がいる。
そして、どうやら他にもノームやシルフ、ウンディーネ、バアル……大勢のクラムが押し寄せているようだ。
悠久の時を生きるのは退屈なのか、クラムは些細な事にも興味を示す。ステアが主と認めた少年に洞窟の中で会えるとなれば、クラムが一斉に押し寄せるのも仕方がない。
「まあ、そっちがステアの主ね。寝ているの? 疲れているのかしら」
「貴様らが渡した薬が不味過ぎて気分を悪くした。人に渡すなら人に合わせろ」
「あらそうなの。人の味覚にも興味があるわね、今度色々試させてもらいましょう」
「実験台にはさせん。ニキータに言って人が好む菓子でも参考にしろ」
キリムが初めて見るクラムも多く、当然のように集まられるとたじろいでしまう。主に薬の後味のせいで気分が悪いと横になっていたが、キリムは飛び起きて深々とお辞儀をした。
くどいようだが、どんなに親しみやすくても召喚士にとって、人にとって、クラムは神なのだ。
「キリム君、気分はどうだい?」
「クラムワーフ……お久しぶりです。はい、大丈夫です。作っていただいた装備が本当に役に立っています」
「そう? おいらがまた何かしてあげるから、困ったら言っておくれ! みんな聞いておくれよ! 人の作った装備をおいらが改造して、キリム君にあげたんだ!」
ワーフが自慢気に耳をぴんと立てて、澄ました顔で胸を張る。その横ではアスラとエイルが、私が浄化しただの、私が体調を直しただのと手柄を競っている。
「俺はキリム君の危機に駆け付けたね!」
「俺もその時は暴れまわってやったぜ!」
「呼び出されたのはおいらだよ! おいらは一緒に戦った!」
「それがどうした。俺は常にキリムに仕えている。貴様らなど取るに足らん」
ステアは相変わらずムスッとしているが、内心は誇らしく思っていた。
見せびらかして、どうだ、いいだろう? 俺は主を迎えたんだと子供みたいな事を言うか、言うまいか悩んでいたくらいだ。
対してキリムは神々に言い寄られて完全に気後れしていた。何を話しかけられても恐縮し、ペコペコと頭を下げている。
そんな主の自信無さげな姿はステアのお気に召さなかったようだ。その不機嫌さは当然キリムではなくクラム達に向けられる。
「おい。我が主に頭を下げさせるとは、貴様らいい度胸だ。おい寄るな、俺の主だぞ」
「私も主にしたいと思える召喚士と出会える日が来るかしら」
「知らん」
「あなた、血がとても美味しいんですってね」
「近い。おい、貴様俺の許可なく我が主に触るな」
ステアは一体キリムの何なのか。ボディーガードか、それとも番犬か。今この場に限っては、勇ましい武神ではなく独占欲丸出しの子供のようだ。
ステアが押され気味な所など、見るのは初めてだ。キリムはそれがおかしくなり、とうとう声に出して笑いだす。
「キリム君! いつでも装備の相談をしておくれよ!」
「あ、はい。そういえば、あの元の装備を作ってくれた人……エンキさんが、いつか自信作を見てもらいたいそうです」
「いいね、いいね! そういう気概のある人は好きだよ! どんな装備を見せてくれるのか楽しみだ、いつだい? 明日かい?」
「いえ……また装備が出来た頃にはステアを通じて必ずお知らせします」
気付けば先程まではいなかったクラムが室内にいて、身動きを取るのも難しい程になっている。一体配達はどうしたのか、ヘルメスやニキータまでもがキリムを見物に来ていて、まだまだ増えそうな勢いだ。
「キリム、このままだと出発できなくなるぞ」
「分かった。クラムエイル、クラムアスラ、有難うございます。薬のおかげで体調も戻りました。クラムディンも、ステアの心配をしてくれて感謝しています。みなさん、心配をおかけしました。行ってきます」
ディンが返事をし、サラマンダーとワーフがニカッと笑って手を振ってくれる。
「ステアにも仲間が沢山いると分かって、ちょっと安心した」
「何か言ったか」
「ううん、何でもない。戻ったら……俺の友達を紹介していいかな。ベンガに来てるんだ」
クラムがこんなにも賑やかで、日頃よく他のクラムと面白い事を探していると知ったら、世界中の召喚士は驚いて腰を抜かすのではないか。キリムは皆のイメージを壊さないためにも、黙っていようと苦笑いする。
「お前がしたいようにしろ。俺は何が……何があろうと、信じて進むお前の力になるだけだ」
ステアはカーズの事を告げなかった。






