CARSE-05(043)
「ステア! キリム君を連れてきたぞ」
「ステア! 大丈夫!?」
眠っていたのか、ややゆっくりと体を起こしたステアは、声の主の方へ向くと目を真ん丸に見開いて驚いた。
「キリム? どうしてここへ」
「クラムディンに連れてきてもらったんだ、何でこんな体調崩すほど我慢してるんだよ!」
「心配はいらない。お前が気にする事ではない」
「気にするよ!」
ステアがキリムの追及をかわそうとしていると、キリムが普段に無い大声を出して遮った。その勢いにステアは驚き、言葉を発するのをやめた。
キリムの表情は怒っているようで、そして悲しんでいるようにも見える。目の辺りが光って見えるのは、キリムの目が潤んでいるからだろう。
ステアは、昼間見ている姿よりも随分と覇気が無く、よく見ればかなり顔色も悪かった。旅の途中には見せなかったか、もしくは自分が気づかなかったのか。それも、キリムにとってはショックだった。
「ステアは俺の従者だって、俺の為にいてくれるって言ったじゃないか。そんなステアを苦しませるなんて、俺って主の資格ないじゃん」
「違う、そうではない」
「俺の血が不味くて飲めなくなった? 栄養が足りないからステアが苦しんでるのか? 俺、どうしたらいいんだよ、俺のせいなのか? それとも俺は助けになれない?」
「騒ぐようなことは何もない、何でもないんだ」
ステアは珍しく覇気のない顔で否定をするも、理由を話そうとはしない。見かねたディンがため息をつき、キリムへと視線で合図を送る。キリムは服の袖を捲った。
「……何のつもりだ」
「ステア、とりあえずキリム君から血を貰え、言う通りにしろ。ここに来るまで、キリム君はお前が血を飲まなくなった原因が自分にあると思って、悩んでいたんだぞ」
「……分かった」
ステアはディンの言葉を聞くと、観念したように深く息を吐き、差し出されたキリムの左の腕の外側にゆっくりと咬みついた。
赤い雫が時折キリムの腕から滴り落ちる。ステアの喉が動き、確かにキリムの血を飲んでいることが分かる。キリムはそれに安堵していたが、ディンは内心焦りもあった。
キリムの血だけは喉を通る。それが何を意味しているか、分からないはずがない。
ステアはゆっくりと血を吸い上げていく。次第にキリムが我慢するような表情を見せるようになり、ディンが止めに入ろうとした。けれど、キリムはそれを制止した。
「もう少し飲ませてやって」
キリムはディンにそう伝えるも、それから数秒後には血を失い過ぎて気が遠くなり、そのままステアの支える右腕の中に倒れ込んだ。
「ステア! キリム君が限界だ!」
「……はっ」
ステアは、声を掛けられるまでキリムの腕から口を離すことが出来なかった。気を失ったキリムの姿を見て、夢の中でキリムのはらわたを貪っていた様子が脳裏によみがえる。
「ベッドに寝かしてやれ。足を高く、心臓に血が通うように」
「わ、分かった」
ステアは言われた通りにベッドに寝かせ、そして自身はそっとベッドの縁に腰掛けた。先程まで病人のようだった顔色は見違えるほどよくなり、体も軽い。だが、肝心の主が今度は血の気のない姿で横たわっている。
「すまない。……俺は、こうなる事が恐ろしかった。俺はいつかキリムを殺してしまう」
キリムには聞こえていなかったが、ステアは悲しそうにキリムに詫び、そして気持ちを打ち明けた。
「これで、はっきりしただろ」
ディンは、ステアにこの状況を表すにふさわしい言葉を促す。
キリム以外の血は吐いてしまい、錠剤は喉を通らない。飲み込めたとしても力を補えない。それが何を意味するのか、改めて言葉にさせて現実を見つめさせようとしていた。
「あるべき主従、カーズ。どうやら俺は真の主を見つけてしまったようだ。なぜ俺はキリムを放っておけなかったのか、ようやく分かった」
「あるべき主とは、出会うべくして出会うということだな。それで? お前はどうしたいんだ」
「手に入れるとか、喰らいつくすなんて生易しいもんじゃない。キリムの全部を訳の分からない感情が求めている。俺はそのうち魔物のようにキリムを噛み殺すんじゃないだろうか」
ステアはディンに珍しく弱音を吐き続ける。
前例としてカーズとなったクラムメルリトがいるものの、メルリトの主は目を覚まさず、おまけにメルリトは血を必要としない詩人のクラムだ。ステアのケースとは何もかもが異なり、これからどうなるのか、クラム側も全く分からない。
本当にキリムを喰らい、自身に取り込むような真似をしてしまうかもしれないし、場合によっては消えてしまうかもしれない。
「キリム君が目を覚ましたら話をしてやれ。そうじゃなければ俺が話す。もうお前の依存が始まり、キリム君がそれに応えようと、身を犠牲にしてまでお前を守り始めている。もうお互いに何らかの影響が出始めている」
「以前から、キリムが腕輪を外したりすると、胸が締め付けられるように痛むことがあったんだ。おそらく、一時的にでも完全に主の気が断ち切られるせいだろう」
「自覚症状は他にもあったってことか。何で言わねえんだよ、ったく」
「言ってどうなる。キリムはまだ17歳になったばかりだぞ、確信したところでどうなる。このまま成長を止め、クラムと悠久の時を共に過ごせと迫るのか」
メルリトの主のように寿命という概念が消える事で、キリムは永遠の時を生きる事になる。そして、寿命が尽きないという事は、老化はせず、成長もしないという事だ。
今のキリムは旅人としてようやく伸び始めたところで、気力も魔力も一人前とは言えない。筋力も追いついておらず、双剣の扱いも慣れた程度で玄人には到底敵わない腕だ。
この状態で永遠の時を与え、そして一切の成長が無いというのは……あまりにも決断が早過ぎると思われた。
「この先キリム君の体にも不調が出るかもしれない。その可能性はあるんじゃないか? お前だけの問題じゃない、キリム君の為にも話し合え」
「あいつは心優しい。他人の為に自分を犠牲にする。カーズの事を知ってしまえば、きっとあいつは俺の事を優先する。自惚れじゃない。例え見知らぬ相手でも、キリムはそうする。そういう少年だ」
「ああ、優しい少年なのは俺にも分かる。すぐに血の契約を結べとは言わないが、それも選択肢の1つだときちんと伝えるべきだ。お前が……どうしたいのかも」
ステアも、このまま何事もなくキリムと旅をする事は難しいと分かっていた。取れる選択肢は2つしかない事も分かっていた。しかし、その選択の時は今ではないとも思っていた。
せめてキリムが納得できるくらいに成長するまで、どんな結末であっても決断を伸ばしたいのだ。
「人として、これからやりたい事もあるだろう。出会う皆の死への旅立ちを、次から次へと何百人と、何千年も見送り続ける人生は、キリムにとって良い事なのだろうか」
「クラムは人の為にある。そしてお前はキリム君の為に生まれてきたクラムだ。お前らには意味があるんだよ。キリム君がデルを討ち、この世に安寧をもたらすという目標があるのなら、それはお前なしでは成し得ない」
「……キリムが望むから、俺が存在するという事か」
「クラムとしてはそうだと信じたいね」
キリムがステアの力を望み、必要としているのなら、ステアはそれに是非とも応えたいと思っている。同時に、あるべき主はクラムに慈悲と糧を与え、願いを叶える存在でもある。
その決断の時期を誤ったメルリトの例を暫く考えた後、ステアはディンに1つお使いを頼んだ。






