TRAVELER‐08(036)
「だいぶ痺れ矢が効いてるはずだけど! アイスアロー! ……流石に貫通とまではいかないか」
「持続回復、フィールド張ります! フェザー入れ直したよ、体軽くなってるはず! ちょっと当たっても回復するから全力で!」
「見てろよお前ら! 喰らえ! 魔術書が50万マーニもした高級魔法! メルトダウン!」
メーガンは溶岩を生成する「メルトダウン」と、融けるように無くなった購入資金を掛け、パーティーの緊張の糸を引き千切った。
「ちょっとメーガン笑わせるな! プッ、毎度お前は……おっと! 右肩に傷口開けたぞ! アデルゲイト見えるか!」
「クスクス……ちょっと、力入らねえだろ馬鹿メーガン! 盾を弾き飛ばされたらお前のせいだからな」
ただ、笑いながらも攻撃の手を緩めてはいない。氷の攻撃と炎の攻撃、この激しい温度差によって、炎の攻撃であるメルトダウンの効果が上がる。そしてネイサンが開けた傷口めがけ、アデルゲイトが毒を放つ。
マルス達とは比較にならないパーティー連携を前に、キリムは圧倒されていた。しかもこの連携を維持しつつ、笑顔で戦っているのだ。
全てが順調で、キリムの目にはウーガが一気に弱ったように映っていた。
「凄い……。これが、熟練の旅人の戦い」
「おい! みんな気をつけろ!」
しかし、ふと打ち込まれるメーガンの魔法に反応し、ウーガが一際大きな叫び声と共に振り向いたのが分かった。ウーガの目が赤く光っている。
その先にいたのはメーガン、アデルゲイト、トース、そしてキリムだった。トースが言っていたように、急に別の攻撃に興味を示し、そして向かってくる……まさにその状態が訪れてしまったのだ。
メーガンは魔力補充のため魔力回復薬を飲んでいる最中だ。即効性はなく、強力な魔法を撃てるようになるまで暫くかかる。
「まっずい! 呼び戻せない! 後衛、突進避けろ!」
「おいおい、トースが回復の陣張ってる最中だ、動けねえ! 結界に切り替えられない!」
「まずい、間に合わないぞ、足止めは何か発動できないか!」
後衛職目掛けてウーガが突進してくる。後衛と言っても十数メルテの距離だ。ウーガの突進を喰らっても、そこそこの装備と筋力があれば致命傷にはならない。だが防御力が低い後衛職が狙われたなら話は別だ。
「アイビーウォール!」
打撲や骨折を覚悟したメーガンが目を瞑る直前、聞き慣れない声と共に、ウーガの動きが急に止まった。
結界を張り直そうとしていたトースの僅か2、3メルテ手前で、ウーガは腕を振り回すだけの状態で吼えている。その足元には盛り上がった土と、そこから伸びる無数の太い蔦が足を覆うように絡まっていた。
「これは……」
「この術、まさか、キリム君!?」
キリムが頷き、そしてその横から小さな生き物が顔を出す。目が隠れるほど深く被ったつばの広いトンガリ赤い帽子に、尖った耳、尖った鷲鼻。ブカブカな緑のポンチョと、子供の背ほども無い小柄な体に似合わない大きな靴。
ノームだ。
「魔物がこっちに向かってくるって思って、ノームに戻って貰ったんです。間に合ってよかった……」
「ステアの主さんの願いとなれば、おいらも協力は惜しまないよ。あんまり長くはもたないから早めにやっつけてくれよ」
そう言うと、ノームは踊りだし、ウーガの体に蔦をどんどん絡ませていく。ノームは大地の神であり、その土地を豊かにも貧しくも出来る。土を自在に操り、ほんの少しの砂粒でもあれば、力を発揮できる。
その力を応用し、地中に眠っている植物の種を急成長させて魔物の動きを封じた事を説明すると、皆は安堵と共に気合を入れ直す。
「今のうちに! いくぞ、全力で撃ちこめ!」
「よっしゃ! 後輩の前でカッコ悪い姿は見せられねえ! 本気のメルトダ……」
メーガンの視界が一瞬遮られ、何かが光ったと同時にウーガの腰から上が地面へと滑り落ちた。
視界を遮った正体は赤いマントに金色の髪、そして2本の剣を持つ男、ステアだ。
「町の中は片付いた。戻るぞ……何だ、どうした」
ステアは短剣ひと振りでウーガを斬り捨てた。力を失ったウーガの下半身を何事も無いかのように殴り飛ばし、ステアはキリムへと振り向く。
右前方にいるメーガンの悲しそうな表情など全く見ていない。
「お、俺がキリム君の前でカッコよく決める所だったのに……」
「何だ。何か分からんが、恰好などどうでもいい事だ。終わったなら門の中に入れ、結界が戻る」
* * * * * * * * *
「ノーム、サラマンダー、ディン、本当に有難うございました!」
「美味しい血を有難う、キリム君」
「まあ、俺やサラマンダーは勝手に出てきただけだからな」
「んじゃあ、ステアの主も確認できたし、帰るとするか」
キリムは丁寧にお辞儀をし、ノーム達を見送る。その横に立つステアの表情は、3体に早く帰れと言わんばかりにムスッとしていた。キリムがディンに思わず手を振り返すと、ステアの眉間には深く皺が寄る。
「おい、あれ……クラムだよな?」
「聞いたか? あのガキの方、召喚士だってよ」
「いやいや、まさか! この中の誰かが呼んだクラムに助けられたんだろ」
「だ、だよな。どうせノームとサラマンダーと、あと何か分かんねえけど、ピンチを3体のクラムに助けられたってとこさ」
旅人のパーティーが何組か、キリムの様子をチラチラと見ている。背が低いノーム、肌の色は灰色に近くとも人の形をしたディンはともかく、炎を身に纏った半身が竜の男など、目立たないはずがない。
まさか、ステアを含め4体ものクラムを同時に(意図せず、自分の力でもなく)呼び出した少年などとは思いもしない。
町が再び結界を取り戻した後、真夜中ではあったが町の広場には大勢の人が集まっていた。町を守るために戦った旅人、魔物の恐怖から解放された町民。
その中には孤児院のシェリー達の姿も確認できた。
「良かった、シェリーさんも、みんなも無事ですね」
「ええ。無事……そうね、私が孤児院を出る時に転んじゃったくらいかな。ふふっ、私ってドジなの、こう見えて。クラムステアとクラムシルフも手伝ってくれたわ。私、召喚の資質がちょっとあったみたい、クラムとお話しする夢がかなったわ」
「お兄ちゃん大丈夫だった?」
「うん、大丈夫」
広場には松明が灯され、町の中の僅かな電球式の街灯もすべて明かりがついている。明日の祭りで使うはずだった演説台に上がっているのはこの町の町長だ。
町長は集まった者達へ拡声器を使って話し始めた。
「お集まりの皆さん! 係りの誤操作でこのような事態を招き、大変ご迷惑をおかけしました。無事でいられた事を心より嬉しく思っております。同時に、結界の再起動まで防戦して下さった旅人の皆様、本当に有難う」
町長の言葉に、最初はまばらに、次第に大きな拍手が沸き上がった。死者、魔物に怪我を負わされた者はいないという。
「結界の張り替えに備え、殆どの家が準備を済ませていたおかげで、人、家畜、建物の被害も殆どありません。家から急いで逃げて貰わなければならない事態となりましたが、おかげ様で、1日前倒しで結界を張り直すことができました」
「明日の祭りはどうなるのですか?」
「魔物が暴れた後だから、さすがに明日片付けるはずだった出店の残骸や、壊れたものの片付けもあるんだが……また結界を切るというのは」
討伐戦はこの祭りのメインイベントだ。このために旅人を集め、万が一の際にも腕利きの旅人がいる状態にしたくて、賞金の高い対戦や技術競争まで用意したのだ。
メインイベントが終わってしまい、町の中は物が散乱している。通常なら安全な広場に全員が集まり、結界の中から討伐大会を応援するのだが、明日改めてやるというものでもない。
「対人戦と技術戦は時間をずらし、明日の昼から行うこととします!」
「討伐戦はどうなるんだ? もう終わってしまったとなれば、誰が優勝だ?」
「賞金を払いたくないから、わざとこうやって前日に結界を切ったなんて思われても……ねえ?」






