Re:START‐09(028)
キリムが徐々に回復し辺りを見渡すと、墓地内のアンデッドは殆ど倒されていた。ステアが倒したアンデッドは、アビーが回復魔法を掛けて消滅させていく。掃討は成功と言えよう。
「キリム、あらかた終わったぞ。あとは実体のない幽霊だけだ。幽霊は俺の短剣では切れん」
「分かった!」
「ファイア1撃でも当ててくれたら私がヒールをかける。ヒールは相手の傷や減った体力に反応するの。だから、異常がない相手には何も効かない。キリムくんが少しでもダメージを与えてくれたらヒールをかけられる」
「治癒術は攻撃術と相性が悪いんでしたよね。攻撃術、治癒術、どちらも中途半端でなく専門としたいなら、どちらかを捨てないといけない」
「その通り。私も攻撃術は覚えなかったの」
この場において、霊体を攻撃できるのはキリムだけだ。治癒術が効く状態にすればいいため、唯一の攻撃術であるファイアで、ただダメージを与えるだけでいい。
「ようやく、俺が役立つってことですか」
「今までも十分活躍してくれたわ。クラムステアも。攻撃された仲間を救うのが私たちの役割。負傷を情けなく思う必要は無いの」
アビーの言葉に、ようやくキリムの気持ちは浮上した。幽霊相手では何も出来ないステアも、万が一実体のある魔物が出てきたらと、2人の後をついていく。
幽体のアンデッドを発見すると、キリムがファイアをかける。
「ファイア!」
数発唱えるとキリムはややよろけた。魔力切れだと気付いたキリムは、鞄から2瓶マジックポーションを取り出し、1瓶を飲み干すと、1瓶をアビーに渡す。
「有難う、でも大丈夫。私はこう見えて丈夫なの」
アビーはファイアが命中したアンデッドにすかさずヒールを行う。黒く影のように浮遊していた魔物は、白く、そして輝くように拡散し、消滅していく。
3人はそれから1時間ほど墓地内を回って繰り返し、更に敷地内を巡回して1体もアンデッドがいないことを確認した。
しばらく経てば魔物は自然発生する。しかしとりあえず今の時点では殲滅出来たようだ。アビーを護衛するという依頼は無事に達成できたことになる。
「これで……倒すのは終わりかな?」
「有難う。アンデッドが消えたから、これで夫の骨を持って帰れます。残っていれば、だけど」
「あ、そうか、アンデッドに……」
キリムが呟くと、アビーは不安そうと言うよりも少し悲しそうに微笑んだ。そして海寄りの1つの墓石の前に来ると、手を合わせ、墓石をずらした。
「ディラン・ヒューズ……旦那さんのお墓ですよね。骨、ありますか?」
覗きこむアビーにたまらずキリムが声をかけると、アビーは何も答えずにそっと頭蓋骨を持ち上げた。
「それだけ? 体はアンデッドに……?」
「ええ、無事なのは頭蓋骨だけ。他はアンデッドに乗っ取られたみたいね。土葬は骨や腐ったような実体に、火葬は幽霊体、夫の一部はきっと前者になったわ」
「そうですか……」
「でも、いいの。キリムくんが来てくれたおかげで、アンデッドになった体を治癒で還すことが出来た。こうして残った骨だけでも持ち帰れるのなら、私の目的は達成。ありがとう」
「はい」
倒したアンデッドの中に、アビーの夫の骨を利用したアンデッドがいたかもしれない。そう考えると、キリムは感謝されても素直に喜べなかった。
「アンデッド退治なんて、ほんと後味の悪い依頼よね。私は依頼をあなた達に受けて貰えて本当に嬉しく思ってる。でも優しい人向きじゃないの、こういう依頼は」
そう言うと、アビーはステアの方を向き、同じように礼を言った。その顔はとても穏やかで優しく、不愛想なステアが「ああ」と返事をしたくらいだ。
「2時間弱歩くより、瞬間移動をするか」
「ごめんなさい、こんな姿でも夫との最後の散歩なの。我が侭を言って悪いんだけど、歩いて帰らせてもらえないかしら」
「そうですね。もう急ぐ必要は無いし、ゆっくり帰りましょう」
* * * * * * * * *
夕暮れ前にアビーの店に戻り、2人はアビーから報酬を受け取った。そしてどうせならと、アビーと共に新墓地を訪れ、用意していたという新しい墓に持ち帰った骨を納めた。
ひざ程までの高さがある正方形で、レンガ程の厚みがある黒い墓石の表には、アビーの苗字である「ヒューズ」の文字だけが書かれている。
アビーはもう戦わないつもりなのか、額から外した夫の大剣と、自身の杖も一緒に納めた。
「本当に有難う。骨を持ち帰る……たったそれだけの事。それを、こうして持ち帰ることを、どれだけ願っていたか……感謝しきれません」
「とんでもないです、色々と勉強になりました。戦い方も、自分の力量を知る事も」
「こちらは仕事なのだから、当然の結果を渡したまで」
アビーはニッコリと笑い、そしてキリムにいつか協会の女性職員が言った言葉と、まったく同じ言葉を掛けた。
「どうか無理をしないで。召喚士がクラムを守ってあげるくらいの気持ちでね。どちらも生きている事が大切なんだから」
「……はい。嫌というほど分かりました」
生きていればこそ、強くなれるのも生きていればこそだということ。キリムは、今までの道のりをステアの圧倒的な強さで乗り越えてきただけだ。
それを忘れそうになっていたキリムは、早い段階で再認識出来て幸運だったに違いない。
「無謀なお願いをした私が言う資格はないけど、今後の旅でも無謀な戦いは避けてね。今日みたいに力の差が大きい魔物を相手にするのは、本当にやめた方がいいわ。いつか取り返しがつかなくなる」
「はい。今回はアビーさんが一緒にいてくれたから達成できたので、お金を貰うのも本当は悪いかなって、ちょっと思ってるんです」
「それはそれ。私が戦ったのは私の勝手よ、気にしないで。また機会があれば寄ってね」
「はい。また是非とも」
「さて、俺たちは帰るとしよう」
「うん分かった。アビーさん、お元気で」
「あと……どうかこれを」
アビーはキリムとステアに、細いブレスレットをそれぞれ1つずつプレゼントした。
金属製で深紅の光沢があるそれは、ステアから貰ったブレスレットと一緒に填めても邪魔にならない。ステアは貰ったのだからと、もう素直に腕へと填めている。
「私と夫が着けるはずだったものなの。2人を見ていると、私たちが出来なかった冒険を代わりに託せるかなって。どうか、あなたは長く生きてね、キリムくん」
「え?」
アビーの言葉に違和感を覚え、腕輪を眺めていたキリムとステアは顔を上げた。
視線をアビーへと向けようとしたが……そこにアビーはいなかった。
「アビーさん?」
「どこに行った」
「まさか……瞬間移動!?」
「クラムではない者に出来る事ではない」
周囲を見渡しても、墓地に人影はない。隠れる場所はなく、そのうえ2人はアビーの声を聞いてすぐに顔を上げたのだ。
アビーは忽然と姿を消してしまった。
「いったいどういう事……」
「キリム、裏を見てみろ」
「裏?」
ステアが墓石の裏に何かを発見し、キリムもそれを覗き込む。そしてその顔は驚きを表したまま固まった。
「アビゲイル……ヒューズ」
「亡くなって2年、か。夫と別々の墓に入る事がよほど無念だったのだろう」
墓石の裏には、アビーの本当の名が刻まれていた。
「アビーさんは、幽霊だったんだ……」
握手もでき、珈琲も注いでくれた。あの喫茶店の中にあった暖かい空間は、確かに生きた空間だった。けれど2人で確かめに行くと、そこには看板も何もない1軒の空き店舗があるだけだった。
「幽霊に、幽霊退治を頼まれたんだ……。でも、このブレスレットは幻じゃない」
「今度ワーフを連れてくる。旦那の名も刻んでおくべきだろう」
「うん、そうだね。いなくなったって事は、ちゃんとお役に立てたって事なのかな。アビーさん、有難うございました」
まだ鮮明に覚えている珈琲店を思い浮かべ、キリムはそっとアビーに語り掛ける。通りを歩く人は多かったが、キリムの耳にはハッキリと女性の声が聞こえた。
「さようなら、期待の新人さん」






