Re:START‐06(025)
「魔物が湧きやすい場所にあるらしく、数年前に移転をしたものの、全部は移しきれていなくて……もう諦めている人もいます。私もまだ夫の墓を移せていないから、骨を取り出して新しい墓地に持って行きたいのです」
移転という事になっているが、実態は放棄だ。魔物の成り立ちは不明だが、負の感情が集まる場所、災害が重なった場所などは魔物が寄り付きやすい。
死人のために生きている者を危険には晒せない。墓地を守るのではなく放棄するのも仕方なかった。
「アンデッドって、実際に見たことはないけど骨とか、そういうやつだよね」
「ああ」
魔物が湧く際、人の死体を仮の体として操って使う事がある。あるいはその土地の性質や気配を具現化し、魔物としての形を生成する。それがアンデッドだ。
実際の死体が蘇ったようなゾンビは前者、物理攻撃が効かない幽霊のような姿をしているものは後者であることが多い。
「それで旧墓地に行く必要がある、ということだな。アンデッドは強いのか」
「強いというよりも、湧くのが早くてキリがない、といった所でしょうか」
「う~ん、行ってみないと分からないね。2人だけで大丈夫かな……って」
キリムが考え込みながら何気なくカウンターの中に目をやると、1つの杖が立てかけてあった。壁には額に入った大剣がある。
「もしかして……お姉さんは治癒士?」
誰かの忘れ物という訳ではなさそうだ。旅人ではない者が武器を大っぴらに飾るようなことはない。
「元旅人、です。1人で墓地まで行ったのですが……流石に攻撃職がいないと逃げるだけになってしまって。一応アンデッドなら回復呪文で倒せるとはいえ、私が攻撃を受けない事が前提になってしまうから」
「ということは、俺達が行く時は一応俺とステアと、お姉さんで3人のパーティーで行けるって事ですね」
「私も勘が鈍ってるとはいえ戦えなくはないので、付いていくだけではなく、支援もできると思います」
回復魔法はアンデッドを倒すのに不可欠だ。キリムがアンデッドに有効な初級の炎魔法「ファイア」を習得しているが、1日に数発撃てば魔力切れを起こす。
幽霊であれば、物理攻撃に特化したステアが斬ることはできない。キリムがどれだけ戦力になれるかは未知数のため、この構成なら治癒士は欠かすことが出来ない。
「キリムは自分の事に集中しろ。あんたは自分が狙われないように立ち回ればいい。話を聞いた限りでは問題なさそうだ。行くなら早い方がいいが」
「陽が落ちてくるとアンデッドが活発に動くようになるんだったよね、明日の朝からがいいんじゃないかな。お姉さんはそれでいい?」
「ええ、助かります。あ、申し上げるのが遅れました、私の名前はアビゲイル。でも魔法使いの慣習でアビーと名乗っています。キリムくん、クラムステア、宜しくお願いします」
「はい。じゃあ、また明日の朝伺います。ステア、陽が沈むまで特訓! 付き合って!」
「いいだろう」
アビーに別れを告げ、2人は港に面した2階建ての木造宿舎を訪ね、そのままチェックインを済ませた。
旅客協会では北に向かう街道沿いのチーラビ(ウサギのような獰猛な魔物)の巣の退治クエリを受注し、訓練と称して意気揚々と出かける。
クエリを受注しなくても、向かってくる魔物とは積極的に戦っていく。
今戦っているのは鷹ほどの大きさがある「フラッター」と名付けられた鳥型の魔物だ。羽ばたく度に黒い煤を落とし、植物を枯らすのだという。
「鳥型の魔物は地に落とす事を考えろ! 岩を生成する魔法は覚えているか」
「えっ、そんなのない!」
「それならば風魔法は」
「ない! 村にいた時はお金なかったから、ファイアの呪文書しか買ってないもん!」
「……お前の敵は魔物よりも貧乏だったな」
ファイアを唱えても、飛び回る相手に対し簡単には命中しない。何発も撃てないため、その詠唱も慎重になる。新米のキリムの斬撃など、もちろん当たらない。
「あああイライラする! 全然当たらない!」
「鳥は飛ぶ際、羽ばたきで上昇する事はあっても、後ろには進まない。目線をよく確認して斜め上から叩き斬れ」
「届かないってば!」
「……お前に鳥型の魔物はまだ早いか。それならば見ていろ」
センスがあるだけではどうにもならない事もある。戦闘経験を積む中で分かってくるものもあるのだ。その分かった事を、その通りに実行できるかどうか、そこにセンスが問われる。
今のキリムはその前の段階にいる。魔物の動きや特徴はまだ把握できていない。
「斬落」
ステアは足に気力を溜め、高く飛び上がって両腕を振り上げると、フラッターの動きを読み素早く振り下ろす。
「凄い……」
かまいたちのように見事な切り口は、何が起こったのか理解できないフラッターの羽ばたき1つと共に、ドス黒い血を吹き上げる。
フラッターは動きを止めて地に落ち、地面を黒く染めた。
「たかがこれくらいの事で凄いと言われると納得いかん」
「いや、本当に凄いじゃないか」
「俺が全力で戦えるような魔物と対峙できるよう、早く熟練の旅人になるんだ」
「クラムに追いつくなんて無理だってば」
ほどなくして、街道の脇に土が不自然に盛り上がったチーラビの巣が見つかった。
キリムはチーラビの突進攻撃を避けながら、右手に持った短剣で切り付ける。その間にも魔法の詠唱を忘れず、近くにいたチーラビにファイアを発動した。
ステアは周囲を警戒し、キリムが仕留められなかった個体を斬る。
初心者だ、まだ1週間だと言いつつも、ステアとの連携はまるでお互いが望む行動を把握しているかのような動きだ。
「うりゃあっ! 技の名前は分かんないけどこれでも……喰らえ!」
キリムはステアの攻撃を真似ていた。目の前のチーラビに短剣を振り下ろした後、軸足を素早く回転させ、遅れて体をひねる。そうして短剣での切り付けに速度と重さを加えていく。
そうすると思いきり力を込めずとも、サクッと斬ることが出来た。
新しい発見に楽しくなり、キリムはどんどんステアの動きを真似ては試していく。ステアは短剣だけではなく、時々足蹴りやひじ打ちなども繰り出す。そして体を2回転ほどさせ、両手の短剣が届く魔物への範囲攻撃を行っていた。
無意識に的を1匹に絞っていたキリムは、今まで片手の短剣はお飾りのようなもので殆ど使えていなかった。もしくは1匹に2本の短剣で刺していただけだ。
「今更ながら、もっと早く両方の剣で斬れる事に気づけばよかった!」
「旅人になって1週間だと自分で言っただろう。遅くはない」
ステアはキリムの成長に目を見張るとともに、言い表せない程の高揚を覚えていた。主であるキリムが自分の真似をし、そして強くなろうとしているのだ、嬉しくないはずがない。
まるで、キリムのやる気がそのままステアに注がれていくようだ。ステアは口だけではなく、今は心からキリムとの共闘を楽しんでいた。
「あ、逃げっ……だぁ~くっそ、短剣投げ全然当たらない! ファイア!」
時々ミスをしながらも、キリムは最後の1匹と思われるチーラビを追い、そしてトドメをさした。
「これで…終わりかな?」
「ああ、もう残っていないようだ」
「新しい魔法とか、何も呪文書買ってなかった。魔力が足りるなら強い魔法も使いたいな」
「自身の魔力がどれ程育っているか、それが分からなければ魔術書も金の無駄だ。1日に放つ事のできるファイアでも数えるか」
「7回発動させられたら、今までより成長しているみたいな。明日アビーさんに訊いてみようかな」
協会で報酬を受け取って宿に戻ると、ステアは宿代を浮かすため住処へと帰る事になる。
今日は血を飲ませろと要求するステアに素直に応じ、キリムは気分が悪くならない程度に血を与えた。






