ritual-01
ritual~終末教徒との戦い~
「終末教徒……」
「はい、彼らは自らをそう呼んでいました」
「だとすれば、3人だけという事はなかろう。ゼムニャー島に現れた者達の雇い主は別にいるのだろう」
ゼタン達が明かした男達の正体は「終末教徒」だった。
キリム達は長く生きてきたが、全てを知っている訳ではない。初めて聞く邪教の名に驚きつつ、長い間閉鎖的な暮らしをしていた自身の知識の乏しさを恥じていた。
ゼタン達に場所を聞き、キリム達はまず魔物の死体の山を片付けた。万が一ゲートが開けば、エンキとワーフだけでなく、偶然居合わせた旅人や商人が危ないからだ。
「ヌクフェ……」
「行った事がない村だな、協会の地図でも示されなかった。恐らくその一派の出現を知らない」
「んじゃあヘルメスに伝えておこうぜ。あいつなら全協会の場所を把握している」
「オイラ行ってくるよ! ヘルメスなら今日は休みで寝ているはずだから」
鷲のような見た目のクラムヘルメスは、協会の手紙や荷物を各地へ届けている。彼なら迅速に回ってくれるはずだ。ノームが洞窟へと瞬間移動で消えていき、残りの者は村を目指すことになった。
「その前に一番大きな町に寄ろうぜ、召喚士を募りたい。俺様を呼び出せる奴が必要だ」
「妾も召喚士に求められた方が力になれるであろう」
あまり大勢で向かえば目立ってしまう。だがその怪しい3人組を瞬時に捕らえて事態を鎮静化させるのであれば、大勢で取り囲んだ方が早い。
相手が戦意を喪失してくれたなら、これ以上何の被害も出さずに済む。
「誰かこの村に行ったクラムは?」
「んー……地図を見てもピンと来ねえなあ。ディエガン・ルシア島……でっかいけど他所の大陸とも離れてやがるし」
ディエガン・ルシア島は、キリム達の宿があるダイナ大陸の真南に約1000キルテの位置に存在する。円に近い直径200キルテの島だ。
南北に100キルテ程のディエガン・ディガラア島と小さな島々を合わせ「ディエガン諸島」と呼ばれている。
「ベージバルデまで定期航路があります。4日もあれば」
「4日も待てない! 明後日、ゼムニャー島の町が襲われてしまう。奴らはここと同じようにゲートを開くんだ」
「おそらく、貴様らの村が先にやられる事はない」
「何故ですか」
「村の消滅が貴様らの耳に入った時、ここのゲートが開く事はなくなるからだ」
ヌクフェ村が襲われるのであれば、それはあと1か月ほど後の話だ。一方のゼムニャー島はもう後がない。万が一そちらの黒幕を捉えられなくても、ヌクフェ村の3人を捕まえて吐かせればいい。
キリムはいつもの穏やかな態度ではなく、努めて毅然とした態度を保つ。
「知っている事を全部話して」
「ゆ、許して下さるんですか」
「これは許す、許さないの話じゃない。あなた達がどうありたいかの話だ」
エンキとワーフは、万が一の事があれば瞬間移動で逃げることが出来る。実際に傷付く事はまずない。それはキリムも分かっていた。そうではなく、傷つけようと企む事が許せなかったのだ。
そして、キリムはまだ4人が終末教徒である可能性を否定していなかった。
「……話します」
セリューと呼ばれた黒髪の女が顔を上げ、キリムに大まかな経緯、村の状況などを伝える。3人の男達は終末教徒と名乗り、魔物をけしかけてきたのだという。
ディエガン諸島には魔物が殆ど湧かず、村には結界を張っていない。そもそもヌクフェの人口は500人ほどで、ディエガン・ルシア島全体の人口も2000人程度だ。
ディエガン諸島全体の人口も3000人ほどで、魔物は獣と大差がない。
「吾輩も行った事がない場所である。吾輩とした事が、むむむ」
「なぜそいつらは襲われないんだ。けしかける際、自らがやられる可能性もあるだろう」
「終末教徒は、魔物の革を加工したコートを羽織っていました。おそらくはそれが魔物除けに」
「ほう、妾の魔物除けより効果は薄そうだが、着眼点は等しいな」
「アスラの魔物除けは結界並みの効果があるにゃ。村に着いたら3割引きで売ってもいいにゃ」
「妾が直接売ってやろう。そなたは別の品物を売るが良い」
アスラとニキータの会話はさておき、セリューの話には一貫性があった。言動に怪しい部分もない。ゼタンとダイムにも確認したが、檻の中に入っていた魔物、魔物が村の中でどんなことを行ったかを詳細に話す。
とても協力的で、自身の父親が殺されたというダイムと、母親が人質になっているというセリューは懇願にも似た目でキリムに助けを求めている。
「捕らえられているのはフィアーウルフ……聞いた事がない魔物だな」
「ウーガよりも大きな体で、額から角が1本生えているんです。顎の力が強くて、あいつの前じゃ人の頭なんてパンと同じ」
「あれは等級4の俺達が敵う相手じゃない。旅人だって滅多に訪れない島だ、あんなのが暴れたらひとたまりもない!」
「俺とセリューの母親は……そいつの餌にすると。ヤツは残忍で、嬲り殺すように狩りを楽しむんです」
「……そうか」
ステアは頷くのではなく、キリムへと視線を向けた。ゼタン達の話を聞けば、強い魔物、人質、キリムの宿を襲えという条件、それらを断れなかった事は容易に分かる。
けれど、キリムはその話を聞きながら、バレッタの俯いた顔を見つめていた。
「バレッタさん」
「は、はい」
「フィアーウルフを、どこか別の場所で見た事は」
「べ、別の場所?」
「旅人なんですよね、どこかで見たり、戦ったりしたことは」
「い、いえ、あんな恐ろしそうな魔物は……」
キリムは小さくなるほどと呟き、ゼタンに向き直る。その目は先程よりも幾分優しい。
「皆さん、等級4なんですよね」
「そうです。あいつは、俺達が敵う相手とはとても思えない」
「皆さん同じ等級という事は、一緒に旅を始めた訳ですよね? どうして故郷の危機に居合わせたんですか」
「里帰りです。4人共旅立ってから1度も帰った事がなくて。1週間滞在する予定で、3日目にあいつらが」
セリューがゼタンの代わりに説明を続ける。彼らは旅人とは無縁の島で、旅人に憧れて海を渡り、資格を得たという。旅人証も持っており、その登録日は全員一緒だった。
「キリム、ねえ、フィアーウルフと戦った事はないんだよね?」
「うん、俺は初めて聞く。写真を見たら、もしかしたら遭遇した事があったかもしれないけど」
「この人達も、フィアーウルフを見るのは初めてなんだよね」
「そうみたいだね。実際に戦って見ないと、どれだけ強いのか見当が付かない」
「うん、僕もそう思う」
「亜種でなければ攻撃のパターンは然程違わないだろう。対処法は分かる。もっとも、どれ程の力かは確かめなければ分かりようがない」
キリムとバベルの会話、そしてステアの駄目押し。サラマンダーや他のクラムもようやくこの4人の話のおかしな点に気付いたようだ。
「バレッタさん、こちらへ」
「えっ……」
「別に許さないから叩き斬るとか、そういうつもりじゃありません。安心して下さい」
「わ、分かりました」
「大丈夫、僕は守るためのクラムだから」
バレッタが残りの3人へ不安そうな顔を向けたまま歩み寄る。3人も心配そうにバレッタを見守る。キリムがまだ彼らを許すとは言っていないからだろう。
バレッタはキリムの右横に立ち、ステアとバベルが3人とバレッタの間に立つ。いつの間にかディンが3人の後方に、サラマンダーとアスラがそれぞれ左右に移動していた。
「にゃー、これはこれは」
「バレッタさん。この状況なら、本当のことを言えますよね。何故3人は見た事もないフィアーウルフの事をあんなに詳しく話すことが出来たんですか」
キリムの問いに、ゼタン達の顔が青ざめた。
「俺達クラムをみくびるな」
「まっ、炎に焼かれる前に、よく考えてくれや」
バレッタはようやく気が付いた。キリムやクラム達が何を考えているのか……それはバレッタを救うためだった。
「こ、この人達が終末教徒だからです!」