闇の世界で
よろしくお願いします。
僕は土手で、一日の大半を過ごす。毛布を持ってきてその上で、ラジオを聞いたり読書をする。本は図書館から借りた物だ。
僕は朝が嫌いだ。太陽が昇るとせっかく闇に覆われていた東京は、光の世界に変わってしまう。僕は夜が好きなのだ。皆寝静まった静な住宅街、暗くなった路地裏。考えるだけで僕の気持ちは高まる。
朝はその逆だ。クリーニングに毎日掛けているのかと思うほど光っているスーツを着て、髪を上げ清潔感溢れる格好をするサラリーマン……。
それを見るたび、僕の気持ちは夜と違って、空気が抜けた風船のように萎んでしまう。だから、僕はここに居るのだ。夜が訪れ闇の世界に落ちる東京が来るまで。
* * *
僕はいたって平凡な家庭に生まれた。他の子供と全く同じだった。ただ違ったことは、本ばかり読んでいたことだけだ。小学生の頃。両親から体を動かせと言われたので、水泳を始めた。これが意外と続いて、今も定期的に泳いでいる。
小学生を卒業して、中学生になると、部活があった。その頃、僕は水泳にぞっこんだったから、水泳部に入部した。大会では、三位にすらなれなかったが、練習だけは真面目にした。
中学を卒業して公立の高校に入学した。高校でも水泳部に入った。高校でも三位にすらなれなかったけど、中学の時の同じように練習だけは真面目にした。
高校三年生の時。部活が終わって暇だからと思って、図書室に通いつけた。そこで、一人の女子生徒と仲良くなった。名前は水野と言った。
毎日飽きずに図書室に来る僕が気になったそうだ。僕らは本が好き同士どんどん仲良くなっていった。
ある日の事だった。僕は彼女にデートに誘われた。場所は映画館だった。その時流行っていたアニメの劇場版を見た。はまっていたアニメだったからとても面白かった。
そして、彼女の家の前で僕は告白をされた。僕は「ごめん」と言って断った。彼女は「ごめんね」と言って泣いた。僕は何をしていいか分からず立ち尽くしていた。僕は彼女の告白に向き合う資格なんて無かったのだ。だって、僕は彼女の事を少ししか理解していなかったのだ。彼女の好きな映画や、行動理念。そんな物なんて知らなかった。知っていたのは、本が好きなことだけだ。
だけど、彼女の事は嫌いじゃなかったし、好きだった。だから、僕はあの時恋人になっても良かったと思っている。その時から僕は人の事を理解するようになったのだから。
僕は、高校を卒業すると大学に進んだ。本を読みたかったので、文学部に入った。
水野とは、別の大学に進んだ。居なくなって初めて知った。僕は彼女を必要にしていたんだ。心にぽっかりと穴が空いたように感じた。
大学を卒業して僕は、出版社に勤めた。だけど、僕は三年で辞めてしまった。好きだった編集の仕事だったし、楽しかった。なんで辞めてしまったか今でもはっきりしていない。
こうして僕は今に至る。
* * *
太陽が沈み、東京は暗くなっていた。僕はラジオを消して本を上着のポケットに入れた。毛布を丸めて僕は土手を上がって、道を歩く。
酔っ払ったサラリーマン達が肩を組んで歩いていた。僕は暗くなった道を歩く。時々人とすれ違った。
いつの間にかアパートに着いていた。僕の住んでいるアパートは比較的綺麗なアパートだ。
僕は何か届いていないかポストを見た。そこには手紙があった。誰からだろう。今どき手紙を出す奴がいたのか。
僕は階段を昇って、一番端の部屋に入った。扉を鍵を閉めて、靴を脱いで、部屋に入った。僕の住んでいる部屋は1LDKだ。
机に手紙と本を置いて、ジャージを洗濯機に放り込んだ。洗濯機は回さなかった。何個か纏めて洗おうと決めているのだ。
僕は、冷蔵庫から買っていたコンビニ弁当を取り出して机に戻った。仕送りは去年終わった。コンビニ弁当の封を開け、「いただきます」と言って食べた。
食べ終わって、手紙を開いた。
河本開くんへという文字から始まっていた。僕はこの字を知っていた。水野の字だ。彼女は女性らしい字を書いた。
僕は手紙を読み終わり、息を吐いた。彼女は有名な編集者になったそうだ。ある時僕の小説を見かけて、雑誌に掲載したいと思って、手紙を書いたそうだ。ラインが分からなかったから手紙を書いた。住所は両親から聞いたそうだ。提供してくれるなら、三日後に指定の場所まで来てと書かれていた。
提供しようと僕は考えていた。少しだけでも金が手に入るし、彼女に会えるからだ。僕は、彼女の喜ぶ顔が見たくて何作品か短編を書くことにした。
* * *
僕は久しぶりにおしゃれをした。昼頃来てくれと手紙には書かれていた。だけど、僕は光の東京に行きたくなかった。すると、彼女にも会いたくなくなってきた。彼女は光の住民で僕は闇の住民なのだ。
こう考えると、ゲームの設定みたいだな。僕は笑う。笑っているとそんな気持ちも無くなってきた。闇の住民の第一歩だ光の世界への──。
僕は決心して扉を開けた。日差しが僕を刺すように照らす。僕は浄化されるアンデットのような気分になる。いつも、日差しが出る前に土手にいるのだ。
僕は階段を降り、道を歩く。胸を張って、肩から掛けた鞄の重さを感じて、成長した彼女に会う楽しみを胸に。




