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俺と魔界へ行こう

本編はこれで終わりの短編です。

とある学び舎にある保健室。カウンセラーも兼ねている保健医に泣き縋る少年がいた。

一般的な容姿の人間の女性である保健医より高い身長に額から天を突かんとする一本角は黄水晶のよう。桃色の髪に紫がかった浅黒い肌はまさしく人型とはいえ人外。しかし異形の少年はきちんと既定の制服を纏っている。すなわち正真正銘の生徒なのである。


「なあ、ミヨコ先生!どうしたらカナは俺に応えてくれる!?」

「無理じゃないかなぁ」

「なんでだよ!俺が魔人だからか!?」

「そうだろうねぇ」

「なんでだよ!ミヨコ先生は人種差別しないからカウンセラーしてるんだろ!?」


少年のような魔人族は忌避を呼び起こす異様な色彩や角やら翼やらがあるものの、神が最適化しこだわりにこだわりぬいた端正かつ美しい造形をしている。色とりどりの能力と特徴をもった美男美女揃いの魔人族は十数年前、人間が幾度目かの世界大戦に勤しみ生命活動の土台そのものである世界の崩壊を招いたすんでのところで降臨し、人間をまるごととっちめて統治するに至ったのだ。魔人族は文明でどうにかできるような存在ではないまさしくファンタジーでとんでもないポテンシャルでもって人間の上に君臨している。リアルに上層に魔界を形成し、大地で生きる人間の上に君臨しているのだ。


「カナは俺が魔人だからって変に距離とったりしないし、一人の人として扱ってくれた!俺はそんなカナが好きになって、カナもきっと俺のこと好いてくれてると思ったんだ…」

「で、魔人になってって、卒業したら俺と魔界にって誘って玉砕した、と」

「そうなんだよ!魔界にだって憧れてた感じだったのになんでだよ!魔人とか無理だからってなんでだよ!なんで惚れさせておいて拒否するんだよぉ…俺最初からみるからに魔人じゃんかよぉ…魔人が嫌なら最初に言っといてくれよマジで…」


魔人族は個体数も出生数も少ない。彼らは争いを嫌う絶対的な支配者として君臨するも人間との友好を望んでいた。畏敬と恐怖と憎悪に好感と様々な受け止め方をする人間たちの社会、その学び舎に大事な子息を放り込んで交流させるくらいに歩み寄っている。その子息は少ないながらも絶対的に優秀で麗しい。醜く集る人間は多いが彼らはそんな羽虫を一蹴し、害することのできる力量の人間などおらず、下卑た好意に靡きもしないが、こと己から惚れてしまうとこんなにも弱弱しくなるらしい。


「ねぇ、カナちゃんって絶世の美女なの?」

「俺は見た目で惚れたんじゃねぇよ!カナの素朴さはそれはそれで可愛いからいいの!」

「ならやっぱり無理だと思うなぁ」

「だからなんでだよ!俺の何がだめなんだよ!!」


「あのね、人間は人間なの。魔人とは違うの。魔人と関わったり接したりするのは全然いいの。でも魔人にはなれないの。なりたくないの。魔界とかすごいけど、行ってみたいけど、とても一員になりたいとは思えないの」


滂沱の涙を流しながら少年は泣き喚いた。


「なんでカナと同じこと言うんだよぉ!ミヨコ先生ぇのアホー!」


ミヨコ先生とやらはカナちゃんなる生徒と同様の文句で癒しに来たはずの生徒の傷を抉ったらしい。乙女のように(くずお)れる異形のイケメンにミヨコ先生は懐かしさすら覚えた。


「だって先生もそう言って断ったもの」


へ?と涙でぐちゃぐちゃの呆け顔を晒す幼いイケメンにミヨコ先生は回顧する。

世話焼き娘であった学生時代のミヨコは生徒会の庶務を務めていた。他の役員は全員魔人族で何故自分が庶務に選ばれたのか疑問ではあったが、麗しき魔人族を間近で見られて高潔な精神に触れられることは素直に嬉しかった。外野から眺めるほど完璧ではなかった魔人族の彼らの世話を焼いているうちに親しみをもったし、恋愛感情も抱いた。


「卒業式の日にね、先生が恋してた魔人の男の子に誘われたのよ。『俺と一緒に魔界へ上がろう。俺の世話をずっと焼いてくれ。魔人になってくれ』って」

「先生は、その人のことが好きだったのにどうして断るの!?いいじゃん!イエス一択じゃん!」

「だって魔界だよ?魔人っていう完璧超人族の美麗集団に、お世話係として、行ける?こんな平々凡々な人間の私が魔人の仲間入りとか烏滸がましいわ!魔人族の汚点になっちゃう。それに魔界にはそれこそ同じ頂点級のあらゆる美女がいるのよ?そんな場所でお世話係しながら彼が誰かを愛するのを指銜えて見てなきゃいけないの?無理よ、無理無理ほんとムリ」


高級タオルの中に放り投げられた一枚の雑巾にはなれないわと首を振るミヨコ先生に少年は顎が外れそうなほどあんぐりと口を開けて呆けた。涎が垂れそうだなと思ったミヨコ先生がそっと下顎を持ち上げてやると我に返った少年は大きくため息をつく。


「あのさ先生、俺たちが人間を統治して滅ぼしてない理由知ってる?」

「そりゃあ人間が構築した文明、利器、資源の利用と労働力としてでしょう」

「それもあるけどさ、俺ら魔人族は寿命がめっちゃ長いけど絶対的個体数と出生数が足りてないの。人間との融和で個体数を増やしたいの。でも一気に交わると血が薄まるし、人間の非合理的な闘争本能までもらっちゃうでしょ?だから住処を明確に区別したうえで厳選して、慎重に、少しずつ招き入れたいの。わかる?」

「…すなわち?」


「魔界に来いって、魔人になってって言うのは!(つがい)になってってことなの!求婚(プロポーズ)なんだよ!」


真っ赤になって叫ぶ男子生徒による衝撃にミヨコ先生は固まる。青春時代にかけられた言葉を掘り返し、その意味を補填して、その頬に朱がさした。あわあわするミヨコ先生に少年は畳みかける。


「魔界には魔人の伴侶しか入れないの!誰を振ったの先生。魔界に招く人間は魔界への事前申請と魔界による審査があるから記録辿ればわかるだろうけどさー」

「もう過去のことだし。終わったことよ!知るわけないわよそんな魔人族の事情なんて!先生のことより君よ君!カナちゃんには人間式の告白をしてみなさい!それで振られるならすっぱり諦めるのね!」

「人間式って何だよ」

「『カナが好きです。愛しています。俺の伴侶として俺と魔界に来てくれませんか』って」


ひぃい!と赤面し悶える少年に注約として高校卒業即結婚を考えられる女子は中々いないことも伝えておく。魔人族は大企業のCEOや国家の為政者として降りてくることがほとんどで一般市民が関わることはそうない。時間が欲しいと婚姻を保留した場合、学生生活を終えて住む世界が文字通り分かたれた後どうするのかは魔人側が考えることだろう。


「わかった。俺、ちゃんと人間式に告白する」

「頑張れ」

「おう。…ミヨコ先生いま番いるの?」

「彼氏いない歴イコール年齢の独身ですが、なにか」

「もし先生が求婚されたとき、その意味がわかってたら…魔界に行った?」

「…行っちゃっただろうねぇ」

「うし!俺いってくる!先生ありがとう!」


そして、校内に魔人による熱烈な告白劇と残念な玉砕劇の噂が巡り、日々更新される求婚回数と連日の追いかけっこにミヨコ先生は呆れながらも口元を緩める。保健室の窓を開ければ魔界への転移魔方陣がゆったり回転している晴天のもと、甘酸っぱい青春劇が繰り広げられている。異形の少年が全力で逃げる女子に並走しながら薔薇の花束を差し出していて、女子の顔は走っているからか照れているからか真っ赤に染まっていた。頑張れ、過去に想いを馳せながらつぶやいた声援(エール)が静まり返った保健室に虚しく転がる。


スパーン


保健室の引き戸が力いっぱい開かれ、バウンドして戻ってきた戸をガンと思いっきり叩き付ける音にミヨコ先生の肩が大きく跳ねる。さすがに乱暴すぎる来訪に注意をするため振り向こうとするも、とんでもない声量にそれは叶わなかった。


「ミヨコが好きだ!!愛している!!俺の伴侶として!俺と魔界に来い!!!」


額から仰け反るように生えた柘榴石の双角、漆黒の髪を振り乱し灰色の肌を上気させてぜいぜいと肩で息をしながらかつて焦がれた黄金色の双眸でミヨコを射抜く。


__六年前の青春が駆け寄ってきた。

ふわっと終わりたい方はここまで。

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